051:持つ者の責務
為臣陛下が戸谷宰相を叱責しているのを、三喜夫は少し面白くなり「ははは」と笑った。
この場にいる人間の視線が、三喜夫の方に集まる。
手を前に出し「失礼」と謝罪をした。
陛下は戸谷を叱ったが、人の前である事を忘れていたと反省してゴホンッと咳払いを挟み「申し訳ない」と三喜夫に謝罪をしてから話を進める。
「恥ずかしいところを見せて申し訳ない。本題に入らせて頂いても良いだろうか?」
「えぇ問題ねぇよ。大日皇和帝国の皇帝である為臣さまが、わざわざこんなところに足を運んだ理由を伺いたい」
「単刀直入に申すが、貴殿の力を借りたい!」
為臣陛下は単刀直入に力を貸して欲しいと、頭を下げて三喜夫に頼むのである。
一国の皇帝が頭を下げている事に三喜夫は驚いた。
先帝ならば絶対にありえない事だと思ったからだ。
数秒の間が空いて、ふと我に返った三喜夫は陛下同様に頭を下げ「お断りする」と誘いを断る。
戸谷宰相は「やっぱりか」という表情を浮かべた。
こうなる事は陛下も予期していたので、ゆっくりと顔を上げると、その表情は至って落ち着いている。
「まぁそう来ると思っていた。三喜夫殿、差し支えなければ理由を聞いても良いか?」
「えぇ問題ないぞ。俺が断った理由は……ガキの下に着くなんて嫌だからだ」
「お前! 先ほどから調子に乗るな! 今、ガキだと馬鹿にしたお人は皇帝陛下だぞ!」
「だからなんだ! お前たちは、俺の力を借りたいと頼みに来たんじゃ無いのか? それがどうして調子に乗るなという言葉が出てくる?」
為臣陛下が理由を聞いたら、戸谷宰相にとって聞き捨てならない理由が飛び出した。
子供の下に着きたく無いからだと。
普段から陛下を慕っている戸谷からしたら、この言葉は聞き捨てならないものだった。
今度こそ掴みかかろうとしたので陛下は、後ろに控えている丈二に「戸谷を離れさせろ」と指示を出す。
このままでは話にすらならない。
こうなったら仕方ないので、戸谷には席を外して貰おうと丈二に頼んだのである。
返事をしてから丈二は戸谷を宥めながら、少し離れたところに連れて行く。
遮るものが無くなったところで陛下は深呼吸をする。
「これで話ができるであろう。それで三喜夫殿、本当の理由を聞かせて貰っても良いか?」
「ん? さっきの言葉が理由では無いと、どうしてそう考えたんだ?」
「もちろん俺のような子供に従いたく無いというのは、理由として少なくともあるだろうな。しかし貴殿が人との付き合いが苦手というのならば、わざと戸谷を焚き付けて話自体をうやむやにしようとしたんじゃなかろうか?」
「ほぉそこまで理解していたとは。さすがは伊達に皇帝をやっているわけでは無いというわけか」
為臣陛下は三喜夫が、本当の理由を語っていないと悟って本当の理由を聞く。
どうして本当の理由があると思ったのか。
もちろん子供に従うのは嫌というのも理由の1つとしてあるだろうが、人付き合いが苦手で早く帰らせたいという事で怒り心頭だった戸谷宰相を焚き付けた。
だから本当の理由を話していないと陛下は考える。
一通りの考えを聞いた三喜夫は、笑いながら手を叩いて凄いと大いに感心した。
「まぁこうなったら、本当の理由を話しても良いだろう。しかしそこまで身構えるほどの理由では無いぞ? ただ行政なんかの為に、俺の研究する時間を削りたく無いんだ」
「やはりそういう理由だったか。なんとなくそうでは無いかと思っていたが……それはどんな金や権力よりも重要視しなければいけない事か?」
「あぁもちろんだ! 俺は全ての時間や金や権力や平和を投げ打ってでも、農業への研究を進めたい。これが俺の本心であり、本望である!」
