幽閉九日目 『推しに投げ銭は、許容やろ?』
雨だった。
幽閉九日目。
朝から、離れの屋根がずっと鳴っている。
「今日は、何もせん日や」
志摩貴春先輩は、ベッドにうつぶせになったまま宣言した。
長い脚を、ぱたぱたさせている。
目のやり場に、こまる。
先輩は、鼻歌を歌っていた。
聞いたことのない曲だった。
「何の曲ですか」
「ボクが作った。題は『お母さんのからあげ』や」
名曲かもしれない。
僕は、伊勢茶をいれた。
先輩のお母さんが持たせてくれた、いい葉っぱだ。
「あ、それ、とごっとるで。まぜてから飲み」
湯のみの底を見た。
お茶の粉が、たまっている。
沈んでいることを、とごる、と言うらしい。
◇
僕は一日、机で夏休みの宿題をしていた。
先輩は、一問も手伝わなかった。
夜、七時。
先輩が、ベッドからとび起きた。
「始まる!!」
パソコンの前の椅子に、とび乗った。
僕も、きのうの椅子に座らされた。
けさ届いた倍のモニターに、銀色の髪の男が映った。
王子みたいな服を着ている。
横に長い画面いっぱいの、顔のアップだった。
顔だけで、僕の上半身くらいある。
「ボクの推しや。王子って呼んどる」
VTuber、というらしい。
絵が動いて、歌って、しゃべる。
先輩は、だれかと通話をつないだ。
「もこたん、聞こえる〜?」
スピーカーから、ねっとりとした関西弁が返ってきた。
「聞こえとるで。うおw 今日の王子の衣装、新しいやつやんw ……ところで、いま例の子、うしろにおるん?」
「せやで。ボクの童貞クン♡」
「ホホホw ほんまにおったんやw」
僕のことは、チャットで先に伝わっていたらしい。
「ネットの友だちの、もこたんや。東京に住んどる」
先輩が、ふり向いて教えてくれた。
先輩に、友だちがいた。
一週間以上いっしょにいて、初めて知った。
◇
王子が、歌い終わった。
先輩がマウスをにぎった。
画面に、赤い帯が出た。
「先輩。それ、お金ですよね」
「投げ銭や。赤がいちばん強い」
金額は、見なかったことにした。
「もこたん、投げた!」
「わいもや。いっしょに読まれよな」
王子が、コメントを読みはじめた。
先輩は、両手を胸の前で組んだ。
声が、ふるえていた。
「く、くる……!」
『――「きはるん」さん。ヌパチャありがとう。今日も来てくれたんだね。うれしいよ』
「き、きた……!」
先輩は、僕の肩をつかんで、がくがくゆさぶった。
「読まれた!!!! 童貞クン、聞いた!? ボクの名前、呼んだ!!!!」
目が、きらきらしている。
こんな顔は、初めて見た。
なぜか、おもしろくなかった。
「……よかったですね」
先輩の動きが、止まった。
僕の顔を、のぞきこむ。
それから、にんまり笑った。
「……キミ、妬いとるん?♡」
「妬いていません」
「妬いとるやん♡ 絵の男に♡ かわいいなあ♡」
スピーカーの向こうも、楽しそうだった。
「ホホホw 例の子、妬いとるん。見たいわあ」
「もこたんには見せやん。ボクのや」
先輩は、胸をはった。
「幽閉条件の、第九条や。推しに投げ銭は、許容やろ?」
条文は、先に決めたほうが強い。
配信が終わった。
通話を切る前に、もこたんが言った。
「例の子、聞こえとる? きはるのこと、たのむで。この子、友だち、わいしかおらんねん」
「もこたん!! 言わんでええ!!」
先輩は、あわてて通話を切った。
耳が、赤かった。
僕は、とごったお茶を、だまって飲んだ。
◇
九時。
先輩は、いつもどおりに電気を消した。
雨は、まだ降っている。
ベッドの上から、小さい声がした。
「……キミがずっといてくれるんやったら、投げ銭とかいらんのやけどな」
ひとりごとのつもりらしい。
僕は、布団の中で少し考えた。
ずっと、とは言えない。
おととい、逃げたばかりだ。
だから、言えることだけ言った。
「……きはるんさん。今日も、ここにいます」
ベッドが、がたんと鳴った。
「あかん! あかん! やばい、やばい!!!!」
まくらが、飛んできた。
「もう一回! もう一回言うて!」
「一日一回です」
「投げ銭するから!!!!」
『幽閉条件』第九条の使い方が、まちがっている。




