3.今も昔も
「大丈夫ですか。負傷者には私が対応します」
「僧侶か、助かるぞ。そっちの負傷者の手当てに当たってくれ」
東の門前、数十の弓を構えた騎士と、数人の剣を持つ騎士が地龍を街に入れるまいと戦っていた。
地龍とは。地龍は竜種のなかで最も魔力が少なく、そして唯一空を飛ぶことができない。しかし大きな鱗に覆われた翼は一流のアーチャーの矢も弾くほど硬く、そして常に地上を生きるために、地上においては最も速い竜種である。勇者たちは幾度とこの地龍を狩ってきたが、加護を受けてない騎士が倒すのは非常に困難である。
そして今、門前の騎士軍は崩壊していた。地龍はその防御力と機動力を駆使し騎士を蹴散らし門を突破していたのだった。このままでは王都の民に被害が出てしまう。
しかし地龍は王都の中心に向かっていなかった。それどころかこちらへ一直線に向かってきていた。なぜだ、なぜ私に向かってくる。
私は地龍の突進を紙一重で躱し、小道へ逃げ込む。王都の建物は密集して入り組んでいる。そのため小道に逃げ込めばそう簡単には見つけられない。だが地龍は建物を破壊しながら迷うことなく後を追ってきていた。おかしい、こんな正確についてくるなんて。
私は最善のルートを逃げていた、はずだった。眼前、そして左右に立ちはだかる壁。まずい、完全に道を間違えた。
背にその大きな存在を感じる。振り向いてしまえば終わってしまうようで、私は振り向けなかった。
彼は城に逃げただろうか。私は彼の顔を見るといつもあのバカ勇者を思い出していた。彼とあいつは性格も強さもまるで違っていたのに、私はどこかで本当はあいつなんじゃないかと思ってしまっていた。きっと私は彼に依存していた。5年前、彼が王都に来てから、彼をあいつに照らし合わせて自分自身を誤魔化していたのだ。
ああ私はここで死ぬのか。いや、これで良かった。私だけ生きているなんて方がおかしかったんだ。これは天からの御迎えだ。女神様が私にもう終わりにしようと、そう言っているのだ。だから私は目を瞑り運命を受け入れた。
地龍の大きな爪が私の体を切り裂く。そのはずだった。しかしその時、代わりに背後で大きな爆発音が鳴り響いた。
「大丈夫ですか、ユカさん」
どうして、どうしてあいつがここにいるんだ。
いや、違う。この子は勇者じゃない、ベルだ。
「ベル、なぜ逃げなかったんだ。城へ行けと言っただろう」
「なぜってそりゃ、俺は勇者なんでね」
バカ言え。君は5年前、急に訪れた王国騎士に連れられてきただけの農家の青年だろう。加護は愚か、戦闘魔法も身につけてないじゃないか。でもなぜか、私の心はどこかでこれを望んでいたらしい。私は不思議と満たされていた。
だがしかし現実は甘くない。彼は国専属の錬金術師が作った貴重な爆弾矢を射たようだが、彼自身の魔力が乗っていないのでは、当然地龍に効くものではなかった。
「効いていないぞ、このままじゃ君も」
「なにも、無策に突撃してきたわけじゃないんですよ」
彼がそう口にすると同時に空から何かが降ってきた。それは甲冑を着た男だった。
「あとは頼みますよ、ラムレッドさん」
「ああ、頼まれた」
唖然とする私を抱えてベルが走り出す。それに合わせて地龍が追いかけようとするが、その甲冑男の剣が行手を阻む。
「おっと、君の相手は僕だよ」
ベルに抱えられたまま街の中を進んでいく。こうしていると7年前、まだ幼かった私を父が背負ってくれたのを思い出す。父が魔物に殺されてから必死に大人ぶってきたのだが、こうしているのも悪くない。
「ベル、あの男は誰なんだ」
「あれ、ユカさんは知らないんですか。今この国で1番と言って良いほどの有望な騎士ですよ。なんてったって王族の血を引いてるんだとか」
「なるほど、そりゃ強いわけだ。でも本当に1人で大丈夫なのか。私だって援護ならできたのに」
「いや、逃げましょう。ユカさんにはやってもらうことがありますから。それよりそろそろ腕が疲れてきたので走ってもらっても良いですか」
「おっと、これはすまない。惨めな姿を見せてしまったな」
「気にしないでください」
ベルが私にそう笑いかける。やっぱり私はこの男に依存してしまっていたんだと、改めて思う。
「でも、ユカさんも少しは俺のこと頼ってくれても良いと思うんですよ」
「ああ、次からはそうさせてもらうよ」
ベル。私はもう十分、君に頼ってきたんだよ、
私とベルが城に駆け込むと、そこには大量の負傷者たちが運び込まれていた。僧侶が集まって対応しているようだが、回復が間に合っていない。
「私に対応させてもらってもいいかな」
そう言って私は負傷者の前に立ち、回復魔法を使用する。するとみるみる彼らの表情は和らぎ、回復していった。
「ありがとう、綺麗な僧侶さん」
「気にするな。私ができることはこれくらいしかないからな」
そうか、私はまだ死ぬべきじゃなかったんだ。女神様は私にまだ役目を残してくださっていた。
私が振り返るとベルが笑顔でこちらを見ていた。それは私に向けてなのか、回復した負傷者たちに向けてなのか、何を考えているのかよくわからないが、まあ良いとしよう。
治療を終え、私はベルの方へ歩いて行く。
「ベル、ありがとう」




