052:淑女の裏に
三喜夫は農林大臣の職に就くには条件があると、為臣陛下に不敵に笑って言うのである。
どんな条件だろうかと陛下の眉がピクッと動く。
もしかしたら無茶な条件を提示してくるんじゃ無いのかと緊張しながら「どんな条件だ?」と聞いた。
発表する前に気合を入れるかのようなゴホンッと咳払いをしてから条件を伝える。
「条件は、俺の娘を嫁にする事だ!」
「ん? 今なんて?」
「だから俺のところの三女を正室にして貰おう!」
まさかの条件に、為臣陛下は理解できなかった。
改めてハッキリと三喜夫の三女を、陛下の正室にして欲しいと言って来たのである。
離れていた戸谷宰相にも聞こえたのだろう、凄まじい顔をしながら駆け寄って来た。
「何を言っているんだ! 為臣さまの正室になられる方は大和にとって、大いに重要なんだぞ! それを自分のところを三女をって、どれだけ図々しいんだ!」
「そうか? それなら別に大臣の職に就かなくたって良いんだぞ? こっちは貧乏のままで問題ないんだからな」
「なにをぉ! ふざけた事を!」
これからの大和を背負って行く皇帝の妃を、そんな簡単に決めてはいけないだろうと言う。
為臣陛下の事で熱くなった戸谷宰相にしては、久しぶりにまともな事を言ったような気がする。
まぁ断るなら大臣にならないだけだと三喜夫は返す。
歯に衣着せぬ態度の三喜夫に、戸谷は今度こそ掴みかかろうとしたのを、また陛下が「落ち着け」と宥める。
「三喜夫殿、貴殿の条件を飲もうじゃないか。もちろん貴殿の娘さんが、良いと言ったらだけどな」
「え!? 為臣さま!?」
「陛下は分かってらっしゃる! 詳しい話は家でいたしましょうか。ささ どうぞ、こちらに!」
為臣陛下は三喜夫の条件を飲むと言った。
本気で言っているのかと、口をアングリ開けて戸谷宰相は驚くのである。
即決の判断に三喜夫は陛下を気にいる。
詳しい話をするにも、こんなところではできないと三喜夫は自分の家に案内する。
ここにいる人間の頭には、あのオンボロの家が過ぎる。
とてつも無い事になってしまったと戸谷は思いながら、トボトボと歩いて後ろをついて行く。
そしてオンボロの家に到着したところで、三喜夫がギギギッと大きい音が鳴る扉を開けた。
スッと手を出し「どうぞ、汚いところですが」と言って為臣陛下を家の中に迎える。
陛下は「失礼する」と言って家の中に入った。
すると綺麗な正座をし、深々と頭を下げる陛下と同い年くらいの少女が居た。
「陛下、ようこそおいでくださりました。三喜夫の娘《鶴谷 綺羅》と申します」
「陛下。こちらが先ほど話していた、三女にございます」
「そうか、貴殿が……豊徳 秋蘭 為臣と申す。よろしく頼む」
「はい! よろしくお願いします」
この綺羅が三喜夫の三女。
つまり為臣陛下の正室となる人物だ。
三喜夫の性格を嫌というほど知った陛下は、どんな人物なのだろうと警戒していた。
しかし蓋を開けてみたら、とても丁寧な淑女である。
この子なら……。
と、陛下はそう考えた。
鶴谷夫妻に「ささ!」と招かれるまま家の中に入る。
周りを警戒すると言って、近衛団は家の周りをガッチリと固めるように動く。
為臣陛下の隣にブスッとした顔の戸谷宰相が座る。
なんだろうか、とてつも無い空気が流れている。
話を進めないわけにはいかないので、陛下がゴホンッと咳払いをしてから「それで」という風に話し始めた。
「綺羅殿を嫁にという話だったが。綺羅殿の意思を聞かせて貰えないだろうか?」
「私が陛下の妃に? お父さん、どういう事ですか?」
「あぁキチンと説明しよう」
何も聞かされていない綺羅からしたら、いきなり自分が陛下の嫁と聞かされて驚かないわけが無い。
キチンと最初から最後まで三喜夫が説明をした。
説明に口を挟む事なく綺羅は「うんうん」と優しく頷きながら静かに聞いている。
