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053:同じ轍は踏まない

 約13年前、日本という国は消え去った。

 新たな国家として大和帝国が建国されたが、国内の権力は皇帝陛下よりも春蘭帝威大将軍が握っていたと言っても過言では無かった。

 幸いな事に春蘭には野心など到底なかった。

 持っていたのは、皇帝陛下に対するイカれたほどの忠誠心だけだったのである。

 いや、忠誠心というには禍々しい。

 何よりも皇帝陛下に自分だけを見ていて欲しいという欲求が、他の誰よりも強かったのだ。



「この忠誠心が、後に帝国を崩壊させる要因になったんだけどな……今となっては、何も言えまい」


「その春蘭大将軍の忠誠心と、戸谷の父親の話はどう結びつくんだ? 忠誠心を持っているのは素晴らしいはずだ」


「春蘭の持っていた忠誠心が、正常なものなら素晴らしかったと思いますよ。しかしアイツの忠誠心というのは、明らかに度を越していた……イカれてたんですよ」



 忠誠心を遥かに超えた気持ちで、皇帝陛下に仕えていた春蘭帝威大将軍。

 自分だけが褒められたいという気持ちで、皇帝派の人間たちを東京府から遠いところに権限を使って飛ばした。

 皇帝陛下の周りから皇帝派が消え去ったのだ。

 飛ばされた中に戸谷宰相の父親もいた。

 これで自分だけが褒められる世界になったと春蘭は大いに喜んだが、自分が消えた後の事を考えてはいなかった。

 その結果が春雷による《千代田の変》である。

 味方がいなくなった皇帝は、完全に孤立し春雷の連合軍によって大敗を喫した。

 そして今の動乱があると三喜夫は語る。



「だけどな、陛下には悪いが。あの皇帝では、遅かれ早かれ国は取られていたと思うぞ」


「おい! わざわさ為臣さまの前で、そんな事を言わなくても良いだろうが!」


「戸谷、良いんだ。三喜夫が言うように、あまりにも父上は弱かった……きっと春蘭のやっていた事にも気がついていたはずだ、逆に気がついていないとおかしい。そんな中で自分の身を案じ、何も言えなかったのだろう」



 為臣陛下は今、考えても前皇帝は弱かったと語る。

 きっと春蘭帝威大将軍のやっていた事を全て理解した上で、何も言えなかったのだろう。

 それだけ皇帝の権威が地の底まで落ちていたのだ。

 陛下の目が遠くを見ている事に気がついた戸谷宰相は、見ていられず「為臣さま……」と呟く。



「こんな事を言っている俺だが、父上の事を否定する事はできないな。父上が弱かったように、今の俺も国を奪い返せないような弱者だ」


「た 為臣さまが、弱者なんて事はありえませんよ。この国を取り戻せるとするなら、為臣さま以外におりません」


「戸谷が、そこまで言ってくれるのは嬉しい限りだ。しかし現実を見ないわけにはいかない、これから本気で大和を取り返しに行くのだからな」



 戸谷宰相としては、為臣陛下が自分の事を弱者であるという言葉を聞いて悲しくなる。

 必死になって戸谷は陛下を褒めちぎった。

 しかし陛下としては、こんな現実を見ずに持ち上げられるわけにはいかないという強い意志の目をしている。

 陛下の姿勢に三喜夫は、手をパンッと叩く。

 10歳とは思えないような向上心。

 何より10歳とは思えないような野心が、陛下の体からオーラとして溢れ出ている。



「陛下、うちの娘を嫁に貰ってくれるのならば! この鶴谷 三喜夫は人生を賭けて帝国に尽くそうでは無いか」


「そうか、貴殿が人生を賭けて尽くしてくれるならば安心だ! 正式な婚姻と、大臣就任は石狩県との戦が終わってから行なう」


「はは! その時をお待ちしておりまする!」



 春蘭もイカれていたが、為臣陛下も十二分にイカれていると三喜夫は楽しそうにしている。

 改めて農林大臣として人生を賭けると約束した。

 あそこまで嫌がっていた三喜夫が、ここまで言ってくれたのだから嬉しく思う。

 三喜夫を農林大臣に、綺羅を妃に迎えるのは石狩県との戦が終わってから正式な場で行なうと宣言した。




◇ ◇ ◇ ◇ ◇




 富良野平野にて砦を建設している大日皇和帝国に対し、石狩県としては即刻の対応が必要である。

 しかし知事・健臣は手をこまねいていた。

 直ぐに兵を挙げて富良野平野に侵攻したいところだが、それが上手くいっていないのだ。

 どうしてなのか。

 それは夕張郡や雨竜郡が兵を挙げるのを拒否しているのと同じように、他の郡長たちも兵を挙げるのを拒否した。



「どうして俺の言う事を聞かない! 石狩の知事は俺であり、奴らは郡長だろうが!」


「しかし元々彼らは国衆であり、健臣さまが武力統治なされた事で反感も買っているのかと」


「それが何だというのだ! 負けたからには、俺に付き従うのが当たり前だろ。それを無視して兵を挙げないなど、郡長としてあるまじき行為だ!」



 北海道地方の土地には多くの国衆が居たが、健臣知事が島家を継いだ後に国衆の領地を攻めまくり武力統治を無理矢理、敢行した為に恨まれているのだ。

 恨まれているが故に、健臣知事が困るであろうタイミングで兵を挙げる事を拒否したのである。

 このボイコットに近い行為に、健臣は「あまりにも無礼である」と怒り心頭。

 副知事の雨林は苦笑いを浮かべている。



「雨林、どうにかする手立ては無いのか? このままでは本当に、アイツに負けるぞ!」


「そうですねぇ、手立てと言っても……かなり時間がかかりますが、私が各地を回って説得するのはいかがでしょうか?」


「夕張郡と雨竜郡は、いまだに兵を挙げていないが? それでも説得できる自信があるのか?」


「もう少しでございますので、その2群と併せ兵を挙げない郡長の説得に向かいたいと思います。何回も申し上げますが、これは相当な時間を要する事になります。しかしこの私が確実にやってみせます!」


「ほぉお前が、そこまで言うのならやってみろ。本当に動かせられるのならば、どれだけ時間が掛かっても良い!」



 どうにかする手立ては無いかと、知恵者の雨林副知事に健臣知事は問う。

 いきなり何とかしろと言われても雨林的には困る。

 とりあえずの提案として、自分が各地を回って郡長を説得してくるのはどうかと提案した。

 少し前にも夕張郡と雨竜郡の説得に向かったが、その時には結果を出す事ができなかった。

 しかしもっと時間があれば、確実にやってのけると雨林は胸を張って宣言するのである。

 その自信に満ち溢れた顔を見た健臣は、時間はいくら掛かっても良いからやれと指示を出した。


 雨林副知事は説得に向かった。

 予想していた通り、1ヶ月2ヶ月と時間だけが進んで話が前には進まない。

 そして7月の半ばに入ったところで、富良野平野に建設された〈朝日砦〉が完成したのである。

 砦の完成は健臣知事は頭を抱える事になる。

 何度も頬を掻きむしり、掻きむしったところからタラッと流血するほどに焦りを感じていた。



「砦が完成した、あそこは難攻不落の自然要塞だと聞く。このままでは、またあの時と同じように……それだけは絶対にダメだぁああああ!!!!!」



 砦が完成してしまった事を嘆いて、机の上にあった書類などを地面にブチ撒けて叫ぶ。

 そして健臣知事の頭の中に12年前の記憶が蘇る。

 一生、思い出したくも無いような辛い思い出。

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