第七話 屋根にまたがる洗濯お姉さん
「あ、あら……? またエラー音が鳴ってしまいました」
庭の片隅から、困り果てたガリバラさんの声が聞こえてきた。
見かねたお父さんが庭に移設してくれたドラム式洗濯乾燥機の前にかがみ込み、ガリバラさんが巨大な人差し指でピピッ、ピピッ、とボタンを押そうと苦戦している。
「ガリバラさん、大丈夫?」
「それが……操作ボタンが小さすぎて、私の指だと電源ボタンと『乾燥』と『お手入れ』が同時に押ささってしまって……」
見れば、ガリバラさんの指先はボタン3個分を丸ごと覆い隠していた。
「よし! ならば私が手洗いで洗います!」
ガリバラさんは嬉しそうに微笑むと、陸のTシャツを親指と人差し指の先でちょこんと摘み、庭の水道でフリフリと繊細に洗い始めた。
「まあ、手洗いなら完璧ですわ!」
だが、問題は『干す場所』だった。
ガリバラさんは我が家の二階の屋根に軽々とまたがると、どこからか調達してきたぶっといワイヤーロープを持ち出した。
「えいっ!」
屋根から隣の電柱へとロープを張り、陸の服や巨大なエプロンを豪快に干し始めたのだ。
「ちょっとガリバラさん!? 屋根にまたがって電柱にロープ張るの危なすぎるよ!?」
陸が下から叫んだ瞬間、家のインターホンが激しく連打された。
【ピンポンピンポンピンポン!】
「失礼します! 電力会社の者ですが、電柱への無許可のロープ展張および漏電の危険性により大至急撤去を——って、ええええええっ!? 人が屋根にまたがってる!?」
作業着の男性が絶句していると、今度は公用車に乗ったスーツ姿の男性たちが駆け込んできた。
「失礼! 役所・道路課の者です!『道路を走っていたら空から謎の大雨が落ちてきた』と一般ドライバーから苦情が殺到しておりまして——って、これ服のしずくですか!?」
「あはは……すみません、今すぐ降ろしますから!」
陸が頭を下げていると、水着の上にランドセルを背負った翔太が走ってきた。
「おい陸! なんか街中で『空から服が降ってくる』って噂になってるぞ!」
さらに、アヒルの浮き輪を首にかけた素直が、仏のような笑顔で現れ……、
「そのアヒル……どんだけ気に入ってるの?」
陸は半ば呆れ気味に呟く。
「陸くん。電力会社とお役所を同時に敵に回すなんてすごいね。このままだと小鳥遊家が空中権の不法占有で裁判を起こされるから、僕が法テラスの電話番号を調べておいてあげるね」
「素直くん……! 善人面でサラッと恐いこと言わないで!?」
陸が脱力していると、電柱の陰からシャキーンと怪しい機械音が響いた。
「……システム再起動。高所作業型サイボーグ『サキノ・ゼロワン』、監視ミッション開始」
見れば、黒いヘルメットと安全帯を完璧に装着した輪が、電柱の根元でじっと屋根を見上げていた。
「輪ちゃん!? なんで現場監督みたいな格好してるの!?」
すると……輪は表情ひとつ変えず、平坦なロボットボイスで言った。
「……勘違いしないでください。当機は決して、この混乱に乗じて陸の下着を秘密裏に回収し、永久保存ストレージに格納するために潜入したわけではありません」
「変態的な回収理由を自分から白状しないで!? 警察呼ばれるよ!?」
「……否定。これは高所作業用CPUの気圧変化による誤作動です」
輪はノータイムで言い張ると、ランドセルから『百円ショップのマジックハンド』を取り出し、シャキーンと構えた。
「当機の精密マニュピレーターにより、陸の下着の回収ミッションを実行します」
「それ届くの五十センチだから! 屋根まで全然届かないからね!?」
「陸くん騙されちゃダメだよ」と、素直がニッコリ笑う。
「ゼロワンちゃん、さっきショッピングモールの子供用下着売り場の前で『将来お嫁さんとして陸くんの下着を洗濯する前に匂いをクンカクンカする予行演習をするんだ~♪』って一人でノリノリのステップ踏んでたよ」
「……警告。それは当機の旧メモリによる重度なバグです。物理的に削除してください」
秘密を暴かれた輪は、バレバレなポーカーフェイスのまま、電柱に向かってマジックハンドを虚しくカチカチと鳴らした。
「みなさん、大変申し訳ありませんでした……」
ガリバラさんは役所に赴き、担当者たちに深々と頭を下げて事情を説明した。
庭に移設してもらったドラム式洗濯機のボタンが指より小さすぎて操作できないこと。手洗いはできるが、干す場所がないこと。
そんなガリバラさんの切実な悩みに、役所の職員たちも思わず胸を打たれた。
数日後——。
小鳥遊家の裏山に、お父さんと地元の建設業者が総力を挙げて作り上げた『特注施設』が完成した。
山頂にドカンと設置されたのは、直結した沢の水が流れる【学校の25mプール級・巨大洗濯桶】。
現場の両脇にはそびえ立つ高さ三十メートルの巨大ポール二本と、極太のワイヤーロープ。
「まあ……! これで心置きなくお洗濯ができます!」
ガリバラさんが嬉しそうに微笑み、巨大な洗濯桶で服をフリフリと洗い、三十メートルのポールにロープを渡して洗濯物を干していく。
青空にたなびく巨大なエプロンと、陸たちのカラフルな洗濯物。
「すごーい! 山の頂上に巨大な洗濯物が並んでて、まるで鯉のぼりみたいだね! これで航空法に引っかからないように、僕がお空にお祈りしておいてあげるね!」
素直が楽しそうに拍手していた。
「お祈りで航空法は解決しないよ素直くん……!」
「でもよ陸、なんかカッコいいぜ! 街のどこからでも見えるもんな!」
翔太が興奮して山の頂上を指差す。
「当機の分析によると、あの場所はこれより当市最大のランドマークに指定されます。陸、ランドマーク完成記念として、当機と手をつないで山頂までデートするプログラムを実行することを許可します」
輪がバレバレなツンデレポーカーフェイスのまま、小さな手を陸の方へ差し出してきた。
「どさくさに紛れて僕と手をつなごうとしてるよね!?」
山頂で巨大な洗濯物を気持ち良さそうに干すガリバラさんの姿は、瞬く間にSNSで話題となり、街の新しいランドマークとしてみんなに愛されるようになったのだった。




