第十二話 重箱サイズのデカ盛り弁当
大型バスに揺られること二時間。
四年生一行を乗せた送迎バスは、宿泊研修施設へ向かう道中にある広大な森林公園へと到着した。
「よし、クラスごとに広場へ集まって昼食タイムだ!」
先生の合図とともに、児童たちが一斉にレジャーシートを広げ始める。
「よっしゃーーーッ! 腹減ったーーーッ!」
元気いっぱいに叫びながら、翔太が陸の隣にどっかりと腰を下ろした。
「陸、見てくれよ! うちのババアが作った特大唐揚げ弁当だぞ!」
翔太が胸を張って開けたお弁当箱には、ギッシリと並んだ特大の唐揚げ。
「わあ、美味しそうだね翔太」
「ふふん、だろ? ……で、陸のお弁当は? ガリバラさんが作ったんだろ?」
「あ、うん。登校するときにガリバラさんから『陸様、お昼のエネルギー補給にお納めください』って持たされたんだけど……」
陸は自分の足元に置かれた、明らかに「小学生が持ち歩くサイズではない」巨大な木箱に目を落とした。
「やあみんな。新緑の中でいただくお昼ご飯は格別だね」
そこへ、アヒルTシャツの素直がマイ箸と水筒を手にやってきた。
「……ターゲット補給行動を確認。当機も陸の隣で『夫婦の初めてのピクニック(予行演習)』を実施します」
不意に横からすっと滑り込んできたのは輪だった。
お腹の風船はさすがに外しているものの、なぜか首には愛妻弁当と手書きされた100均の赤いリボンが巻かれている。
「輪ちゃん、そのリボンは何……? っていうか、素直くんもそこ座るの?」
「もちろんさ。それより陸くん、その足元の大きな箱は何だい?」
素直が興味津々に指さし、翔太も目を丸くする。
「……うん。実は、重くてリュックに入らなくて、バスのトランクルームに預けてたんだよね……」
陸が覚悟を決めて、巨大な木箱の蓋に手をかける。
ガタゴトと重厚な音を立てて蓋を開けた瞬間——クラスメイトたちの視線が一斉に釘付けになった。
『な、なんだあれーーーっ!?』
そこに現れたのは、大きな電子レンジほどの超巨大な重箱。
その真ん中に鎮座していたのは、もはや肉の塊というより「茶色い小山」と呼ぶべき、重量感溢れる『超巨大手ごねハンバーグ』だった。
「でっけーーーっ!? なんだこのハンバーグ! 俺の顔よりデカいぞ!?」
翔太が目を輝かせて身を乗り出す。
「やあ、圧巻だね」と、素直が仏の笑顔で拍手を送る。
「肉汁で出来た池の中に、丸太のようなアスパラガスと、ホールケーキサイズの目玉焼きが乗っているよ。ガリバラさん、陸くんのお弁当箱のサイズ感をすっかり失念していたようだね」
「……当機のデータベースを参照。このハンバーグの推定総カロリーは、成人男性の一週間分に相当します」
輪がポーカーフェイスのままじっとハンバーグを見つめ、不意に自分の小さなお弁当箱(中身は陸の顔を模したキャラ弁)を隠した。
「ガリバラさん、僕を大食いタレントか何かだと思ってんのかな……! こんなの僕一人じゃ絶対に食べきれないよ!」
陸が頭を抱えていると、ハンバーグの脇に添えられた特大のメモ用紙が目に留まった。
『陸様へ。お友達の皆様と仲良く召し上がっていただけるよう、少し多めにお作りいたしました。ガリバラより』
「……あ」
陸の胸が、じんわりと温かくなる。
「ガリバラさん……最初からみんなの分まで作ってくれてたんだ……」
「マジで!? 陸、これ俺も食っていいのか!?」
翔太が目を輝かせて身を乗り出す。
「うん! 翔太も素直くんも輪ちゃんも、みんなで食べよう!」
「わーい! いただきまーす!」
翔太が大きなスプーンでハンバーグをすくい、口いっぱいに頬張る。
「うっまーーーい!! 肉汁がジュワッと溢れて、めっちゃ柔らかいぞこれ!」
「ふむ、見た目の大味さに反して、デミグラスソースの隠し味に赤ワインと味噌が使われているね。非常に味わい深いよ」
素直もマイ箸で一口食べ、満足そうに頷いた。
「……当機も『姑の手料理チェック』として試食を行います」
