第十話 この家政婦さん、うちの家族です
翌朝。小鳥遊家の前は、これまでにない大混乱に陥っていた。
パトカーの赤色灯がクルクルと回転し、近所の住民たちが遠巻きに固まり、さらにはどこからか聞きつけたテレビ局の報道陣までがカメラを構えて押しかけていたのだ。
「えー、警察および報道の皆様! 落ち着いてください!」
庭の真ん中で、スーツ姿の父がメガホンを手にして必死に呼びかけていた。
またその背後には、10メートルの巨体を小さく丸め、申し訳なさそうにペこりと頭を下げているガリバラさんの姿がある。
「小鳥遊さん! 庭に十メートルの巨大な人物が不法占拠しているという通報が入ったのですが、これは一体何ですか!?」
「巨大未確認生物ですか!? それとも宇宙人の侵略ですか!?」
警察官や突撃リポーターが、マイクやスピーカーを向けて矢継ぎ早に質問を浴びせてくる。
その渦中で、ガリバラさんは大きな手を胸の前でギュッと握りしめ、悲しそうに眉を下げていた。
「申し訳ありません……。私の存在のせいで、お父様や陸様、近所の皆様にご迷惑をおかけしてしまって……。やはり私のような巨大な存在は、この街にいてはいけないのでしょうか……」
しおれていくガリバラさんの言葉に、集まった大人たちがざわめき立つ。
その時——。
「ちがいます!!」
通学帽をかぶった陸が、警察官と報道陣の前にバッと立ちふさがった。
「ガリバラさんは迷惑なんかじゃない! 僕たちを……僕の家を守ってくれる、大切な家族だよ!」
陸の真っ直ぐで力強い叫びに、周囲のざわめきが一瞬で静まり返った。
「息子の言う通りです!」
父がメガホンを置き、陸のとなりに並んで胸を張った。
「彼女は小鳥遊家の専属家政婦であり、私にとっても、陸にとっても、かけがえのない大切な家族です! 巨大だろうが何だろうが、彼女がここにいることに何の問題もありません!」
「お父様……陸様……」
ガリバラさんの大きな瞳から、ぽろぽろと大粒の涙が溢れ出し、庭の芝生を湿らせていく。
すると、人ごみをかき分けて、聞き覚えのある声が響いた。
「そうだそうだー! ガリバラさんは俺たちのメシも作ってくれる、すげぇカッコいいお姉さんだぞーッ!」
ランドセルを揺らした翔太が、いの一番に前に躍り出て大人たちを睨みつけた。
「やあみなさん。朝からパトカーのサイレンやらマイクの大声やらで、警察とマスコミの皆さんが一番の騒音被害を出してるって自覚はありますか? 近所迷惑なので全員まとめて自首するか不法占拠で検挙されてはどうですか?」
いつの間にかアヒルの浮き輪を腰にハメた素直が、仏のような笑顔で警察官や記者たちを順番に指さした。
「す、素直くん! 警察に向かって自首を勧めるのはやめようね!?」
陸が焦ってツッコミを入れる中、カタカタカタ……と不穏な車輪の音を響かせて、陸の隣に滑り込んできた人物がいた。
「……システム再起動。マスコミ証人型強制認知ミッション『サキノ・ゼロワン』、起動完了」
見れば、服のお腹の部分がぽっこりと異常に膨らみ、ベビーカーを押した輪が、すっと陸の隣に歩み寄ってきた。
「輪ちゃん……何そのベビーカー……? あと、なんでお腹がそんなに膨らんでんの!?」
しかし輪は陸のツッコミをポーカーフェイスのまま完全スルーし、お腹に手を添えて愛おしそうになでながら、平坦なロボットボイスで言った。
「……勘違いしないでください。当機は決して、あなたにおめでたな姿を見せることで『何秒でお腹の子(陸と輪との)を認知してくれるのか』をシミュレーションしに来たわけではありません」
「サイボーグだったらそもそも妊娠出来ないんじゃないの?──って。ちょ、輪ちゃん!?」
しかし輪は陸の反論の隙を与えず、今度は群衆の方を向くと再び話し始めた。
