第二話 電線はレーザー罠より恐ろしい
翌日──。
【ガシャン!】
小鳥遊家の屋根から、二枚目の瓦が虚しく庭へ転がり落ちた。
「あ、あら……? ご、ごめんなさい陸くん! わたくし、ちょっと頭を下げすぎちゃいました……!」
ガリバラさんが焦って手をバタバタと振る。
その巨大な手が風を切り、ビュッと住宅街に強風が吹き荒れた。
「ガリバラさん落ち着いて……! 立ち上がるだけで台風みたいな風起こさないで……!」
陸は思わず両腕で頭をかばいながら、庭先へ飛び出した。
見上げる視線の先には、ビル三階分に相当する超大型の家政婦さん。
間近で見ると、やっぱりデカい。
「とにかくガリバラさん、車道から一歩も出ないでね? ご近所さんに挨拶回りしなきゃだけど……歩ける?」
「お任せください! わたくし、地球の障害物回避訓練はバッチリ受けて参りましたの!」
ガリバラさんは胸を張り、フリル付きのエプロンを誇らしげに揺らした。
しかし、その頭上には住宅街名物の「電線と電柱の密林」が広がっている。
ガリバラさんは、まるでレーザー罠が張り巡らされた金庫に忍び込む怪盗のような目つきになった。
「ふッ……! はッ……!」
ゆっくりと腰を落とし、巨体を極限まで折り曲げる。
電線を避けるため、長い髪を両手で優しく抱え込み、そーっと車道を踏みしめた。
【ズシン……!】
「うわっ、やっぱり重低音が……!」
「大丈夫です……電線には触れておりません……!」
ガリバラさんは汗をかきながら、車道の上をジグザグに進んでいく。
身長十メートルの超絶美人が、電線の下を四つん両手に近い姿勢で進む光景。
ご近所の窓から覗く人がみんなフリーズしているが、ガリバラさんはどこまでも一生懸命だ。
陸は思わずクスッと笑ってしまった。
(本当に……見た目はデカいけど、すごく優しくて温かい人なんだな)
昨日食べたお鍋の温かさを思い出し、陸の胸の奥がじんわりと熱くなる。
——その時だった。
「うわっ、なんだよアレ……! デカすぎだろ……!」
聞き覚えのある意地悪な声に振り返ると、そこにはランドセルを背負った男の子が立っていた。
昨日、塀の影からこちらを覗き込んでいた影の正体。
それは──転校先のクラスで、何かと陸に突っかかってくる中心グループの男子・翔太だった。
翔太はガリバラさんを見上げ、ニヤニヤと嘲笑うような笑みを浮かべた。
「おい陸! お前んち、母親いねえからって、そんな気味の悪い化け物雇ってんの?」
「……っ!?」
陸の身体が硬直する。
「うわー、あんなデカブツがお前のお母さん代わりかよ! 寂しいからってデカいママに甘えてんの? ろくに家に帰ってこねぇお前のおやじも頭おかしいんじゃねぇの? 『親も親なら子も子』だな! ダッサ!」
——親も親なら子も子だ。
その言葉が耳に突き刺さった瞬間、陸の脳裏に、父の背中が鮮明に浮かび上がった。
仕事ばかりで帰りの遅い父。
正月のおせちも仕事で立ち消えになって、一人で泣いた夜。
陸も正直、父さんのことが嫌になりかけたことだってあった。
だけど——陸は知っている。
夜中にそっと帰宅した父が、陸を起こさないように息をひそめ、申し訳なさそうに頭を撫でてくれた温かい手のひらを。
疲れてクタクタのはずなのに、翌日の小学校の時間割を見て、必要な道具を買いに行ったり。
翌朝の朝食を不器用につくり置きして、メモ用紙を添えておいてくれたり。
(父さんはいつだって、父さんなりに必死で僕を守ろうとしてくれていたんだ……)
(このガリバラさんだって、僕を一人にさせないために父さんが一生懸命探して頼んでくれた、父さんの優しさそのものなんだ)
「あの……わたくしは、陸くんの家政婦でして……」
「うるさい化け物! 街の迷惑なんだよ!」
翔太に心ない言葉をぶつけられ、ガリバラさんがショックを受けたように大きな肩をすくめる。
(僕の寂しさも──。
不器用だけど必死に頑張ってくれている父さんの想いも──。
僕のために一生懸命電線を避けてくれたガリバラさんの優しさも──。
何も知らないくせに、全部踏みにじってバカにした目の前のあいつが、絶対に許せない!)
陸の小刻みに震える拳が、爪が食い込むほど強く握りしめられる。
(絶対に……絶対に、こいつにガリバラさんと父さんのすごさを分からせてやるんだ……!!)




