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第十三話 (後編)宿泊学習にかけつけたガリバラさん

 夜の闇を切り裂くように、キャンプファイヤーの薪へと巨大な炎が放たれた。


「おぉーーーっ!!」

児童たちの歓声と拍手が夜空に響き渡る。パチパチと燃え盛る炎が、みんなの顔をオレンジ色に照らし出していた。


「キャンプファイヤーといえばやっぱこれだよな!」

翔太が炎を眺めながら満足そうに頷く。


「ふむ、マイナスイオンと遠赤外線の効果で、リラックス効果が抜群だね」

素直もマイ水筒を片手に優雅に佇む。


「……陸。これより、当機とガリバラ氏による『共同点火儀式』の総仕上げを開始します」

輪が怪しげに光るゴーグルを装着し、不気味に微笑んだ。


「待って待って、さっきから『火文字』とか言ってるけど、一体何を燃やす気なの!? また、嫌な予感しかしないんだけど……」

 

 その瞬間——ガリバラさんが巨大な松明を豪快に振り上げ、夜空に向かって高々と掲げた!


『——これより、愛の永続を誓う【炎の立体モニュメント】を点火いたします!』


【ドゴォッ!!】

轟音が鳴り響き、燃え盛る薪の炎が一気に上空へと逆巻いた!


 そして、夜の山肌に浮かび上がったのは——。


【陸様♡ 永遠の愛】

という、高さ二十メートルにも及ぶ、燃え盛る巨大な炎の文字だった!


「…………え?」

児童も先生も、文字通りポカンと口を開けて固まる。


 そして、輪の番になり……夜の山肌に浮かび上がったのは——。


『陸♡輪』とでっかく書かれた、高さ二十メートルにも及ぶ、燃え盛る巨大な相合傘の火文字だった!


「…………」

児童も先生も、文字通りポカンと口を開けて固まる。


「待って待って! 夜の山にめちゃくちゃ不法投棄感のある相合傘を焼き付けないでよ!! 山火事になっちゃうでしょ!……それに周りのクラスメイトたちがドン引きして遠ざかっているから!!」

陸が絶叫しながら炎に向かって必死に土を投げようとした、その時——。


【バババババッ!!】と追加の爆炎が上がり、相合傘の横にさらなる炎の文字が追加展開された!


『祝・結婚成立! 第一子無事に誕生♡』


「はぁーーーーーッ!?!?」

今度こそクラス全員と先生たちが泡を吹いて倒れ伏す。


「燃え盛る炎のごとく、当機と陸の情熱は消えることがありません! ……すでに我が家(陸の自宅)のリビングにて、陸との間の第一子『タカナシ・ゼロツー』の初期起動テストが完了しております!」

輪が両手を合わせてうっとりと炎を見上げる。


「婚約もしてないし、第一子なんて生まれるわけないでしょ!! ……それに、いつの間にかコードネームが僕の苗字に変わってるし……! ていうか自宅のリビングで勝手に変な機械を起動させないでよ!! ……小学生にどんな大虚構の既成事実を作ろうとしてんのさーーーっ!?」

陸が頭を抱えて絶叫すると、素直が仏の笑顔のままデジカメを構えた。


「ふむ、実にアグレッシブな結婚披露宴だね。記念にアルバム用の一枚を残しておこう」


「撮影しないで素直くん!! デジカメ仕舞って火消しを手伝ってよーーーっ!!」


「二人の情熱、熱すぎるぜ!」

翔太が豪快に笑い飛ばす中、夜空を焦がす愛の大炎上モニュメントは、二時間ほど盛大に燃え続けたのだった。


 キャンプファイヤーの熱狂が冷め、夜は更けていった──。


 本日の最終プログラムは、研修施設の裏山で行われる『星空観察』だ。


「わあ、星がすっごく綺麗……!」

人工の明かりが少ない山奥の夜空は、満天の星々が宝石のように瞬いていた。


 児童たちがそれぞれベンチに座り、星座早見盤を覗き込んでいる。


「ふむ、夏の夜空だね。あそこに見えるのが夏の大三角、デネブ・ベガ・アルタイルさ」

素直が天体望遠鏡のピントを合わせながら、涼しい顔で解説する。 


「本当だ、すごいなあ……」

陸が夜空を仰ぎ見ていると、隣のベンチにスッと輪が腰を下ろした。


 お腹の風船や赤いリボンは外しているものの、なぜか両手には特製の手作り天体望遠鏡が握られている。


「……陸」


「ん? どうしたの輪ちゃん」


「当機の望遠鏡のファインダーを覗いてみてください。宇宙の天使が見えます」


「宇宙の天使……? 星座のことかな?」

言われるがまま、陸が望遠鏡のレンズに目を近づけた。


 しかし……そこに映っていたのは——星座でも星でもなく……、両親のストレージとアルバムだけに納めされているはずの……陸が幼い頃、生まれたままの姿でキャッキャはしゃいでいる写真に大量のハートマークが雑コラされた画像だった。

 

 しかも、それだけにとどまらず——

ギリシャ彫刻の最高峰『ダビデ像』、肘をついて熟考する『考える人』、さらには『小便小僧』といった有名な裸体彫刻の頭部が、すべて……陸の顔にすり替えられた狂気のコラ画像が、スライドショーのように次々と流れていくではないか。


