第二十三話 ゲリラ豪雨と傘ポールの危機
週明けの午後、小鳥遊家の庭には、以前からそびえ立つ『超巨大折りたたみ傘ポール』がドカンと影を落としていた。
「……なあ陸。これ、何回見ても規模が頭おかしくねえか……野外フェスのステージか何か……かよ?」
「ふふ、父さんからガリバラさんへのプレゼントだからね」
陸が翔太の前でのんびりと笑う横で、ポールの根元を見ると、輪がお腹の風船を【ぽすっ】と鳴らしながら、100均のドライバーと大量のダクトテープで謎の機械を巻きつけていた。
「輪ちゃん!? 何勝手に父さんが作ったポールをカスタマイズしてるの!?」
「……当機判断。この傘ポールには致命的な防衛機能の欠如が認められます。したがって、ホームセンターのセンサーライトと100均のクラッカーを転用した『対・陸アプローチ阻害迎迎システム』を実装中です」
「傘にどんな防衛機能を求めてるのさ!?
……しかもターゲットが僕限定になってるよね!?」
「……肯定。傘の下で陸が当機以外の生命体(特に美咲個体およびガリバラ個体)と相合い傘を展開した場合、感知センサーが作動。頂点から高圧のコンソメスープが噴射され、陸の全裸化を促進します」
「相合い傘しただけで服を脱がせるトラップ仕掛けないでーーーっ!!」
「まあまあ陸くん」と、素直がスマホで動画を撮りながらニッコリ笑う。
「ゼロワンちゃん、さっき『これで雨の日に陸くんと二人きりで傘に入り、濡れた服を脱がせ合う口実ができる……♪』って両目にハートマーク浮かべてたよ」
「……警告。不必要な内部ログの漏洩は当機のプライバシー権侵害に該当します。素直個体の端末を電磁パルスで破壊します」
「白々しく電磁波出そうとしないで! 輪ちゃんの企みが不純すぎるんだよ!!」
【────ゴロゴロゴロ……!!】
陸のツッコミが庭に響き渡ったその時、急激に空が暗転した。
黒雲が垂直に立ち上り、生温かい暴風がビュービューと吹き荒れ始める。
天気予報通りの、凶悪な超大型ゲリラ豪雨の到来だった。
【──ドザァァァァァァッ!!!】
「うわっ、凄まじい土砂降り……! 濡れる前に家の中に──」
「──陸様!! 大変です!!」
庭の奥から、ガリバラさんが悲鳴を上げて駆け寄ってきた。
見上げれば、風速二十メートルを超える突風に煽られ、お父さんの作った巨大傘ポールが【ギチチチッ……!】と悲鳴を上げ、根元から大きく傾き始めている。
「ポールが強風に煽られています! このまま倒れれば、お隣の家屋と……お父様が丹精込めて作ったこの傘が破壊されてしまいますわ!」
「父さんの傘……! 待ってガリバラさん、十メートルの鉄骨だよ!? 危険だから離れて──」
「いいえ! お父様が『私が濡れないように』と、作ってくださった大切な傘です! 私が守りますわ!」
【──ドスゥゥゥゥン!!】
ガリバラさんは十メートルの巨体を踏み込ませると、傾く巨大ポールに両腕でガチッと組み付いた。
しかし、台風並みの暴風は容赦なく巨大な傘の布地を押し上げ、ガリバラさんの足元がズズズ……とぬかるんだ庭の土を削っていく。
「くっ……! 風圧が……想像以上ですね……!」
ガリバラさんの関節から、悲痛なきしみ音が響く。
その姿を見た陸は、雨粒で視界が遮られる中、迷わずぬかるみへ飛び出した。
「陸くん!?」素直が叫ぶ。
陸はポールの根元へ駆け寄ると、濡れた単管パイプにがむしゃらに手をかけ、自分の体重の全てをかけて引っ張った。
「陸様!? 危険です、離れてください! 陸様の細いお体では破断したワイヤーの巻き添えに──」
「いいよ、細くたって……! 父さんが作った傘だし……ガリバラさんが僕たちの家族になってから、ずっと守ってくれてるじゃないか! 今くらい、僕にも手伝わせてよ!!」
「陸様……ッ!」
激しい雨と風が二人を打ち叩く。
陸の力なんて、十メートルの鉄骨と暴風の前には爪の先ほどの影響しかないかもしれない。
