第十八話 できること
「颯太は夏休みの予定は埋まったか?」
「まぁ、そこそこな。お前はどうせ彼女とイチャイチャするんだろ」
「それが、部活の合宿で一週間消えるんだよなー」
七月二十日、月曜日。颯太はいつも通り電車に乗り、友人の砂川泰斗とたわいもない話をしていた。主に夏休みの予定についてだ。
「そういえば、祭りはどうするんだ?」
「あー、彼女といく事になってるな」
「颯太も綾菜と行くんだろ?」
「そうするよ」
「そうするってなんだよ」
「砂川が空いてるんだったら、三人で行こうと思ってたんだけど、彼女と行くならそうするかなって」
「そういう事か」
そんな感じで電車での雑談は降りる駅から別々の教室に別れるまで続いた。
「えー、二学期に皆さんの元気な姿を見せてください」
今日は夏休み手前の終業式が、体育館にて行われていた。颯太は校長の話など興味がないので、ぼーっとして過ごした。
ほとんどの生徒も聞いていないだろう。隣の人とコソコソ話している生徒もいる。
校長の話が終わり、各々の教室にもどり受け取るものを受け取り、担任の話を聞いた。
「お前ら、はしゃぎ過ぎるなよ」
と、担任からは言われていた。颯太には縁のない話なのでほとんど聞いていなかった。
「じゃあ、気をつけて帰れよ」
担任がそう言った瞬間、クラスの何人かが歓喜の声を上げていた。
実際、颯太も同じように嬉しい。毎日学校に通わなくていいのだから。
クラスから人がどんどんと出ていく。
「颯太、一緒に帰ろ?」
「分かった」
クラスにほとんど人がいなくなったところで、颯太と綾菜は教室を出る。
階段を降りようと一歩目を踏み出したタイミングで、
「内海君」
と、後ろから誰かに呼ばれた。
振り返ってみると、一人の女子生徒が腕を組んでこちらを見ていた。
「えっと」
誰であるかさっぱり分からない。同じクラスなのか、別のクラスなのか、覚えていない。
そんな風に受け答えに困っていると、
「私は白沢深雪。同じクラスなのに覚えてないのね」
と、自己紹介をしてくれた。何処かで聞いたような名前。記憶の中を探っていると、生徒会の副会長を務める人物だという事を思い出した。
「関わりがないから、忘れてました」
颯太は苦笑いしながら受け答えた。
「颯太、私、外で待ってるね」
綾菜が気を遣ってくれたのだろうか、綾菜は階段を降りていく。
「で、何の話ですか?」
関わりのない深雪が、颯太に話しかけるからには何かあるのだろう。
「最近、生徒会の人手が足らなくてね、もしよかったら臨時役員として働いてくれないかな?」
何か文句でも言われると思っていたが、意外なお誘いだった。
「何で僕なんですか?」
颯太に限らず、同じクラスの人なら引き受けてくれるはずだが。
「だって、いかにも暇そうだし」
と、ストレートに言ってきた。颯太は確かに暇だが、バイトや家事などもやらなければならない。
「あの、僕にも色々事情があってですね、無理ですね」
丁重にお断りをした。そうすると、深雪は、
「そう、分かりました」
と、言い残し何処かへ行ってしまった。生徒会室にでも戻ったのか、また誰かを勧誘しに行ったのかは分からない。
颯太も綾菜を待たせるわけにはいかないので、颯爽と階段を降りて昇降口に向かった。
上履きから靴に履き替え、外に出ると綾菜がスマホを触って待っていた。
「ごめん、待たせた」
「うん、いいよ」
二人は横並びになると駅の方へと向かった。外から見れば恋人同士に見える光景だが、実際は嘘の恋人だ。演じているだけ。
「さっき何の話してたの?」
「生徒会の人手が足らないらしく、暇そうだからやってみればって、勧誘された」
「ふーん、で答えは?」
「もちろんノーにした。家の事とかも明里に任せるわけにもいかないしな」
中学三年生になる明里だが、家の事を押し付けることは無責任といえる。今年に限っては受験が控えているので断るしかない。
「副会長から直々に頼まれたってことは、本当に人手不足なんだな、きっと」
「生徒会も四人くらいしかいないから、手が回らないんじゃない?」
「多分そうだな」
生徒会は仕事の量が多いと聞く。それを四人で分担しても、足りないところが出るのは当然だろう。
「で、最近はどうだ?」
「なにが?」
突然の話題転換に追いつけていないのか、綾菜はそう返した。
颯太は少し言葉に迷いながらも、
「その、悪夢の事」
と、説明した。
軽々しく言ってはいけないのは分かっているが、今回限りは聞かなければ分からない事だ。
綾菜は少し目を逸らして、
「大丈夫だと思う」
と、自信がなさそうに言った。
「そうか……」
そこから、会話は途切れ、沈黙に包まれる。
あまり触れたくない話題だったからだろう。
綾菜の横顔はどこか悲しげだった。あの日の泣き顔と同じような。
颯太はずっと考えていた。綾菜の悪夢の解決策や自分にできることを。
何かしてあげられることがあるのではないか。力になれることはないかと。
今の今まで、颯太の考えはまとまっていなかった。しかし、その横顔を見た瞬間、自分にできることが分かった気がした。
そして、自然と口からその考えが飛び出ていた。
「古賀……辛いことがあったら相談してくれ」
颯太にできること、それは綾菜の相談に乗ることだった。
簡単なことなのかもしれない。誰にだってできるかもしれない。
だからこそ、颯太がやる事に意味がある。
他の人に頼れない綾菜に寄り添えるのは、嘘の恋人である颯太だけなのだから。
颯太は香月優衣と出会い、会話を積み重ねた事で救われた。
だから、今度は颯太が綾菜のその人になるべきなのだ。
自分が人にしてもらった嬉しかったことと同じことをする。それだけで人は安心できるのだと思う。
綾菜はその言葉を聞くと、
「うん、ありがとう」
と、涙を流しながら、満面の笑みでそう言った。
二人はまるで本当の恋人のようだった。




