四角
奇妙な夢のような体験をしました。
普通なら目覚めとともに消えてしまうはずなのに、なぜか今も鮮明に覚えている。
何年も経った今でも、想起すれば細部まで思い出せるのです。
――これは夢ではなく、何か別のものだったのかもしれません。
りんは11歳だった。
服も髪型もはっきり覚えてはいない。
けれど、膝下の長さのドレスを着ていた気がする。
夕暮れどき、街の外れの牧草地のそば。近くには家並みもあって、両親の気配を感じられるような場所だった。
牧草地横の柵の前でりんはただ空を見ていた。
星を数えていたのではない。
空そのものを、ただじっと見つめていた。
静かだった。
風の気配はあっても、匂いはなにも感じない。
その時――突然、空全体が真っ赤に染まった。
音はなかった。
気がつけば、りんの体は横に転がっていた。
どうやらりんは何かに当たって死んでしまってるよう。
意識だけが宙から静かにみていた。
赤は迫ってきて、人々の悲鳴が遠くから聞こえた。
けれどそれは不思議と遠い。
島全体を見渡しているような感覚になり、夜の海が真っ暗に支配していくのを眺めていた。
赤で明るいのに、夜の闇に飲み込まれていく。
人の悲鳴も段々と飲み込まれていく。
やがてすべてが真っ黒になった。
静寂になった。
紙芝居のページがめくられるように、ただ黒い紙が延々と続く。
何千年も、ただ真っ黒な紙をめくっているような感覚。
無だった。
りんはその「無」をただ観ていた。
やがて、一枚の紙にポツリと色が現れた。
次第に書かれたものが増えていき、人の姿や生活の様子が見えてくる。
そこまででパタリと止まった。
場面は変わり、母らしき女性が見えた。
長い茶色の巻き毛を持ち、緑のドレスをまとった気品ある姿。腰から切り替えのあるふっくらとしたスカートは、まるでお姫様のように見えた。
その隣にいる女の子は質素で、白い上着とぶどう色のスカートを身に着けている。
彼女の腕には、白いおくるみに包まれた赤ん坊――りんが抱かれていた。
母は地面に伏し、女の子と同じ高さで何かを語りかけている。
外の騒ぎが近づき、母は決然と告げた。
「行きなさい」
それだけだった。
強い決断。もう引き止められない。
守りきれなくなる前に、赤ん坊を託して逃がそうとする母の覚悟。
女の子は黙ってりんを抱き、船に乗った。
船は揺れず、なめらかに動き出す。
まるで誰かに操作されているように。
四角い出口を抜けると、海のような場所に出た。
そこには大きな船が待っており、小さな船は吸い込まれるように近づいていった。
それが避難なのか、反乱からの脱出なのか、りんにはわからなかった。
ただ「行きなさい」の声と、女の子の無言の使命感だけが残っている。
そこから再び場面は変わった。
初夜のような場面。
りんは15、6歳ほどで、同じくらいの年頃の男性と向き合っていた。
彼に好意を抱いていて、その時を心待ちにしていた。
けれど映像は動かない。
ただ一枚の写真のように止まった。
さらにページがめくられ、祈る自分が現れる。
髪は長くカールした茶色。
誰かが「リス」と呼んだ。
声の主はおじいさんだった。
「降りて来なさい」
そう言い、りんの肩に手を添え、四角い岩の入口の方へ導いた。
そこは大きな共同体の出入り口のようだった。
「外に出るな。上には上がるな」
そう厳しく叱られたこともある。
けれど、りんは舌をペロっと出してみせただけ。
その場面はそこで終わった。
次の瞬間、現実に戻る。
バスの椅子の背にもたれ、ぼーっとしていた。
あれは夢だったの?
ふと窓の外を見ると、宿舎の裏口が見えた。
「着いたんだ」
そう思ったと同時に、そこもまた四角い入口だった。
夢と現実がつながったように感じた。
――これは偶然ではない。
何かある。
そう思い、調べてみたいと強く感じた。
答えは未だに見つからない。
この「四角」という存在が、妙に心に引っかかっています。
しばらく追いかけてみたけれど、結局わからないまま。
だから今は、ひとつの幻想として胸にしまっておくことにします。




