1.勇者の仕事
「ありがとう、勇者様」
街に暮らす民が皆してそう口にする。
雲一つない青空の下、全ての民がその祝祭の1日を過ごしていた。
そして彼らの視線の先には1人、白銀の甲冑を身につけ、馬車に揺られながら笑顔で手を振っている男がいた。
窓から差し込む強い光が目覚めを知らせてくる。木製の台に薄い羊毛を乗せた寝床、手を込めて作ったのだろうが、牧草の上で寝た方が幾分良い。
身支度を終えて外に出ると、一面に広がる麦畑が視界を覆ってくる。早朝にも関わらず村の者たちはせっせと働いているようだ。これが彼らにとっての普通なのだろう。
「おはようございます」
「あら、おはようございます勇者様。まだ寝ていらしてもよかったのに」
「いえ、僕もこれくらいが良いんです。何よりこの村の皆様と触れ合うことも、ここに来た目的ですから」
そう、〝勇者〟が村に出向く理由は、民にその存在を示し、国への信頼を得るためだ。これは俺にとって大きな仕事なのだ。
「勇者様はどこにいますか!」
麦畑を眺めていると、少し遠く、男の叫び声が聞こえてきた。
「何があったのでしょうか」
「勇者様、東の畑に魔物が現れたようです。どうかお助けください」
「なるほど。わかりました、すぐに向かいます。村の者には教会に逃げるよう伝えてください」
「お願いします、勇者様」
東にはとうもろこし畑が広がっている。草が高く魔物を見つけるのに苦労するかと思ったが、どうやらその心配は無用だったようだ。
なんといったってその魔物は、〝オーク〟だからだ。3メートルを超える緑色のでかい図体に巨大な木の棍棒を抱えている。よりによってこんなやつが現れるとは。いや、そもそも俺と一緒に来たはずの騎士共は何をやっているのだろうか。
普通このサイズのオークは複数人の騎士が束になって討伐するものなのに、どうやらここに居合わせるのは俺1人のみらしい。
「おい、オーク。お前の相手はこっちだぞ」
村の中心部に向かおうとするオークを呼び止める。まだ倒し方も考えていないのだが、手遅れになってから動いても仕方ない。
こちらの声を聞くや否やゆっくりと、大きな棍棒を引き摺りながら歩いてくる。良い調子だ。なにも畑の中で戦うつもりはない。村にはできるだけ損害を与えないのが勇者のやり方だ。
「さて…」
50メートルほど来ただろうか。村からは十分な距離を取れた。
そしてオークとこちらの距離は約20メートル。一見ノロマなオークだが、それはこちらを舐めているからに過ぎない。以前戦場で見かけたオークは4、5メートルほどの図体でありながら、鍛えられた騎士よりも速く動いていたのを覚えている。この程度の距離は一瞬にして詰まる。
だからこそここは
「先手必勝だ」
背に携えた箙から一本の矢を取り出し、弓にセットする。指先に力を込めて引き切り、そして放つ。一方すぐに反応したオークはすかさず棍棒でガードを固める。
だが残念。この矢はただの矢じゃない。棍棒が矢を受け止めると、矢は大きな音と共に爆発した。そう、この矢は『爆弾矢』だ。
この世界には2つの矢が存在する。1つは普通の木製矢、そしてもう1つがこの魔矢だ。魔矢の先端には、錬金術師によって魔力を込められた魔石がついている。爆弾矢に付けられた魔石はある一定以上の衝撃が加わった時に強い爆発が起きるようになっている。
砂埃が消えると中から怒り狂った表情のオークが現れた。そりゃそうだ。オークの持っていた木の棍棒は今の一撃で粉砕し、そしてその破片がオークの皮膚に刺さっているのだから、怒らない理由はない。
そして余裕を失ったオークは怒りに身を任せ全力でこちらに向かってくる。完璧だ。再び箙から魔矢を取り出し弦にかけ、引き切り、放つ。
今度はオークの足に向かって飛んでいく。そんなことは一切気に留めず走っていたオークだが、その矢が刺さった途端、表情は崩れ、大きくつまづき地面に倒れ込んだ。この矢は『しびれ矢』だ。
しびれ矢とは名前通り当たると魔石による電気で痺れるといったのもだが、対魔専用であるために、一般人に打てば即死するほどの威力がある。
続けて倒れ込んだオークにしびれ矢を3発打ち込む。電気ショックにより揺れていた筋肉が次第に動きを失うと、2度と動くことはなかった。




