2.疑問点
「いつものを一つ頼む」
街の裏道に構えているこの店に来るのは、俺含めた常連が数人だ。メニューはどこにも載っていない上、水はセルフサービス、何より店主の愛想が良くない。
だがそれがいい。食は一生、そして毎日付きまとうものだ。余計に愛想が良くても、かえって疲れてしまう。無愛想という言葉はまさにこの店を表しているが、それは常に悪いわけではないと思う。
カウンターに置かれたカレーを受け取りすぐに食いつく。やはり、いつ食べても普通の味だ。母親の味なんてほどでもない。
あの村を去ってから1週間が経った。どうやらあの村には5年前魔王が倒されて以来、一度も魔物が現れてなかったらしい。俺と同行した騎士もそれを知っていたために、商人の護衛で場所を離れていたようだ。
だが現れてしまった。あれ以来不安で仕事に戻れない農民も少なくなかったようで、国が対策に当たる必要があったのだと。なによりあの村唯一の神官が魔王の再来を謳ったのが混乱を招いたと言われているが。今は村の護衛として2、3人ほどの王国騎士が派遣されているらしくほとんどの農民が現場に復帰したようだ。
「ご馳走様」
返事はない。代金をカウンターにおいて、店を出る。店の異様なほどの静かさゆえに、外はこんなに騒がしかったのかと毎回驚かされる。
オークとの戦闘を労ってか、元々予定がなかったのか、どちらにせよ俺は以降約1ヶ月休暇をもらってしまった。勇者になってからはこうした暇な時間も増えた。良いか悪いかで言えば、悪くはない。だが良いとも言えないものだ。忙しさを恋しく思うこともある。
黒く禍々しい闇に包まれた城が西の遠くにあるのが望遠鏡のレンズ越しに見える。元は国の周辺の魔物を警戒して建てられたこの高台は、今や国民の、主に暇を持て余した老人の憩いの場となっていた。それは俺にとっても同じだった。
涼しげな風に靡く旗の横で、街を見下ろす。ここからの景色を見れば、今この国がいかに平和なのかよくわかる。人々が笑顔で働き、街が動くその様子は意外にも見飽きないものだ。
「こんにちは」
ベンチに腰をかけたその時、大人びた女性の声が背中に響いた。
「ああ、こんにちは、僧侶さん」
「あら、その呼び方はやめてってこの前言ったばかりでしょう」
「そうでしたね、すみませんユカさん」
この人はユカさん。魔王討伐後、怪我を負いながらも自身の回復魔法を駆使して国に帰還した、勇者一行唯一の生き残りだ。彼女の持つ力は非常に強力であり、国防にも役立つことは間違いないが、彼女の精神状況を考慮し、無制限の休暇が与えられているらしい。そのため暇なのか、会うたびに俺に話しかけてくる。まあ暇なのは俺も同じなのだが。
「あの、聞くべきじゃないのはわかってるのですが、自分も完全な部外者ってわけでもないので、良いですか」
「魔王討伐のことかな」
「はい。でも何より僕が聞きたいのは勇者様の話です」
「いいよ、むしろ私も話さなきゃと思ってたから」
今から約7年前、突如世界は闇に包まれた。太陽が輝く昼の時間はそれまでの半分ほどになり、多くの農業が不振に、民の心も闇に呑まれていた。
そんな時このランパード帝国に5人の特別な力を持つ人間が現れた。彼らは同じ日の同じ朝に並外れた力を手に入れ、口を揃えて「女神の加護を授かった」と話した。
一方、彼ら以外にも世界に変化をもたらしたものがあった。それは〝魔法〟の存在だ。鉱山から魔石が発掘されると、人々の体に潜在していた魔力と反応し、それぞれの魔力と相性のいい魔石が魔法を生み出した。
中でも多かったのが自然系の魔法である。というのもほとんどの人の魔力では魔石の持つポテンシャルを完全に引き出はことができず、魔法も微弱なものだったが、彼らの多くはその力を活用するとして農家になっていった。
気づけば人々は魔法に依存した生活をするようになり、それぞれが自身の使える魔法にあった仕事をするようになったのだ。
一部の強力な魔法を使えた人々は、騎士や魔術師、錬金術師などの上位職につき力を発揮したが、加護を受けていた勇者一行には遠く及ばなかった。
勇者一行の加護は非常に強力で、身体能力を補うだけでなく、魔力や魔石の潜在能力を余分なく引き出し、強力な魔法の使用を可能とした。
そうして彼らは勇者、魔術師、重騎士、斥候、僧侶の5役を持ってパーティとなり、魔王討伐を目指して度重なる遠征に出向いた。
それから約2年後、勇者一行は魔王城を攻略し、ついに魔王の討伐を果たした。
しかし魔王城を攻略する中で、上位の魔物に背後を取られた斥候が死に、続いて重騎士が命を落としていった。残る3人は死んでいった仲間の思いを背負い魔王に挑むと、何度か撤退を余儀なくされたが、度重なる戦いの末、魔王を消すことに成功した。どうやら討伐というより消えたというのが正しいらしい。
だが何度目かの戦いで魔法使いが殺され、そして魔王が消えた時には〝勇者〟の姿も消えていた。それから僧侶は魔王城内を探し回ったが発見には至らず、また他のメンバーの遺体を持ち帰る術もなかったために、1人で王都に戻った。
「こんなところね。勇者が死んだかどうかは私も確認はできてない。それに次に王国騎士が偵察に向かった時にはすでに上位の魔物が復活してて、調査もできなかったみたいね」
「そうですか。となると他のメンバーの遺体もまだ」
「ええ、きっと魔王城の中に残ってるわ。いやもう形を留めてるかも怪しいけどね」
そう口にするユカさんは、遠く魔王城のある方角を見つめていた。5年の間、どれだけその時を思い返したのだろうか。人々は彼女たちを英雄と讃えたが、彼女たちにとって勇者とは、魔王討伐とは何だったのだろうか。
「結局勇者は死んだんでしょうか」
やはり気になるのはこの部分だ。こうして今偽物の勇者として生きている俺としてはこの部分を何よりはっきりとさせたい。
「さあね。私だって分かるなら知りたいけど、無理だった。そこに残されてたのはあいつが使ってた弓だけで、それ以外は何も残ってなかったの」
そう。今俺が使わせてもらってるこの弓は、実際に勇者が当時使っていたものだ。勇者は風魔法を中心に弓矢と相性のいい能力を持っていたため、剣ではなく弓を中心に戦っていたのだと。
「ああ、その」
まずい。話が途切れてしまった。色々聞けたのは良かったが、どうしてもユカさんにとって気持ちの良い話ではないだろう。何と言葉をかければよいか。
静かな時の流れる高台とは対照的に、その下の街は騒がしさを帯びていた。
ー竜だ。竜種が現れたぞー
そんな言葉が耳に入ってくる。竜種が街に?高台からは見えなかったが一体どこから現れたのだろうか。
「ユカさん、どうしますか」
隣を見るとユカさんはすでに動き始めていた。
「私は援護に向かう。あなたは王族にも知られているし、城の中にでも逃げるのが良いと思うわ」
そう口にするやいなや、ユカさんは高台の階段を颯爽と降っていった。城、か。確かに最も安全な場所と言って差し支えないだろう。ともかく俺も下に降りるとしよう。




