第二十話 野良犬の暴走を指一本で解決
パトカーを先頭に車道の真ん中を練り歩く、小鳥遊家のパトロール隊。
10メートル級のメイド・ガリバラさんを筆頭に、陸の逃走経路を遮断することに執念を燃やす輪、そしてすべてを高みの見物で楽しむ素直。この異常な行列に引きずり出された陸が、胃の痛みに耐えかねて大きなため息をついたその時だった。
『──緊急連絡、緊急連絡! 前方の商店街アーケード付近にて、巨大な野良犬が暴走中! 近隣住民は注意してください!』
先頭を走るパトカーのスピーカーから、慌ただしい無線警察アナウンスが響き渡る。
「ゲッ、野良犬!? 今日に限ってなんで事件まで起きるのかな」
陸が思わず足を止めると、アーケードの奥から【ヴァウッ! ガルルルル!】と地響きのような唸り声が聞こえてきた。
現れたのは、野良犬という言葉の概念を疑うほど巨大化した、土佐犬並みに狂暴そうな大型犬だった。
興奮状態の犬は路上に置かれた看板をなぎ倒し、一直線にこちらへと猛ダッシュしてくる。
「……危険度レベルBと認定。当機、これよりライトセイバーを最大出力に固定し、陸に近づく前にあの野良犬を分子レベルで消滅させます」
「物騒な解決法やめてーーーっ!? そのライトセイバーやっぱり本物だったんでしょ? 動物愛護団体に怒られるって!」
「ふふ、陸くん危ないから僕の後ろに隠れていいよ。あの犬がゼロワンちゃんに噛み付く瞬間をじっくり観察しよう」
「助ける気ゼロだね……素直くん!!」
……と、パニックに陥る陸の背後で、輪はこっそりポケットから取り出したメモ帳に何かを高速で書き殴っていた。
「……ふふ、ククク。暴走犬の噛みつき事故を装って陸に重傷を負わせ、当機が献身的な『人工呼吸(濃厚)』と『密室全身看護(密着)』を敢行する絶好のチャンス……!」
「メモ帳に直球で恐ろしい犯罪計画書き残すなーーーっ!! しかも自分で声に出して読んじゃってるから全部筒抜けだからね!?」
「……警告。それは当機のセキュリティの致命的な欠陥です。当該メモリを物理的に焼き切ってください」
秘密を暴露された輪は、無表情のまま耳まで真っ赤に染め上げると、お腹の風船をぽすぽすと激しく揺らしながら陸の背中に必死で隠れかけた。
「輪ちゃん……ッ!! 隙あらば僕を病院送りにして既成事実を作ろうとしないでよ! ……って、犬が来るって!」
ガタガタと震える陸を他所に、行列の先頭で優雅に佇んでいたガリバラさんが、ふんわりとした笑顔で一歩前に踏み出した。
「まあまあ、大きなワンちゃん。そんなに興奮して走ったら、お腹が空いてしまいますよ?」
「ガリバラさん危険だって! いくらガリバラさんでも噛みつかれたら……」
しかし、陸の制止も虚しく……、ガリバラさんは膝を折り、10メートルの巨体からすれば細枝のような「人差し指」をすっと差し出した。
猛スピードで突っ込んできた暴走犬の額に、ガリバラさんの人差し指の腹が、ちょこんと優しく触れる。
【──ズシン!!!】
指一本分の力が加わった瞬間、激しい地響きとともに道路のアスファルトが同心円状に蜘蛛の巣状の亀裂を描いた。
「ギャウンッ……!?」
さっきまでの凶暴な唸り声はどこへやら。指一本で文字通り「地面に叩きつけられて完全固定」された大型犬は、あまりの衝撃に目を白黒させ、その場にぺたんと伏せの姿勢で硬直した。
ここまでは良かった。問題は、その次の瞬間だった。
「よしよし、いい子ですね〜。お腹が空いたなら、私のお手製おやつを分けてあげますわ!」
ガリバラさんは嬉しそうに微笑むと、10メートルの巨大なエプロンのポケットから、フリスビーほどの巨大な自家製せんべいを取り出した。
「お食べなさい、ワンちゃん!」
ガリバラさんが親心で犬の口元に差し出したそのせんべいは、10メートルの怪力で固く焼き固められた、ダイアモンド並みの超高密度硬質物体だった。
ガブッと勢いよく噛みついた暴走犬の口内から、悲痛な音が響き渡る。
【──バチンッ!!!】
「ギャンッ……!?(ボロボロボロ……)」
一口噛んだ瞬間、あまりの固さに犬の立派な犬歯が根元からへし折れ、アスファルトの上に空しく転がった。
犬は口を押さえて涙目でブルブルと激しく震えだす。
「……っ!? 何させてるのガリバラさんーーーっ!? 野良犬をなだめるどころか、自家製兵器で歯を全滅させたでしょ!! 凶器だよそのせんべい!!」
「あら、おかしいですわね。少し固めに焼いてしまったかしら……? 大変、私の不注意でワンちゃんの歯を折ってしまいました!」
ショックを受けたガリバラさんは、涙ぐみながら巨大な指先で犬を優しく抱き上げた。
「責任を取って、この子の歯が治るまで小鳥遊家の庭でしっかり介護してあげます!」
「ええっ!? うちの庭で飼うの!? っていうか、こんな危険な怪獣犬を本気で飼うつもり!?」
「……計測不能の硬度です。あの野良犬、恐怖により当家のペットに書き換わりました」
「当家って、輪ちゃん、さも当然のように小鳥遊家の妻主張しないで」
「まあ、責任を取るのは良いことだし、一件落着だね。陸くん、今日から新しい家族が増えて良かったね。ヤンデレでサイコパスなゼロワンちゃんも……」
「そっちは全力でお断りするよ! !」
パトカーの呑気なマイク音声を背に、歯の折れた犬を抱えた小鳥遊家のパトロール隊は、賑やかに家路につくのだった。