理由は簡単だ。
三喜夫は農業を研究する時間を、誰かの為に割きたくないと考えていた。
この三喜夫の言葉は本当であると為臣陛下は感じる。
農業の研究の為ならば三喜夫は、本当に全てを投げうる可能性があるなと感じた。
さっきのように嘘は言っていないだろう。
「これで分かったか? 俺は何があっても国の下になんか着きはしない。大和帝国の役人時代に、嫌というほどに味わった事だからな。それじゃあ畑仕事に戻るわ」
「ちょっとお待ちを! 今、貴殿が述べた事は事実なんだろう。しかし思いと現実は違うのでは無いか?」
「なに? それはどういう事だ」
大和帝国の役人時代に、多くの辛い思いをしてきた三喜夫からしたら、今回も嫌な事がありそうだと思っている。
だから何があっても話を受けない。
そう語ってから為臣陛下に背を向け、また畑に向かって歩き始めるのである。
もう終わってしまったのかと配下たちは思った。
しかしそのタイミングで陛下は、述べた事を事実と認めた上で「思い」と「現実」は違うのでは無いかと言う。
聞き捨てならない事を言われた三喜夫をピタッと止まって、ゆっくりとまた陛下の方を振り返った。
「一体どういう意味で言った? 思いと現実は違う?」
「えぇ貴殿の思いは、実に素晴らしいものだ。何よりも自分の探求したい事に素直で、貴殿のような人物が後世に名を残すのだろう……しかし! それは思いの話であり、現実とは大いに異なるのでは?」
「だからそれがどういう意味なのかと聞いているんだ!」
「率直に言うならば……金に困っているんじゃないのか? どれだけ知恵があり勇気があろうとも、金が無ければ話にもならない。先に言っておくが、別に俺は金や権力をひけらかしたいわけじゃないぞ? ただ持つ者は、持たむ者の為に力を使う事が責務であると言いたいだけだ」
為臣陛下は家や畑を見て金に困っているのは、直ぐに理解できる事だった。
理想や思いこそ気高いが、現実は非なるものである。
思いがあっても現実金が無い事には変わりない。
この点を必死に伝えるが、これは別に陛下が金や権力を盾にしているわけではない。
ただ才覚を持っている人間は、持っていない人間の為に力を使う責務があるのだ。
必死に陛下は伝える。
思うところもあって三喜夫は言葉を失う。
「俺は上に立つ者として、貴殿のような才覚ある者を、ただただ遠ざけておくわけにはいかないんだ! もちろんこちら側が頼む立場だ、貴殿の研究の片手間に大臣としての仕事をして貰えれば良い。それにその気になってくれるのならば、研究費用は帝国が持とうじゃないか!」
為臣陛下は胸の内を全て語った。
心が揺れないわけが無い。
10歳の幼く、まだまだ力を持っていない少年が、大人顔負けの持論を語ったからである。
口を尖らせ三喜夫は腕を組み「んー!」と唸った。
ここだけ見ても、さっきまでの考えを少しは変えようとしているのが見て取れる。
自分の持っていた考えを悉く否定され、新しい考えを植え付けられた三喜夫は困惑するのだ。
なんせそれをして来たのが10歳児だから。
すると三喜夫は手をパンッと叩いた。
「10歳に そこまで言われて断るほど、俺はまだまだ大人じゃ無いらしい」
「という事は!」
「大臣の件、引き受けようじゃ無いか。ただし! 俺にも引き受ける条件がある」
「条件? もちろん俺にできる事ならば受けよう!」
三喜夫は為臣陛下の誘いを、引き受ける事にした。
自分の考えを改めた結果だ。
しかし引き受けるにも、1つ条件があると陛下に言う。
引き受けてくれるならば、自分のできる範囲で最大限の対応をすると約束するのである。




