幽閉八日目 『その子より、ボクやろ?』
「今日は一日、離れから出さんからな」
幽閉八日目の朝。
志摩貴春先輩は、僕の布団の横に仁王立ちしていた。
部屋着のTシャツには、大きく「リーサルやぞ!」と書いてある。
意味は分からない。
きのうの脱走の、続きの処分らしい。
「何をするんですか」
「ボクの趣味に付き合ってもらう」
先輩は、机の上のパソコンの電源を入れた。
つないであるモニターは、僕のアパートのテレビより大きい。
「ノベルゲーや。『潮騒サマーデイズ』。ボク、これ三周しとる」
読むだけのゲームだと聞いたことはあるが、やったことはない。
一緒にやる相手も、いなかった。
先輩は、自分の椅子のとなりに、もう一つ椅子を引っぱってきた。
「操作はキミな。ボクは読む係」
「セリフ、全部ボクが声当てたるわ。ンフフフフw」
◇
先輩の読む係は、うまかった。
幼なじみのヒロインは、高くて、少し鼻にかかった声。
おばあちゃんの声まで、ちゃんとおばあちゃんだった。
画面の文字を追いながら、先輩はどんどん僕のほうへ寄ってきた。
画面が大きいので、寄る必要はないはずなのに。
茶色い長い髪が、僕の肩にかかった。
シャンプーの匂いがした。
「『……ねえ。今年の夏は、ずっとこっちにいるんでしょ?』」
耳のすぐ横で、先輩の声がした。
息が、耳にかかった。
肩が、跳ねた。
先輩が、読むのをやめた。
小さい声だった。
「……キミ、耳、弱いん?♡」
「弱くないです」
はむ、と耳をかまれた。
「ひっ!?!?」
「はむはむ♡」
「犬ですか!!!! くすぐったいです!!!!」
僕は椅子ごとうしろへひっくり返って、床の上を転がった。
「よわ〜♡ 耳だけで転がっとるやん♡ ンナハハハハw」
先輩が、笑いながら追ってきた。
心臓の音が、うるさかった。
◇
ゲームは、夕方まで続いた。
ヒロインは、いい子だった。
主人公が落ちこんでいると、だまって隣に座ってくれる。
たいやきを半分にして、しっぽのほうをくれる。
「『……あのね。わたし、ずっと前から、きみのこと見てたんだよ』」
先輩の声で、ヒロインがそう言った。
女の子にこんなことを言われたのは、初めてだった。
ゲームでも。
声が先輩でも。
顔が、熱くなった。
先輩が、僕の顔をのぞきこんだ。
「……なんで画面見て、赤なっとんの」
「なっていません」
「なっとる」
画面に、選択肢が出た。
『いっしょに海へ行く』
『家に帰る』
先輩の声が、低くなった。
「『帰る』を選び。リーサルやぞ」
Tシャツと、同じことを言っている。
「リーサルって、何ですか」
「必殺の一手や。ここで帰ったら、その子、二度と出てこやん」
先輩の三周は、そのために使われたらしい。
僕は、『いっしょに海へ行く』を選んだ。
「なんでや!!!!」
「そっちのほうが、話が面白そうなので」
画面の中で、ヒロインが笑った。
海が、夕日で赤くなった。
ヒロインは、主人公の袖をつかんで言った。
「『……ねえ。この夏、ずっと一緒にいてね』」
先輩は、読まなかった。
その文字を、だまって見ていた。
それから、僕の両肩をつかんだ。
声が、ふるえていた。
「……その子より、ボクやろ?」
「その子は、たいやき半分やろ。ボクは松阪牛、食べさしたやろ!!!!」
「誕生日会のローストビーフですね」
「その子は、ずっと一緒って口で言うだけやろ。ボクは実行しとる!!!!」
「誘拐で」
「答えて!!!! その子より、ボクやろ!?」
画面の中のヒロインは、夕日を背に、まだ笑っていた。
「……画面の中の子と比べられても」
「比べたな!!!!」
先輩は、僕の手からマウスをひったくった。
「先輩。電源を切れば」
「消えるだけやろ。それでは足りん!!!!」
そのまま、マウスを画面に投げつけた。
ばきっ、と音がした。
画面に、ひびが入っていた。
ひびの向こうで、ヒロインがまだ笑っている。
しぶとい子だ。
先輩は、椅子の上で正座した。
肩が、しゅんと落ちていた。
投げたのは、先輩である。
泣きそうな、小さい声だった。
「……ああ……ボクのモニターやのに……」
「はい。先輩が投げました」
「……三周したのに……」
「四周目でしたね」
「先輩。幽閉条件の、第九条ですけど。ゲームのヒロインは、浮気に入るんですか」
「入る!!!!」
◇
翌朝。
離れの戸を、運転手の磯部さんがたたいた。
戸の外に、段ボールが立っていた。
戸より、大きい。
先輩のお母さんが、電話一本で取り寄せたらしい。
新しいモニターは、前の倍あった。
先輩が、パソコンにつないだ。
画面がついた。
夕日の海と、あのヒロインが映った。
前の倍の大きさで、袖をつかんで、笑っている。
先輩が、画面と僕のあいだに立ちはだかった。
両手を広げて、画面をかくしている。
「見たらあかん。キミは、ボクだけ見とったらええねん」
「はい。先輩しか見えません」
先輩の耳が、赤くなった。
「……そ、そういう意味で言うたんとちゃうし」
ただ、モニターは前の倍ある。
先輩の頭の上から、ヒロインの笑顔が、まるごとはみ出していた。
先輩は、ふり返って叫んだ。
「このモニター、でかすぎるんや!!!!」