けれど、陸が必死にパイプを支えるその姿に、ガリバラさんの瞳が温かく揺れた。
「──はいっ! 力を合わせましょう、陸様!!」
「おい陸! 俺も手伝うぞ!」
軒先に避難していた翔太が、二人の前に勢いよく飛び出してきた。
「翔太!? 危ないから戻って──!」
「バカ言え! お前のおやじさんの作ったすげえ傘なんだ、俺たちで守るのが筋ってもんだろ! 踏ん張るぞ!」
翔太はニッと笑うと、ぬかるみに足を踏み込み、腕まくりをしてパイプを力いっぱい押し支えた。
「じゃあ僕も手伝おうか。……っとと、足元が滑るねえ」
遅れて駆けつけた素直も、ひらりとぬかるみを跳び越えると、陸のすぐ隣でパイプに全体重を預ける。
「素直くんまで……!」
「みんなで頑張ってるのに僕が引くわけにいかないじゃないか!」
「……やむを得ません。当機の計算では、ここで小鳥遊家の資産が崩壊した場合、陸の生活基盤が失われ、引っ越しにより当機への依存度が大幅に下落します。故に、全力で防衛します!」
輪はお腹の風船を【ボスッ!】と鳴らしながら巨大ポールの支柱にガッチリとしがみつき、内部のモーターを高回転させて反重力スタビライザー(?)を展開した。
【─────グググググググッ!!!】
陸、ガリバラ、翔太、素直、そして輪──。
全員の力が一つに合わさり、ガリバラさんが全身の筋力を絞り出すと、傾いていた巨大ポールが徐々に、確実に直立の姿勢を取り戻していく。
「うおおおおおーーーっ!! 倒れるなーーーーっ!!」
「はあぁぁぁぁぁっ!! お父様の傘よ、踏みとどまりなさい!!」
「へへっ、俺たちの勝ちだな!」
【─────ガチィィィィンッ!!!】
ガリバラさんが予備の固定ペグを地面深く叩き込み、ポールはしっかりと地中に固定された。
直後────ふっと、風が止んだ。
激しかった土砂降りは嘘のように勢いを失い、雲の切れ間から一筋の黄金色の太陽光が差し込んでくる。
「……あ」
陸が天を見上げると、巨大なビニール傘のフレーム越しに、澄み渡った青空と大きな虹がかかっていた。
傘の布地は風で少し破れていたが、ポールはびくともせず、小鳥遊家の庭と家をしっかりと見守るように立っている。
「……ハは、勝った……壊れなかったよ、みんな!」
雨と汗で全身ビショビショになった陸が、へたり込みながら笑った。
「ええ……ええ! 皆様のおかげです!」
ガリバラさんは大きな膝をつき、優しく目を細めた。
雨上がりの庭に、さわやかな風が吹き抜ける。
陸は一度家の中へ戻ると、庭で待つガリバラさんのもとへ歩み寄った。
その両手には、小ぶりな『水色のバケツ』が抱えられている。
「はい、ガリバラさん。お疲れ様。冷たい麦茶、淹れてきたよ」
普通のコップでは小さすぎるガリバラさんのために、陸が新品のバケツになみなみと淹れてきた麦茶だ。
ガリバラさんは、十メートルの大きな手で、壊れ物を扱うようにそっとバケツを受け取った。
「まあ……陸様が淹れてくださったお茶……」
「バケツでごめんね。でも、一番大きい容器がこれしか用意がなくて」
「いいえ……いいえ! 世界で一番、美味しい麦茶ですわ」
ガリバラさんはバケツを両手で包み込み、嬉しそうに一口味わった。
その横で、輪が壊れたセンサーライトをいじりながら、ボソッと呟く。
「……当機判断。今回の陸の共闘行動によるガリバラ個体への好感度上昇値は想定外です。……当機にも、麦茶を淹れてください。できれば、妊娠しやすいように陸の使ったコップから直接、間接キスで」
「最後の一言で雰囲気台無しだよ輪ちゃん! ……それに、間接キスで妊娠したりしないから!」
素直がスマホで虹と傘とバケツの麦茶を囲む全員の写真をカシャリと収め、のんびりと笑う。
濡れた地面に反射する虹の光の下、小鳥遊家の庭には、いつもの少し騒がしくて温かい時間が流れていた。




