第九話 「ごちそうさま」に心を込めて
すっかり日が落ち、小鳥遊家の庭には心地よい夜風が吹き抜けていた。
庭の真ん中に置かれた巨大なブルーシートの上。
そこには、日曜大工で作られた特大の木製テーブルと、父が腕を振るった料理の数々が並んでいた。
大皿に盛られた唐揚げは岩のようにゴツゴツし、形はいびつ。
千切りキャベツは太さがバラバラで、お味噌汁の入った大鍋(※寸胴鍋)からは盛大に湯気が立ち上っている。
「すまん陸、ガリバラさん! 急いで作ったから、見た目が少し、いえ、かなり大惨事になってしまった……!」
エプロン姿の父が、頭を掻きながら照れくさそうに笑った。
「ううん、父さん! 授業参観のあと急いで帰って作ってくれたんだもん。すごく美味しそうだよ!」
「まあ! お父様の手料理、とっても温かくて美味しそうです!」
陸とガリバラさんが嬉しそうに微笑み、お箸を手にした。
ほんの少し最近までのことを、陸はふと思い出す。
父が仕事で遅い夜、一人静かなリビングで、父の作り置きのご飯をレンジで温め……一人ただ黙々と食べていた日々。テレビの音だけが空しく響く静かな食卓が、陸の日常だった。
「いただきます!」
陸、父、ガリバラさんの三人で手を合わせる。
陸は大きな唐揚げを一つ箸でつまみ、口へ運んだ。
かりっ、ジュワッ。
「……! 美味しい……!!」
見た目の豪快さとは裏腹に、衣はサクサクで肉汁が口いっぱいに広がる。生姜と醤油の下味がしっかり染み込んだ、完璧な父の手作りの味だった。
「本当だ……! お父様、外はサクサクで中はとてもジューシーで、お味も完璧ですわ!」
「ほんとうかい〜? 陸の授業参観に駆けつけられた嬉しさで、いつもより美味しく揚がったんだ!」
父が目元を緩めてガハハと笑い、ガリバラさんも自分の特大お茶碗(※洗面器サイズ)を手にして嬉しそうにごはんを頬張る。
三人でそうやって笑い合いながら、温かい料理を囲む夜。一人じゃない食卓の温かさが、陸の胸をじんわりと満たしていく。
「おい陸ーーーッ!! メシの匂いにつられて来ちまったぞー!!」
突如、庭の塀を飛び越えて翔太が乱入してきた。
「あ、翔太くん!」
「なんだこの唐揚げ! デカくてめちゃくちゃ美味そうじゃねぇか! おっちゃん、俺にも食わせてー!」
「おや、君は確か……陸のクラスメイトの翔太くんかい?まだたんまりあるから好きなだけ食べていいよ!」
翔太は当たり前のようにテーブルにつくと、唐揚げを口に放り込んで「うめぇぇぇっ!」と絶叫した。
「やあ陸くん。近所から『小鳥遊家で夜の野外宴会が始まった』って騒音の苦情が来ないか心配で、様子を見に来てあげたよ」
いつの間にか、アヒルの浮き輪を外した素直が、仏のような笑顔でパイプ椅子に座っていた。
「素直くん……! 苦情の心配をしつつ、しっかりちゃっかり座ってるよね!?」
「当たり前じゃないか陸くん。こんなに美味しそうな料理を前にして、僕が参加しないなんて損だからね。あ、このお味噌汁すごく出汁が効いていて美味しいよ」
「ちゃっかり味わってるー!?」
陸がツッコんでいると、庭の木かげからシャキーンと静かな機械音が響いた。
「……システム再起動。夜間給食ミッション『サキノ・ゼロワン』、参加完了」
見れば、お団子頭に「マイお箸」をかんざしのように挿した輪が、すっと陸の隣の席に腰掛けていた。
「輪ちゃんまで!? ここは僕ん家の庭だよ。みんな本当に見境ないよね!?」
輪はポーカーフェイスのまま、平坦なロボットボイスで言った。
「……勘違いしないでください。当機は決して、あなたと同じ食卓を囲むことで『将来の新婚家庭において定番のセクシーエプロン姿での夕食風景』をシミュレーションしに来たわけではありません」
「だから毎回そのシミュレーションの理由が重いってば!」
「……否定。これは夜間冷却用CPUの誤作動です」
輪はノータイムで言い張ると、自分の皿から唐揚げを一つひょいと摘み、一口かじるとそのまま陸の口元へ差し出してきた。
「当機の精密アームによる、ダイレクト給食プログラムを開始します。陸、口を開けてください」
「自分で食べられるから! あと、しれっと間接キスさせようとしないでね……」
「陸くん騙されちゃダメだよ」と、お椀を持った素直がニッコリ笑う。
「ゼロワンちゃん、さっき門の横で『陸くんのお口に唐揚げをあ〜んして、そのあと……、あなた、この後お風呂にしますか?それとも──わ・た・し♡?を絶対成功させるんだ~♪』って鏡の前でノリノリに上目遣い練習してたよ」
「……警告。それは当機の旧メモリによる重度なバグです。物理的に削除してください」
秘密を暴かれた輪は、ポーカーフェイスのまま頬を赤らめる。そして無言で自分の口に唐揚げを放り込み、もくもくと反芻した。
「ガハハ! みんな、たくさん食べてくれよ! まだまだおかわりはあるぞ!」
「ふふふ、お父様の手料理、本当に大好評ですね!」
父とガリバラさんが顔を見合わせて嬉しそうに微笑み、大きな寸胴鍋からみんなのお椀へ温かいお味噌汁を注ぎ分けていく。
「おう! おっちゃん、唐揚げあと十個くれ!」
「僕もこのお味噌汁のおかわりをもらおうかな」
「当機も、陸との共同おかわり……おさわりミッションを要求します」
「最初のほうがまともだったのに……なんでわざわざ言い直したの、輪ちゃん!?」
庭に設置された特大のテーブルを囲み、賑やかに飛び交う笑い声とツッコミ。
夜空を見上げると、満天の星が綺麗に輝いていた。
かつて一人で過ごしていた寂しい夜は、もうどこにもない。
「父さん、ガリバラさん、みんな、ありがとう。……ごちそうさまでした!」
陸が心を込めて手を合わせると、父もガリバラさんも、みんなも最高に温かい笑顔を咲かせるのだった。