「……皆さん、お静かに願います。当機のお腹の中には、『陸との愛の結晶』が宿っています。現在、妊娠10ヶ月の臨月です」
「それ絶対100均の風船だよね?腹に入れて妊婦のフリしないでーーーっ!! あと、昼ドラの影響なんだか知んないけど……僕たちまだ小学4年生だよ!?」
あまりの狂気に、警察官も報道陣も、近所の住民たちすらも「……っ!?」と引きつった顔で数歩後ずさった。
周囲全体に、冷や汗混じりの強烈なドン引き空間が広がる。
しかし輪は、周囲のドン引きなど露知らず、真顔のままベビーカーの持ち手を握り直して言い放った。
「……当機のような妊婦、および将来の我が子が安心して生活するためには、重労働である家事全般を完璧に代行してくれるガリバラ氏の存在が絶対に不可欠です。彼女を排除することは、当機の安産および小鳥遊家の育児環境に対する重大な脅威となります」
「妊婦設定を押し通してガリバラさんを家事要員にしないで! ていうかベビーカーの中身、空っぽじゃないか!」
「……否定。これは当機のCPUによる未来予測シミュレーションです」
輪はピクリとも表情を変えずに言い張るが、よく見るとポーカーフェイスのまま耳まで真っ赤になっており、ベビーカーの持ち手を握る手がプルプルと激しく震えている。
設定の重さに本人の照れが全く追いついていない。
「陸くん、騙されちゃダメだよ」と、再びアヒルの浮き輪を揺らした素直がニッコリ笑う。
「ゼロワンちゃん、今朝『今日こそマスコミがいる前で妊娠実績を捏造して、そのまま陸くんに“責任をとって私を妻にしてください……♡”って迫るんだ……♪』って、お腹に風船を詰めてベビーカーを押しながら、鏡の前で潤んだ瞳の練習をしてたよ」
「……警告。それは当機の旧メモリによる重度なバグです。物理的に削除してください」
秘密を暴かれた輪は、ポーカーフェイスのまま顔を真っ赤に染め上げると、自分の腹の風船をぎゅーっと抱きかかえて固まった。
さらに素直は、陸に向かって仏の笑顔を深めた。
「ちなみに陸くん。ゼロワンちゃん、自分の部屋のノートに『小鳥遊輪』って自分の名前を書き殴った婚姻届の偽物を作っててね。その『夫の署名欄』に陸くんの認印を押させるために、昨日陸くんの学校提出書類をこっそりコピーして、押された印鑑の跡から認印を手彫りしてたよ」
「認印を手彫り!? 恐怖映像すぎるんだけど!! 輪ちゃん、僕の提出書類を持ち帰って何てことしてくれてんのさ!?」
「当機の機密データを無断漏洩しないでください……!」
輪は顔を真っ赤に沸騰させたまま、お腹の風船をポンポン叩いて大パニックに陥っている。
「君たち、子供まで……」
警察官もリポーターも、あまりにもカオスな状況(アヒル浮き輪&妊婦ごっこ)と、小学生たちの恐ろしすぎる暴露合戦に圧倒され、完全に毒気を抜かれていく。
「さあみなさん、取材も通報もお引き取りください! 我が家の朝ごはんはこれからなんです!」
父が笑顔で宣言すると、報道陣も警察官たちも苦笑いしながらゾロゾロと撤収せざるを得なくなった。
やがて静けさを取り戻した庭。
「陸様……お父様……皆様……。私、私……っ!」
感動のあまり、ガリバラさんは特大のハンカチでボロボロと涙を拭った。
「泣かないでガリバラさん。これからもずっと、うちで美味しいご飯を作ってね」
陸が優しく見上げると、ガリバラさんは溢れる涙を拭い、太陽のように温かく、眩しい笑顔を咲かせた。
「はいっ! 陸様! 喜んでお仕えいたしますわ!」
雲ひとつない青空の下、庭の特大テーブルに並べられた朝食を囲み、賑やかな笑い声が響き渡る。
一人きりだった静かな日々は、もう二度とやってこさせない。
10メートルのメイドさんと、温かい家族と、愉快な仲間たちと一緒に過ごす、最高に賑やかな毎日がこれからも続いていくのだから。




