第十三話 (前編)宿泊学習にかけつけたガリバラさん
広場での昼食を終えた四年生一行は、再び大型バスに乗り込み、本日の目的地である山間宿泊研修施設へと到着した。
「うわあー! でっかい施設だね!」
「見て見て、大きな広場と森があるよ!」
バスから降り立った児童たちが、リュックを背負いながら歓声をあげる。
緑豊かな山々に囲まれた施設は、木の温もりを感じさせる巨大なロッジ風の建物だった。
「よし全員集まったな! これから開校式を行う!」
担任の先生の号図で、クラスごとに整列を開始する。
「ふう……なんとかバス移動を生き延びたぞ……」
陸は首元をさすりながら、小さく息を吐いた。
横を見ると、アヒルTシャツの素直が仏の笑顔で並び、その隣では輪がポーカーフェイスのまま、なぜか陸をじっと見つめている。
「……陸。当機のお胸はこれより、野外アクティビティにおける『栄養補給ドリンク』として機能します」
「ちょ、上着脱ごうとしないで!いらないからね!? それにそもそも出ないでしょ! 僕、普通に水筒あるから!」
陸が慌ててツッコミを入れていた、その時だった。
『皆様、ようこそ『緑の森宿泊研修施設』へお越しくださいました!』
山々に響き渡る、あまりにも聞き覚えがありすぎる爆音のソプラノボイス。
児童たちが一斉に『えっ!?』と声をあげて見上げた施設の屋根の上に——
圧倒的存在感を放つ10メートルの巨大メイドが、優雅にお辞儀をして立っていた。
「「「「ギャーーーーーッ!?!?!?」」」」
児童も先生も、施設職員すらも一斉にひっくり返る。
「ガ、ガリバラさんーーーっ!? なんでここにいるのーーーっ!?」
陸が目玉を飛び出さんばかりに見開いて絶叫した。
「陸様。愛する陸様が初めて家を空ける合宿……心配のあまり居ても立っても居られず、先回りして『臨時ボランティアスタッフ』として登録させていただきました!」
「先回りって言っても、僕たちバスで二時間かけて来たんだよ!? どうやって来たのさ!?」
「山道を時速八十キロで軽やかに疾走して参りました。登校のお見送りから帰宅後、三分で準備を整えまして」
「徒歩でバス追い抜かないでーーーーっ!!」
「やあ、圧倒的機動力だね」
素直がマイ箸を手に持ちながら、パチパチと拍手を送る。
「……当機の索敵レーダーを上回る移動速度。さすがは姑です」
輪が真顔で100圴のメモ帳を取り出し、何かを書き込んでいる。
「ガリバラさーん! さっきのハンバーグめっちゃ美味しかったぞー!」
翔太が豪快に手を振ると、ガリバラさんは目元をぬぐいながら感動に震えた。
「まあ! 翔太様、お残しせず召し上がっていただけて光栄です! ……さあ皆様、本日の宿泊学習、このガリバラが全力でサポートいたしますね!」
こうして、10メートルの巨大メイドが常駐する前代未聞の宿泊学習が幕を開けたのだった。
開校式(ガリバラさんの巨大な影で施設全体が日陰になった)──を終えた一行は、最初のプログラムである【森林ハイキング】へと出発した。
爽やかな風が吹き抜ける山道を、班ごとに並んで歩いていく。
「空気も綺麗だし、気持ちいいなー!」
先頭を歩く翔太が元気に声をあげる。
「うん、木漏れ日がすごく綺麗だね」
陸が微笑みながら歩いていると、頭上からガサガサと木々が揺れる音が聞こえてきた。
見上げると、ガリバラさんが山肌を二足歩行で並走しながら、特大の日傘を陸の上だけに差し伸べていた。
「陸様、直射日光はお肌と体力の敵です。このガリバラがUVカット率100%の日傘でお守りいたしますね」
「山道で巨大日傘をさして歩かないでよ! 木々が薙ぎ倒されちゃうから! ……あと僕だけずっと日陰で目立ちまくってるから!」
「ふふ、愛されているね陸くん。ちなみにゼロワンちゃんは後ろで君の足跡を愛おしそうに踏みしめながら歩いているよ」
「絶対後ろ見たくないーーーっ!!」
陸が恐る恐る後ろを振り返ると、……輪が陸の踏んだ地面をミリ単位で正確にトレースしながら歩き、時折『ラブドール陸一号機〜製作日記』と書かれた手帳にゴゾゴゾと書き加えていた。狂気的に……。
しかし、山道の途中で小さなアクシデントが発生した。
後ろを歩いていた女子児童が、濡れた岩場で足を滑らせてしまったのだ。
「きゃっ!?」
「危ない!」
陸が手を伸ばそうとした瞬間——
【ズシンッ!!】
地響きとともに、ガリバラさんの巨大な人差し指がスッと女子児童の背中に添えられ、優しく受け止めた。
「お怪我はありませんか、お嬢様?」
「あ……ありがとう、おっきいメイドさん……!」
「陸様のクラスの平和を守るのもメイドの嗜みです」
ガリバラさんが優しく微笑むと、……クラスメイトたちから『おおーっ!』と歓声と拍手が湧き起こった。
(……恥ずかしいけど、やっぱりガリバラさんがいてくれると頼もしいな……)
陸は胸の奥がじんわりと温かくなるのを感じ、小さく苦笑した。
夕方になり、一行は野外炊事場へと移動した。
夕食のメニューは、班ごとに作る特製カレー&シチューだ。
「よし! 俺が薪割りをやるぞ!」
翔太が腕まくりをして薪割り斧を握りしめる。
「ふむ、僕は野菜の皮むきを担当しようか」
素直が包丁を持ち、慣れた手つきでジャガイモの皮を剥き始めた。アヒルTシャツにエプロン姿が絶妙に似合っている。