輪は真顔で一口パクリと食べると、一瞬だけ目を見開き、耳まで真っ赤にして呟いた。
「……悔しいですが、完璧な味付けです。当機が陸の妻として、この味を完全再現できるようCPUにレシピを永続保存します」
「だから勝手に……僕の妻になって、ガリバラさんを姑にしないでってば!」
陸がすかさずツッコミを入れると、素直がニッコリ笑った。
「ちなみに陸くん。君、さっきバスの中でぐっすり寝ていただろ?」
「え? あ、うん……疲れてて、気づいたら寝ちゃってて……」
「陸くんが爆爆寝している間ね、ゼロワンちゃん、かなり大胆なことをしてたよ」
素直は仏のような笑顔のまま、淡々と爆弾を投下した。
「まず、お母さんの口紅をこっそり持ってきてて……寝ている陸くんの首筋に、生々しいキスマークをばっちりつけてた」
「は……!?」
「それからね、陸くんの飲みかけの水筒と自分のを入れ替えて持ち帰ろうとしたんだけど、『さすがにバレる……』と思い直して踏みとどまり……その結果、間接キスの代わりか知らないけど、寝ている陸くんの口に直接キスをしようとして、あと数ミリのところで真っ赤になって寸止めしてたよ」
「寝てる隙に首筋へキスマークだけじゃなくて、寸前までキスしようとしてたのーーーっ!? あと数ミリって何!? 完全にあと一歩で僕の純潔、寝たまま奪われてたじゃん!!」
陸が自分の首元を押さえながら、顔を真っ赤にして絶叫する。
「しかもね、土壇場で怖くなったゼロワンちゃんが『イヤッ!』って叫びながら陸くんを突き飛ばしてね。陸くん、勢い余ってバスの壁面に頭を激突させてしばらく気絶していたよ」
素直がアヒルTシャツの胸を張り、まるで他人事のように淡々と追撃する。
「パニックで突っぱねるくらいなら、最初から僕にキス迫ろうとしないでよ……! 理由なき暴力を振るわれた僕の立場はどこに行ったの!?」
あまりの理不尽さに、陸が悲しそうな目で自分の頭をさすりながらツッコんだ。
「そして……実はまだ恐怖の続きがあってね。気絶して無防備に口を開けている陸くんの口の中に、怪しい【青い媚薬タブレットみたいなの】をこっそり放り込んでいたんだ」
「小学生の僕にそんな怪しい薬品盛らないでよーーーーっ!! 薬の正体を白状して!!」
「……事実誤認です。当機は決して『媚薬』などという不確定要素の高い薬品は使用していません」
顔を熟したトマトのように真っ赤にした輪が、マイ箸を握りしめたままロボットボイスで必死に否定を開始した。
「じゃあその青い錠剤は何なの!?」
「……これは、父親の部屋の『触るなよ……絶対に触るなよ』と書かれた金庫からこっそり持ってきた……これです」
輪がポケットからおずおずと取り出して見せたのは、ピンク色の可愛い食玩パッケージだった。
「……大人気女児向けアニメ『ミラクルプリティ♡ドレスアップラムネ』の限定ソーダ味ラムネと、おまけの『キーホルダー』です。ラムネはぶどう糖配合で脳の疲労回復に効果的です」
「ゼロワンちゃん。きっと──君のお父さんが隠れオタクなの家族にバレたくなくて厳重保管してた女児向けアニメの食玩だね」
素直がアヒルTシャツの胸を張り、名探偵のような涼しい顔で言い放つ。
「媚薬じゃないのはわかったけど、勝手に金庫破ってお父さんの痛い秘密暴かないであげて……」
陸が頭を抱えながら、ぐったりとした目で輪を見つめた。
「あはは! 輪ちゃん、それもう完全な確信犯。お父さんがかわいそう!」
「ほんとだよ……僕まで胃が痛くなってきた……」
「なに言ってんだ陸、お前ももっと食えよ!」
翔太が豪快に笑いながら、ハンバーグの一番美味しいところを陸の皿にドカンと盛り付ける。
(……最近の僕の周り、規格外の狂人しか集まってきてない気がするんだけど……)
そんな遠い目をしながらも、大きな手ごねハンバーグをみんなで囲み、賑やかに笑い合う広場。
10メートルのメイドさんが込めた巨大な愛情は、お腹だけでなく、陸とみんなの心までいっぱいに満たしていくのだった。




