第八話 三階の窓からの授業参観
授業参観の当日の朝。
陸の家のリビングには、スマホを握りしめて号泣する父の姿があった。
「すまん陸! 会社で緊急のシステム障害が発生して、どうしても今日の授業参観に行けなくなった……! 本当にすまんーッ!」
「あはは、仕事なら仕方ないよお父さん。気にしないで」
陸が苦笑いしていると、そのやり取りを聞いていたガリバラさんが、パッと表情を輝かせて胸の前で大きな手を合わせた。
「陸様! でしたら私がお父様の代わりに、陸様の授業参観へ参りますわ!」
「えっ、ガリバラさんが!? でも……」
「お任せください! 陸様の頑張るお姿、この目でしかと見届けてまいります!」
そう言って力強く胸を叩いたガリバラさんだったが……。
小学校に到着した途端、広大な校庭の真ん中で立ち尽くすことになった。
「あ、あら……? 陸様の教室は、南校舎でしょうか、北校舎でしょうか……? それに、何階ですの……?」
10メートルの巨体ゆえに校舎の案内図も小さすぎて読めず、ガリバラさんは巨大な迷子となって右往左往していた。
一方、授業直前の三分前。
三階にある四年一組の教室では、担任の先生が陸の席に近づいてきていた。
「陸くん。君のお父さんから連絡があってね、今日はお仕事で来られないけど、代わりに家政婦さんが来てくれるそうだよ」
「はい、ありがとうございます」
それから──授業前にトイレにでも行くためか教師が教室から出ると、ふたりの会話を近くで聞いていたいじめっ子グループの男子たちが、ニヤニヤしながら集まってきた。
「なんだよ小鳥遊ー! お前、お母さんもいないのに父親まで来ないのかよー!」
「家政婦ってなに? お手伝いさん? かわいそー!」
下品な笑い声をあげる男子たちに、陸はグッと拳を握りしめて唇を噛んだ。
すると、隣の席から翔太が勢いよく立ち上がった。
「おい! 陸をバカにすんじゃねぇ!!」
「なんだよ翔太、お前関係ねぇだろ!」
いじめっ子のリーダー格が翔太の胸元を強く突き飛ばす。バランスを崩した翔太に向かって、リーダー格の拳が振り上げられた。
「翔太、あぶない!」
陸は反射的に翔太の前へ飛び出し、仁王立ちして両目をギュッとつむった。
殴られる、と覚悟したその瞬間——。
【ガラガラガラッ!!】
三階の教室の窓が豪快に押し開かれ、外からとてつもなく巨大な手が飛び込んできた!
「陸様に手を出すのは、おやめください!!」
温かくも頑丈な巨大な手のひらが、陸と翔太を包み込むようにガードし、いじめっ子の拳を軽々と受け止めた。
「ひえああああぁぁぁぁっ!?」
いじめっ子たちが悲鳴を上げて見上げた窓の外——そこには、三階の窓から優しく顔を覗かせている、10メートルのガリバラさんの姿があった。
「き、巨人妖怪だーーーッ!!」
「妖怪ではありません、小鳥遊家のメイドのガリバラですわ!」
ガリバラさんが困り顔で微笑むと、あまりのスケール感と恐怖に耐えかねたリーダー格の男子が、その場にへたり込んだ。
じわぁ……。
「あ……あ……」
ズボンに大きなシミが広がり、リーダー格の男子は恐怖のあまりおしっこを漏らしてしまっていた。
「すごーい! 教室でおもらししちゃうなんて、まるで赤ちゃんだね! 濡れたズボンのままだと風邪引くから、僕が保健室に連絡しておいてあげるね!」
いつの間にか、すっかりお気に入りのアヒルの浮き輪を腰にはめた素直が、仏のような笑顔で拍手しながら追い打ちをかける。
「ギャハハハ! おもらししたー!」「だっさーい!」
クラスの女子たちから容赦ない爆爆笑が巻き起こり、いじめっ子たちは顔を真っ赤にして泣きながら教室を飛び出していった。
【キーンコーンカーンコーン……】
授業開始のチャイムが鳴り響く。
もちろん、10メートルのガリバラさんは教室の中には入れない。
けれどガリバラさんは、三階の窓の外にちょこんと腰掛け、窓枠に大きな顎を乗せて、温かい眼差しで陸を見つめていた。
「当機の精密分析によると、窓外に超大型の参観者が定着しました。よって当機も将来の陸との子供に関するPTA活動に向けた予行演習として、隣でノートを覗き込むプログラムを実行します」
隣の席の輪が、ポーカーフェイスのままジリジリと椅子ごと密着してきた。
「どさくさに紛れて、僕たちの将来の子供まで……さも決定事項のように語らないで。そして、しれっと距離を詰めないで、輪ちゃん……」
ツッコミを入れつつ、陸は国語の教科書を持って立ち上がった。
自分の番が回ってきて、陸は少し緊張しながらハキハキと教科書を読み上げる。
読み終えた瞬間、窓の外から、指先をぽすぽすと控えめに合わせる静かな拍手が聞こえてきた。
見上げると、ガリバラさんがまるで自分の子供のことのように、誇らしげで心から嬉しそうな笑顔を浮かべていた。
そして——そのガリバラさんの広い肩の上には、スーツ姿で息を切らしながら、必死で仕事を切り上げて駆けつけた父の姿があった。
「間に合った……! 陸、かっこいいぞー!」
肩の上から大きく手を振る父と、その横で優しく微笑むガリバラさん。
陸は少し照れくさそうに苦笑いしながらも、胸の奥がじんわりと温かくなるのを感じていたのだった。




