第十八話 肉屋で「爆買い」するガリバラさん
「……陸様、大変なことに気づいてしまいましたわ!」
エプロン姿のガリバラさんが、巨大な目をウルウルと揺らしながら我が家の狭い廊下に膝をついていた。
「どうしたのガリバラさん? 今夜はハンバーグでしょ?」
「そうです! いつもなら陸様のお父様からのはからいで……食材は生協さんに届けていただいておりますでしょう?」
「うん。ガリバラさん、身体が大きすぎて普通にお買い物行けないからね」
「ですが! 今週はわたくしの注文ミスで、ハンバーグ用の豚ひき肉を頼み忘れてしまいましたーっ!!」
ガリバラさんが目頭をハンカチで押さえ、なみなみと涙を溜める。
「えっ、注文忘れ!? じゃあ今夜のハンバーグはナシ……?」
「いいえ! 陸様に最高の夕食をお届けするため、本日限定でわたくしが直ちに下界──いえ、商店街へ肉の調達に行ってまいりますわ!」
「下界って言ったね!? あと目立つから! 10メートルのメイドが買い物行ったら大騒ぎになるって!」
「……安心してください、陸。当機が用意したこの万能メガネ二号を着用すれば、認識阻害効果により周囲には『背の高いふくよかなお手伝いさん』にしか見えません」
いつの間にか横に立っていた輪が、無表情でを取り出したもの。それは──。
「それ……ただの100均のパーティー用鼻メガネだよね!! 迷彩どころか不審者度が爆上がりしちゃうし!! ……っていうかそれ、そもそもガリバラさんにはサイズが小さすぎてかけられなくない!?」
「……陸様、心配は無用ですわ! 陸様とご一緒にお買い物に行けるのでしたら、わたくしはどんな変装でも耐えてみせます!」
「いや、実はこの後──、父さんがガリバラさん用に手配した大型のイスが届く予定だから、僕は家を空けられ無いんだ。……だから素直くん、一緒について行ってあげて!」
「えー、僕は麦茶飲んで今日配信されたアニメ観ていたいんだけどな」
リビングのソファでくつろぐ素直が、めんどくさそうに麦茶のペットボトルを傾ける。
「頼むよ! ガリバラさんに『お買い物メモ』持たせるから! 『豚ひき肉500グラム』って書いておくから絶対それ以上買わせないでね!?」
「はいはい、分かったよ。散歩ついでに行ってくるね」
こうして、陸が留守番を引き受け、ガリバラさんたちは近所の「ひまわり商店街」へと繰り出したのだった。
活気に満ちたひまわり商店街。
その一角にある『肉の丸勝』の店主は、店頭のケースを磨きながらあくびを噛み殺していた。
「へい、いらっしゃい! 今日はロースが安いよ──って、うおっ!?」
店主は思わずのけ反った。
店の前に立ち塞がったのは、指先ほどの小さな100均鼻メガネをちょこんと鼻先(?)に乗せ、2階の看板に届きそうなほど背が高い、ど迫力の女性だった。
後ろには無表情な少女(輪)と、涼しい顔で麦茶のペットボトルを持つ少年(素直)が控えている。
「い、いらっしゃい……お姉さん、デカいねぇ……ってかそのメガネ何……?」
「初めまして、肉屋のご店主様! わたくし、小鳥遊家のメイドを務めておりますガリバラと申します!」
ガリバラさんが淑やかに(物理的な風圧を巻き起こしながら)お辞儀をする。
「は、はぁ……で、今日は何にしやす?」
「本日、我が主・陸様が所望されたのはハンバーグ! 普段は生協様の宅配にお世話になっておりますが、本日は緊急事態につき、そちらの『豚』を……『一頭分』買い占めさせていただきますわ!!」
「……は!?」
店主の手からトングが落ちた。
「ぶ、豚一頭ぁ!? お姉さん冗談だろ!? 生協がどうとか知らんが、ハンバーグ作るのに豚一頭分も買ってどうすんだよ!」
「何を仰いますか! 陸様のお召し上がりになるハンバーグですのよ!? 余った分は我が家の巨大冷凍庫に保管し、毎食陸様に至高の肉料理をお捧げするのです!」
「いやいや無理無理! うち精肉店だけど、一頭分の枝肉なんて今ここになねぇよ! 爆買いどころかプロの『爆仕入れ』じゃねえか!!」
店内がにわかに騒がしくなり、通りすがりの買い物客たちが「何事だ?」と足を止め始める。
「……ご安心ください、店主様。当機の『万能肉切りナイフ』を用いれば、フィジカルでの精肉および部位ごとの解体が可能です」
輪が無表情に取り出したのは……。
「あはは、それただのプラスチック……ままごと用包丁だよね。豚一頭どころかハム一枚切れるかわからないよ輪ちゃん!!」
すかさず横から素直が、ニッコリと爽やかな笑顔で前に出た。
「おじさん、ごめんね。この人たちちょっとテンションがバグってるんだ」
「お、おう……ボク、助かるよ。一体全体どうなってんだ……」
「ガリバラさん、陸くんのお買い物メモ見せて?」
「は、はいっ! 陸様から賜った至高の聖書はこちらです!」
ガリバラさんが恭しく差し出したメモ用紙を、素直がヒラヒラと店主に見せる。
「ほらおじさん、『豚ひき肉 500g』って書いてあるでしょ?」