「……当機は陸のための『愛の隠し味』を担当します」
輪が『ラブ液』と書かれた怪しげな小瓶を取り出そうとしたので、陸は即座にそれを奪い取った。
「僕のとり皿にくれぐれも怪しいスパイスを入れようとしないでよ! 僕たちの班は普通に美味しいシチューを作るの!」
「陸様! 私もお手伝いいたしますね!」
かまどの横に腰ろしたガリバラさんが、大きなドラム缶のような鍋を取り出した。
「ガリバラさん、それ何……?」
「我が家に伝わる特大備長炭で炊き上げる、極上シチューのベースです! クラス全員分のルーを一瞬で溶かしてみせます!」
ガリバラさんが巨体を生かしてうちわを仰ぐと、かまどの火がゴオッと勢いよく燃え上がり、一気に強火になった。
「すごーい! 一瞬で火がついた!」
「ガリバラさんかっこいいー!」
他のお手伝い班の児童たちも集まってきて、大興奮だ。
「陸くん、野菜のカットが終わったよ。お肉と一緒に炒めようか」
「うん! ありがとう素直くん!」
陸と素直、翔太が協力して具材を炒め、鍋にお湯を注ぐ。
そこへ輪がそっと近づいてきて、真剣な眼差しでシチューの湯気を見つめた。
「……陸。当機の熱源センサーによると、あと三十秒で最適なルー投入タイミングです。当機と陸の『愛の共同……あ!愛の結晶』として、ルーを同時に投入しましょう」
「愛の結晶ってわざわざ言い直さないで! 普通にルーを入れるだけだから!」
陸と輪が二人で同時にシチューのルーを鍋に割り入れる。
グツグツと煮込まれるシチューから、香ばしくて甘い香りが立ち上ってきた。
「できたーーーーーッ!! 特製シチューの完成だ!!」
翔太が歓声をあげる。
みんなで丸くなり、出来立てのシチューを盛った皿を手に持った。
「いただきまーす!!」
一口食べた翔太が目を丸くする。
「う、うめーーーえ!! 野菜が柔らかくて、めちゃくちゃコクがあるぞ!」
「ふむ、ガリバラさんの完璧な火力調節のおかげで、具材の旨味が逃げずに閉じ込められているね」
素直も満足そうに頷く。
「……当機の分析結果。このシチューには『陸と一緒に作った愛の結晶』という最高の調味料が含まれています」
「だから愛の結晶って言いかたやめ……って、あれ? なんかほんのりピリッとして、めちゃくちゃ出汁のコクがあるような……?」
陸が不思議そうに首をかしげると、輪は頬をほんのり赤く染め、胸の前でそっと小瓶を握りしめた。
「……当機が極秘裏に開発したスペシャル調味料。『ラ』ー油とコン『ブ』だしを最適比率で配合した……『ラブ(ラ+ブ)液』です」
「ネーミングのクセ! ネーミングのクセがすごいけど、怪しい薬じゃなくて隠し味だったの!?」
「はい。陸に美味しいと言ってもらいたくて……ですが、当機の手では加減を誤り、激辛にしてしまう恐れがありました。それを……」
輪が視線を向けると、かまどの脇で小さくなっていたガリバラさんが、優しく微笑みながら静かに頷いた。
輪の不器用な情熱と真剣な想いに気付いたガリバラさんが、巨大な手で絶妙なひとさじを鍋に加えてくれていたのだ。
「陸様。乙女の込めた隠し味は、隠し味のまま美味しく昇華させて差し上げるのが、館を預かるメイドの粋というものにございます」
「ガリバラさん……」
陸は呆れたように笑いながらも、どこか胸の奥がじんわりと温かくなるのを感じて、シチューをもう一口大きく頬張った。
「ネーミングは相変わらず怪しいし、愛の結晶には賛成できないけど……うん! ふたりの優しさが入ってて、すっごく美味しいや!」
「……! 肯定的なフィードバックを受信。当機の心臓メインフレーム、一時的な過熱状態を確認……」
パチパチと弾けるかまどの火に照らされながら、輪は大切そうに自分の皿を抱え、陸への愛おしさとガリバラさんの優しさが溶け込んだシチューを、噛みしめるように味わうのだった。
その様子を、かまどの脇で小さくなって(10メートルあるが)見守るガリバラさんの目には、感動の涙が浮かんでいた。
「陸様……お友達と楽しそうにお料理を召し上がる姿……ガリバラ、感無量でございます……!」
「ガリバラさん、泣きすぎだってば!」
陸がツッコミを入れながらも、みんなの笑顔と温かいシチューに、胸がいっぱいになるのだった。
賑やかな夕食が終わり、あたりはすっかり夜の闇に包まれ始めた。
宿泊学習のメインイベントであるキャンプファイヤーの時間が近づいてくる。
「よしみんな! 広場に集まってキャンプファイヤーの準備だ!」
先生の声に呼び出され、児童たちが中央の広場へと移動する。
広場の中央には、高く組み上げられた薪。
そして、その横には——なぜか巨大な松明を手にしたガリバラさんと、顔に怪しげなペイントを施した輪が並んで立っていた。
「……陸。これより行われるキャンプファイヤーにて、当機は『火文字』を点火する儀式を執り行います」
「火文字!? 何を燃やすつもりなの輪ちゃん!? また、嫌な予感しかしないんだけど……」
「陸様! 今夜のキャンプファイヤーは、一味違いますよ……!」
ガリバラさんが不敵に微笑み、巨大な松明にメラッと激しい炎が燃え移る。
果たして、夜のキャンプファイヤーと星空観察で何が起きてしまうのか——!?
(次回、後半へ続く!)




