第十一話 10メートルの送迎サービス
小鳥遊陸の小学四年生の初夏。
この日は、児童たちが待ちに待った一泊二日の「自然体験宿泊合宿」の当日だった。
朝七時。通学路を歩く陸の背後から、地鳴りのような音が響いていた。
【ドシン……ドシン……ドシン……】
「……ねえ、ガリバラさん。なんでついてきてるの?」
陸が振り返ると、リュックと大きなスポーツバッグを背負った陸の三歩後ろを、10メートルの巨大なメイド服姿でガリバラさんが静かについてきていた。
その手には、巨大な保温水筒と、特大の救急箱、さらには折りたたみ式の巨大な雨具までが抱えられている。
「申し訳ありません、陸様! 決して怪しい者ではございません!」
ガリバラさんは胸の前で大きな手を合わせ、申し訳なさそうに巨体を縮こませた。
「怪しいというか目立ちすぎなんだよ! 送迎にしてはスケールが大きすぎるって!」
「ですが陸様……! 本日から一晩、陸様はご自宅を離れてお泊まりになられるのでしょう? もしも山の中でクマが出たら? 急な大雨で雨具がなかったら? お夜食がお口に合わなかったらと考えますと、私の胸は張り裂けそうで……っ!」
巨大な瞳からウルウルと涙を浮かべるガリバラさん。その過保護すぎる愛情に、陸は頭を抱えた。
「大丈夫だって! 学校の行事なんだから先生たちもいるし、クマなんて出ないよ!」
「やあ陸くん、おはよう。朝から10メートルの巨大防犯システムを従えて登校なんて、まるで要人のエスコートだね」
横からすっと現れたのは、アヒルの描かれたTシャツを着た素直だ。仏のような笑顔でガリバラさんを見上げている。
「素直くん……笑いごとじゃないよ。学校に着くまでに街中で大ニュースになっちゃうよ」
「……緊急事態発生。当機の追跡レーダーに『小鳥遊陸・隔離計画』をキャッチ」
不意に、道路の曲がり角からガラガラと音を立てて現れたのは輪だった。
見れば、またしても服のお腹の部分をぽっこりと膨らませ、風船入りのベビーカーを押している。
「輪ちゃん!? なんで合宿の日の朝から妊婦ごっこ継続してんの!? 」
「……勘違いしないでください。当機は決して、陸が合宿に行くことに絶望し、『せめて出発直前まで臨月(仮)の妻として見送りたい』という妄想に囚われているわけではありません」
「完全にその妄想に囚われてるよね!? っていうか、輪ちゃんも同じクラスなんだから一緒に合宿行くじゃん!」
「陸くん、騙されちゃダメだよ」と、素直がニッコリ笑う。
「ゼロワンちゃん、昨日の夜『陸くんと相部屋じゃない夜なんて耐えられない……! 送迎バスのトランクに隠れて陸が泊まる部屋まで密航するんだ……♡』って言って、大型スーツケースの中に自分を詰め込む練習をしてて、中で体が丸まって出られなくなってお母さんに助けてもらったんだよ」
「……警告。それは当機のメモリに残る暗黒の黒歴史です。物理的に削除してください」
秘密を暴かれた輪は、ポーカーフェイスのまま耳まで真っ赤に染め上げると、風船入りの腹を抱えて固まった。
そんな押し問答をしているうちに、一行は学校の校門前に到着してしまった。
『うわぁぁぁッ!? なんだあれーーーっ!?』
『10メートルのメイドさんが校門の前に立ってるぞーーーっ!!』
校庭に集まっていた児童たちが一斉に悲鳴を上げ、校舎の窓からは先生たちが顔を出して大騒ぎになる。
「小鳥遊くん! あれは一体なんだい!?」
学年主任の先生が眉をひそめて飛んできた。
「あ、あの……うちの家政婦のガリバラさんで……僕の宿泊合宿を心配してついてきちゃって……」
陸が申し訳なさそうに説明すると、先生の隣にすっと進み出た輪が、ポーカーフェイスのまま淡々と言い放った。
「……先生、誤解しないでください。当機と陸は同じ合宿に参加しますが、宿泊先が一緒であっても、いつものように全裸で同じベッドに入り、夜な夜な甘い愛を営むことが許されないのであれば、これは夫(陸)に長期出張に行かれるのと同義です」
「なっ……!? き、君たち、いつも全裸で同じベッドで愛を営んでいるのかねーーーっ!?」
学年主任の先生が目玉を飛び出させて大パニックに陥る。
「ちがいます!! 輪ちゃん、担任の先生の前で絶対誤解されるような嘘つかないでーーーっ!! そもそも僕たちそんなこと一回もしたことないからね!?」
陸が顔を真っ赤にして全力で叫ぶと、素直がニッコリ笑って「ちなみにゼロワンちゃん、昨日の夜も自分の抱き枕に陸くんの服を着せて予行練習してたよ」と追撃のタレコミを入れた。
「当機の機密データを無断漏洩しないでください……!」
輪は顔を真っ赤に沸騰させ、風船の腹を叩いて大混乱に陥っている。
そんなカオスな騒動の横で、ガリバラさんは校門の外から深々と頭を下げた。
「先生方、大変申し訳ありません! 陸様が無事に校門をくぐられるのを見届けましたら、すぐに退出いたします! どうか陸様を……陸様をよろしくお願いいたします……っ!」
特大のハンカチで涙を拭うガリバラさんの姿に、集まっていた児童たちから「なんかすごい愛されてる……」「かっこいい……」「うちの親より過保護だ……」とざわざわと声が漏れる。
「ガリバラさん、本当に大丈夫だから! いってきます!」
陸が振り返り、大きく手を振ると、ガリバラさんの顔に太陽のような笑顔が弾けた。
「はいっ! いってらっしゃいませ、陸様! お土産のお話、楽しみにお待ちしておりますね!」
10メートルの温かい見送りと、あまりにも賑やかすぎる仲間たちを背に受けながら、陸は照れくさそうに苦笑いし、校門をくぐるのだった。