ところどころで眉がピクッと動く。
しかしそれでも口を挟まない。
最後まで聞いたところで、綺羅は「そういう事ですか」と目を瞑りながら姿勢を正す。
反応的にも為臣陛下は断るだろうと感じた。
次に綺羅は両手を床につけ、おでこも床に着くのでは無いかという勢いで下げる。
やっぱりかと陛下は「ふぅ〜」と息を吐いた。
が、綺羅の口から飛び出したのは異なる言葉だった。
「陛下が宜しければ、是非とも私を妃に選んでは頂けないでしょうか? もちろんお嫌という事でしたら、素直に断って頂いてもよろしいのですが」
「え!? 綺羅殿は問題ないのか? 今日、初めて会った男と結婚するという事に?」
「もちろん普通でしたら、嫌だと言っていたでしょう。しかし相手が陛下でしたら、話は全く異なります。この言い方では語弊がありますかね……何の保証もありませんが、意外に私は見る目に自信があるのです! 先ほど陛下を、お目にした時に感じたのです! このお方と共になれば、私の人生は光り輝くと!」
綺羅は迷いなく嫁になる事を決めた。
簡単に決めて良い事では無いと、為臣陛下は本当に問題ないのかと聞く。
もちろん思うところもあるだろう。
しかし綺羅は家の中に入ってくる陛下を見て、直感的に才覚を読み取ったのである。
この人とならば自分の求めるものが手に入ると。
だから嫁にして欲しいと頼んだのだ。
「もちろん俺の嫁になるのならば幸せにするが。今の俺はごく少数を治めるだけの人間だ。そんな人間の嫁になれば計り知れない苦労があるぞ? それでも良いのか?」
「はい! 私は私自身の力で幸せをもぎ取ります。陛下は心配なく、この国の平定をお目指し下さい」
ここまでの女子が、これから先に見つかるだろうか。
為臣陛下の目には綺羅の底知れぬ野心と、狂気すらも感じる探究心が見えた。
もしかしたら綺羅を嫁にするのは危険かも知れない。
何か不利益になる事があるかも知れない。
だが陛下には、リスク以上の面白さを直感的に感じた。
「よし、分かった! 綺羅殿を俺の妃として迎え入れようじゃないか。戸谷、それで問題ないな?」
「えぇ本当は文句の1つや2つ言いたいところですが。為臣さまがお決めになったのならば、この私に言える事はありませんね……気に入りませんがね!」
「ははは、ありがとう」
為臣陛下は綺羅を妃に迎える事を決めた。
宰相である戸谷としては言いたい事が、たくさんあるだろうが、ここは我慢する事にした。
「さっきから戸谷と言っていたが、もしかして勇次郎の倅なのか?」
「父の事を知ってるんですか?」
「やっぱり勇次郎の倅だったか。昔、俺が東京の役人として働いてた時の同僚だよ」
三喜夫は戸谷という苗字を聞いて疑問を持っていた。
文官として働いていた時の同僚に《戸谷 勇次郎》という男が居たのだ。
そう戸谷宰相の父親は勇次郎である。
やはりそうだったのかと納得して、三喜夫は自分と勇次郎の関係を説明した。
「勇次郎は元気にしてるのか?」
「いや、これが3年前に病で亡くなりました。今は戸谷の家督を、自分が継がせて貰っています」
「そうか、勇次郎は死んだのか……本当に苦労した、人生だったんだな。あの男さえ居なければな」
「あの男? 誰の事ですか?」
「あの男は、あの男だ。世間からは英雄なんてもてはやされていたが、実際は頭のイかれた……三ツ矢 春蘭だ」
死んだと聞いた三喜夫は、俯いて暗い表情を浮かべる。
昔馴染みといえども親交は、それなりにあったので亡くなったと聞いて落ち込むのは当然だ。
勇次郎の関わった時間が走馬灯のように見えて来た。
そして勇次郎が北海道まで飛ばされた要因になったのは1人の男のせいであると言う。
その男は世間から英雄と呼ばれた男。
大和帝国建国の立役者《三ツ矢 春蘭》である。