「どこが宇宙の天使だよ!! 僕のプライベートな写真データを勝手に宇宙規模で拡大して覗かせないでよ!! ……っていうか、世界の彫刻の首から上を僕にするのやめて!! これ、もうホラーだよ!!」


「……事実誤認です。これは当機のCPUが夜空の星々を演算した結果、宇宙の神秘が偶然にも陸の幼少期に収束したものです」


「そんな奇跡的な宇宙の神秘があるか!」

陸が頭を抱えると、輪はわずかに頬を染め、夜空の星からそっと陸へと視線を移した。


「……ですが、星がどれほど美しくとも、当機のメインカメラ(瞳)に映る一番の輝きは、……隣にいる陸です」


「っ……!」

不意打ちの直球ストレートに、陸は思わず言葉を詰まらせ、顔を真っ赤にしてそっぽを向いた。


「な、なんだよ急に……。星空の雰囲気に流されないでよ……」


「ふふ、青春ですねぇ」

少し離れた場所で、ガリバラさんが特大の天体望遠鏡(ガリバラさん専用サイズ・砲台レベル)を覗きながら、ハンカチで目頭をゴシゴシと拭いていた。


 満天の星の下、ドタバタと静けさが入り混じる、ちょっと甘酸っぱい夜が更けていくのだった。


 翌日の昼過ぎ──、二日間の宿泊学習を無事に終え、四年生一行を乗せた帰りの送迎バスが研修施設のロータリーへとやってきた。


「楽しかったなー! また来たいぜ!」

「バイバーイ!」

子供たちが元気にバスに乗り込んでいく。

 陸も荷物を背負い、バスのステップに足をかけようとしたその時だった。


「——陸様!!」

【ズシンッ!!】

地響きとともに、ロータリーの脇からガリバラさんが凄まじい勢いで走り寄ってきた!


「ガリバラさん……! どうしたの?」


「お名残惜しゅうございます、陸様! お帰りになられるなんて、この館の空気の九割が失われてしまうようなものです!」


「大げさだってば! どうせ……たった数時間離れるだけでしょう!」

 

 ガリバラさんが大粒の涙をハラハラと零しながら、巨大なハンカチで陸を優しく包み込む。


 その横では、一緒にバスに乗り込もうとしていた輪が真顔で敬礼を送っていた。


「……陸。帰りのバスの座席は、当機が陸の隣を確保済みです。行きのトラブル(寸止めおよび暴行事件)を省察し、帰路は『ただ寄り添うだけの妻』に徹します」


「怪しい真似をしないなら隣でもいいけど……頼むから静かにしててね!?」


「それでは陸様、お気をつけて! 帰りの高速道路は安全運転でお見送りいたしますね!」


「絶対に高速道路でバスに並走しないでね!? 約束だよ!?」


 バスの扉が閉まり、ガリバラさんが大号泣しながら激しく手を振る中、送迎バスはゆっくりと研修施設を離れて走り出した。

     

 それから、バスに揺られること二時間──。

夕暮れ時の見慣れた街並みを抜け、陸と輪はバスを降り、並んでぐったりとした足取りで陸の自宅前へとたどり着いた。


「ふう……やっと帰ってきた……。宿泊学習、楽しかったけどめちゃくちゃ疲れた……」


「……肯定します。ですが、陸と過ごした二日間のデータは、当機のメインメモリにとってかけがえのない宝物となりました」


「珍しく素直だね、輪ちゃん……って、しれっとどさくさに紛れて、僕ん家までついて来ないでよ!」


 それから──少し気恥ずかしそうに鼻の頭をかきながら、陸は二日ぶりの自宅のドアの前に立ち、鍵を開けようとポケットに手をかけた。その時——


 【ガチャリ】と音を立てて、内側から玄関のドアがスッと開いた。


「お帰りなさいませ、陸様! ……あら、輪様も!」

そこに立っていたのは、いつもの完璧なメイド服に身を包み、スリッパを二足分綺麗に揃えて微笑んでいるガリバラさんだった。


「…………え!?」

陸は目を丸くし、手元の鍵とガリバラさんを二度見する。


「なんで……!? だって僕、さっきまでバスに乗ってて、ガリバラさんは研修施設で手を振ってお見送りしてくれてたよね!? ……どうやって僕より先に帰ってきてるのさ!?」


「……当機の索敵レーダーおよびGPSログが混乱中。該当区間において、バスの高速運行速度を上回る山道の迂回経路は存在しないはずです……」

輪までもがパニックを起こしてCPUをオーバーヒートさせかける中、ガリバラさんはほっほっほ優雅に微笑んだ。


「ほっほっほ、メイドの先回りスキルを甘く見てはいけませんわ。音速を置き去りにする愛のショートカットで、数分前に帰宅して淹れたての冷たい麦茶をご用意しておりましたの」


「音速を置き去りにしないでよ!!! 物理法則どうなってんの!?」


「……陸。当機も負けてはいられません。これより『お帰りハグからの、新妻と一緒にお風呂でイチャイチャプログラム』を緊急実行します」


「輪ちゃんまで乗っかって抱きついてこないでーーーっ!! ……ていうか玄関でいきなり一緒にお風呂でイチャイチャ宣言しないでよーーーっ!!」


 ——終わらない日常。

規格外すぎる愛とドタバタに囲まれた、けれど最高に温かい我が家に帰ってきたんだと実感しながら、陸は盛大にため息をつくのだった。

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