第六話 夕食はドラム缶サイズでおもてなし
プールでひとしきり遊んだ後の夕方。
濡れた髪をタオルで拭いていた陸の耳に、庭から重厚な金属音が響いてきた。
【ガン! ゴン! ガシャン!】
「な、なに……!? またお父さんが何か買ってきたの!?」
陸が慌てて庭へ飛び出すと、そこには驚愕の光景が広がっていた。
庭の真ん中にドカンと鎮座していたのは、ピカピカに洗浄された新品のドラム缶。
その前にしゃがみ込んだガリバラさんが、何やら真剣な表情で、巨大な木ふねのオールを両手で握りしめていた。
「ガリバラさん……? そのドラム缶とオール、一体どうしたの?」
陸が呆然と尋ねると、ガリバラさんはぱっと表情を輝かせ、胸の前で大きな手を合わせた。
「陸様! こんな身体の大きな私でも……分け隔て無く、いつも温かく接してくださりありがとうございます。今日はそのお礼に、私がお友達のみなさまにも夕食を作りたいなと思いまして!」
「夕食って……まさか、そのドラム缶で!?」
「はい! 我が家のお鍋では私の手には小さすぎますので、お父様に頼んでドラム缶とお料理用のヘラをご用意していただきました!」
「それ、料理用のヘラじゃなくて完全にボートのオールだからね!?」
陸が叫んでいると、匂いを嗅ぎつけた翔太が、お腹を鳴らしながらフェンスを乗り越えてきた。
「おい陸! メシの匂いが……って、なんだその巨大な缶!? カレーか!? カレー作るのか!?」
「あ、翔太くん。うん、ガリバラさんがカレーを作ってくれるらしくて……」
「よっしゃー! ガリバラさんの手作りカレー! 俺、バケツ三杯分食うぞ!」
翔太が目を輝かせてはしゃいでいると、いつの間にかアヒルの浮き輪を外した素直が、仏のような笑顔で現れた。
「陸くん。ドラム缶でカレーを作るなんて、衛生観念が心配だけど美味しそうだね。デカいお姉さんが調理師の資格持ってるかわからないけど、保健所から怒られるか、免許剥奪されるか、最悪捕まるだけだから安心しなよ」
「素直くん……! とても小学生の言葉とは思えないきみの至極真っ当な意見。でもそれ『大人の事情』で言わない約束だよね」
陸がツッコんでいると、庭の隅の木かげからシャキーンと怪しい機械音が響いた。
「……システム再起動。高熱調理モード『サキノ・ゼロワン』、起動完了」
見れば、黒い耐熱グローブと三角巾を頭に装着した輪が、じっとドラム缶を見つめていた。
「輪ちゃん!? なんで料理手伝う気満々なの!?」
しかし、輪は表情ひとつ変えず、平坦なロボットボイスで言った。
「……勘違いしないでください。当機は決して、あなたと一緒にカレーの具材を炒めることで『新婚夫婦の共同作業』のシミュレーションを実行しに来たわけではありません」
「新婚夫婦!? だから言わなくていいことを全部自分からバラさないで!?」
「……否定。これは調理用CPUの加熱による失言です」
輪はノータイムで言い張ると、ランドセルから「百円ショップのキッチンタイマー」を取り出し、シャキーンと陸に見せつけた。
「当機の精密タイマーによると、カレールーの投入タイミングは完璧に計算されています。陸、当機と並んでニンジンを切るミッションを開始します」
「自分でやるよ! っていうか、輪ちゃんの包丁さばき怖すぎるから!」
「陸くん騙されちゃダメだよ」と、素直がニッコリ笑う。
「ゼロワンちゃん、さっき庭の隅っこで『陸くんにあ〜んってカレーを食べさせて胃袋を掴むんだ〜♪』って一人でノリノリの予行演習をしてたよ」
「……警告。それは当機の旧メモリによる重度なバグです。物理的に削除してください」
秘密を暴かれた輪だが、動揺バレバレなポーカーフェイスのまま、ドラム缶の縁をじっと見つめて煙に巻かれた。
「よし! カレールー、投下しますよ~!」
ガリバラさんが、業務用の特大カレールー(三十人前×十箱)をドラム缶へ豪快に投げ込む。
【ドボン! ドボン!】
そして、木ふねのオールを両手でしっかりと握りしめ、ドラム缶の中をダイナミックに混ぜ始めた。
【ザッ、ザッ、ザッ……!】
「うわあ……! 豪快すぎる……!」
ガリバラさんがオールをひと漕ぎするたびに、ドラム缶から香ばしいカレーの匂いと湯気がグワッと立ち上る。
まるで巨大な船を漕いでいるかのような、ダイナミックな調理風景だ。
「すごいぜガリバラさん! まるで大海原を漕ぎ進む海賊船だ!」
翔太が大興奮で歓声をあげる。
「当機もオール漕ぎミッションの補佐を行います」
輪が真顔でオールの端っこをちょこんと掴み、一緒に力を込めるフリをした。
「ふふ、みなさんのおかげで、とってもおいしく出来上がりましたよ!」
ガリバラさんが嬉しそうに微笑み、ドラム缶から工事用のシャベルでカレーをすくい上げ、みんなの皿へ盛り付けようとする。
「さあ、召し上がれ!」
「待った待った! ガリバラさん、シャベルはダメだから! それ土掘るやつだから!」
陸は青ざめて慌てて止めに入ると、家から台所用のお玉と大きなボウルを急いで持って帰ってきた。
脚立に上ってドラム缶からお玉でカレーをすくい、みんなのお皿へ丁寧に盛り付けていく。
陸、翔太、素直、輪の四人は、庭に置かれたテーブルを囲み、出来立てのドラム缶カレーを口に運んだ。
「……! う、うまい……!!」
翔太が目を丸くして叫んだ。
野菜はゴロゴロと大きく、肉はトロトロに煮込まれていて、隠し味の愛情がたっぷりと効いている。
「本当だ……! めちゃくちゃおいしいよ、ガリバラさん!」
「ほんとですか! 嬉しいです!」
ガリバラさんが頬を染めてパッと顔を輝かせる。
「当機の分析によると、このカレーの美味さは計測不能です。陸、当機の胃袋が満たされたため、責任を取って当機の頭を撫でるプログラムを実行することを許可します」
輪がポーカーフェイスのまま、頭を陸の方へ差し出してきた。
「上から目線で甘えてこないで!?」
「すごーい! 陸くんのおうち、素敵な屋外レストランになったね! みんながドラム缶のバイキンでお腹壊したときのために……、僕が保健所に電話しておいてあげるね!」
素直がカレーを美味しそうに食べながら、楽しそうに拍手していた。
「無垢な笑顔で脅してこないで、素直くん……!」
夕暮れの庭で、ドラム缶から立ち上る甘い湯気と、みんなの賑やかな笑い声がどこまでも広がっていった。
※補足
陸の父が鍋用にとガリバラさんに頼まれて用意してくれたもの。
実は本物のドラム缶ではなく、ドラム缶サイズの巨大な清潔で抗菌仕様のステンレス缶です。
ボートのオールに見えるものも同様です。
ガリバラさんはドラム缶もボートのオールも本物を頼んでいましたが(笑)
※ドラム缶鍋=良い子は絶対真似しないでくださいね。