「おう! 500グラムだな! それならすぐ用意できるぜ!」
「……ですが素直様! 500グラムでは陸様のお腹がいっぱいになりませんわ! 陸様は本日、大変な精神的ショックを乗り越えられたのです! たっぷりのお肉で栄養を摂っていただかないと!」
「逆だよ、ガリバラさん」
素直はポケットからスマホを取り出すと、画面を見ながらガリバラさんに言った。
「さっき陸くんからLINEが来たんだけどさ。『ガリバラさんが暴走して豚一頭買ってきたら、僕、ショックで夕飯食べずに部屋に閉じこもるね』って」
「──ツ!??!?」
ガリバラさんに激震が走る。まるで巨大な雷が落とされたかのように、その場に崩れ落ちそうになるガリバラさん。
「り、陸様が……わたくしの愛の深さゆえに……お部屋に閉じこもられてしまう……!?」
「そうだよ。だから今日は『500グラム』にするのが、一番陸くんを笑顔にする方法なんだよ?」
爽やかな笑顔で呟く素直。
「……承知いたしましたわ!! 店主様、豚ひき肉500グラムをお願いいたします!! 陸様の笑顔のため、わたくしは涙を飲んで『爆仕入れ』を諦めますわ……!」
「お、おう……よく分かんねえが、500グラムな! 毎度あり!」
ホッとした表情でパックに肉を詰める店主。
だが、代金を払って店を出た直後──素直が麦茶を一口飲み、ニッコリと黒い笑顔を浮かべた。
「あ、そうだガリバラさん。さっき使ったこのお買い物メモの裏紙なんだけど……」
「えっ……? このメモの裏が、どうかしましたの……?」
「うん。これ、さっき陸くんが『もし無事に買い物ができたら、このメモを商店街の真ん中でガリバラさんに大きな声で読み上げてほしいんだ。そうしないと僕悲しくて泣いちゃうな』って言ってたんだよね」
「──ッ!!!! な、なんですとーーーっ!? 陸様が泣いてしまわれるなんて大変です!!」
「読み上げなくて大丈夫? 陸くん、帰ったら『ガリバラさん、商店街でちゃんとメモの裏を読んでくれた?』って真っ先に確認するって言ってたけど」
「読みますわ!! 陸様の涙を止めるためなら、わたくし、商店街の真ん中でそのメモの言葉を全力で朗読してみせますわーーーっ!!」
すっかり本気になったガリバラさんは、ひまわり商店街の中央広場へ向かうと、メモの裏面をバッと広げて大音声で朗読し始めた。
「聞いてくださいませ商店街の皆様!! これより我が主・陸様の、あまりにも健気で愛らしい幼少期の告白を読み上げますわーーーっ!!」
『◯がつ◯にち 1ねん・たかなしりく。
このまえ、うんちは『おはなのおくすり(お花のお薬)』になると聞いて、みんなのために学校のかだん(花壇)でうんちをしました! でも紙がないことにきづいて……あせったぼくはおしりをだしたまま先生がたすけにきてくれるまでウギャーってなきました!!』
広場に響き渡る、10メートル級巨大メイドによる「花壇で野グソ号泣事件」の堂々たる大音声。
通りすがりの買い物客や主婦層、小学生たちが一斉に足を止め、爆笑しながら「小鳥遊家のかわいい陸くん、昔そんなことやってたのwww」
「花壇でお薬は爆笑www」
と大盛り上がりし始める。
「……当機も、陸の地球環境に配慮した幼少期のバイオエコ活動(黒歴史)をデータベースに永遠に記録・拡散します」
100均のジョークメガネを光らせながら、無表情にパチパチと拍手する輪。
「ふふ、陸くんの小一の頃のピュアすぎる奇行、いつ聞いても最高の味わいだな。アニメ観る前のいい余興になったよ」
通りが大盛り上がりする中、素直は涼しい顔で麦茶を一口飲み、その光景を実に楽しそうに眺めるのだった。
夕方、小鳥遊家の居間──。
「ただいま戻りました、陸様!」
「あ、ガリバラさん、お帰り! 無事に買えた?」
「はい! 陸様の仰せの通り、豚ひき肉500グラムを正確に買い求めてまいりましたわ! ……そして、陸様が泣かないよう、メモの裏に書かれていた『小学校の花壇でお尻を出して号泣されたお話』も、商店街の皆様の前で魂を込めて朗読してまいりましたの!」
「……は? 花壇でお尻……!? メモの裏……って、まさか、素直くんが裏紙用にと持ってきた紙って、小一の時の絵日記のボツ……!?」
「ええ! 『お花のお薬にするために野グソをしました!』と、大勢の皆様の前で感動的に朗読いたしましたわ!」
「ギャーーーッ!? やめてーーーっ!! なんでそんな最悪な黒歴史を商店街で大拡散してんのさーーーっ!?」
顔を真っ赤にして床に突っ伏し、「もうこの街で生きていけない……!」と絶叫しながら頭を抱えてのたうち回る陸。
ガリバラさんはハッとして、素直の方をバッと振り向むが……。
「す……素直様……!? 豚一頭の件も、花壇の野グソ朗読の件も……すべてわたくしを嵌めるための嘘だったのですわねーーーっ!?」
しかし、ガリバラさんが怒りに震えながら振り返ったときには、肝心の素直の姿はすでに影も形もなく、──ただ夕暮れの風だけが冷たく吹き抜けていくのだった。




