境目のない体験
またひとつ、不思議な体験の記憶を思い出しました。
あの頃、私のまわりには不可思議なことが次々と起こっていたのです。
その頃、私のまわりでは、不思議なことが次から次へと起きていた。
エクスタシー――。
けれどそれは交わりから生まれるものではなかった。
頭の奥に小さな火花のようなエネルギーがぱっと生まれ、体全体を――精神ごと――包み込むような未知の恍惚だった。
「なんなの、この状態は?」
私は自分で実験してみたくなった。
そして、なぜだかわからないまま、若い上司にそれを試してしまった。
朝礼が終わり、皆が席に戻ろうとする途中。
上司に呼び止められた私は、自然と彼におでこを近づけていた。
――おでこ同士。
その瞬間、電流のようにエネルギーが走った。
エクスタシーのエネルギー。
ほんの一瞬。
だが確かに、二人だけの世界が閉じられた。
誰かに気づかれただろうか。
そんな空気を残したまま、私たちは何事もなかったかのように仕事の渦へ戻っていった。
実験したのは、その上司一人だけ。
彼がどう感じたのか、何も聞かなかった。
その後、話題になることもなかった。
心の奥に残ったのは、ただひとつ。
「こんなに簡単にエクスタシーになれるなら、もう交わりなんていらない」
本気でそう思った。
けれど、かすかな不安もあった。
――この才能、ある日突然消えてしまうのではないか。
あまりにも当たり前にジャカジャカと使えてしまうからこそ、忘れてしまうのではないか。
こんなに自在に扱えるのだから、忘れるはずがない――私は自信を持っていた。
だが、忘れた。
その力は、二度と取り戻せなかった。
あの時期の私は一体何だったのだろう。
あの不思議な高揚。
あの恍惚。
エクスタシー。
交わりとは違う、宇宙を旅するような感覚。
突然に視界が開き、奇跡をたどるように押し寄せてきた感覚。
――私の中には、本当に不思議な力があるのかもしれない。
ただ、あの時はほんの一瞬、その一部を見せてもらっただけなのだろう。
その力がまた発揮できる日は来るのだろうか。
それとも、あれは過去の幻に過ぎないのだろうか。
思い返せば、あの頃には他にも奇妙な体験があった。
普通に歩いていたはずなのに、気がついたら「自分の体の中を歩いていた」。
足の下に地面はなかった。
目の前に壁があったのに、そのまますっと中に入り込んでしまったこともある。
吹き抜けの渡り廊下から下を見下ろしたときは、不思議なことに「重力に逆らっても下に着地できる」と確信できる感覚があった。
すべてが夢のようで、すべてが現実だった。
境目はどこにあったのだろう。
あの頃の私は確かに、何か特別な力に触れていた。
けれど今はもう、その力に包まれることはない。
失ったのか。
眠っているだけなのか。
それはわからない。
ただひとつ言えるのは――あの時の私は、確かに“エクスタシーの中に生きていた”ということだ。
そして今になって思う。
それが現実だったのか、想像だったのか。
私自身にも、もうわからない。
忘れたはずの体験。
けれどこうして文字にすると、まだ私の中に確かに残っていることに気づきます。
現実だったのか、幻だったのか――。
それは今でも答えが出ないままです。




