050:オンボロの家
美瑛軍との戦いで完勝した為臣陛下率いる帝国軍は、美瑛城に入城し補給と休憩を行なった。
普通ならば西側に移動して県都である石狩市を目指す。
しかし陛下は進路を西側ではなく南に変更し、そのまま南下を始めて富良野市を攻撃した。
健臣知事たちは、どうして富良野なのかを疑問を持つ。
その理由は石狩県との戦においての前線拠点が欲しいと考えており、富良野盆地で砦の建設を始めたのだ。
「戸谷、富良野盆地は そんなに良い土地なのか? 幸政も褒めていたんだけどな」
「はい! この土地は砦を築くのに、最も適している場所だと思いますよ!」
「ほぉそこまで言うなら理由を聞かせて貰おうか!」
「富良野盆地は四方を山に囲まれている盆地地形で、盆地の中央には十勝川が流れてます。防御力が高く、農業にも特化している場所なので砦として有能です!」
為臣陛下は戸谷宰相の説明を聞いて、その熱量から「ほぉほぉ」と頷くのである。
攻められても防御力が高く食糧も豊富と来た。
確かに砦を築く場所としては、かなりの好立地であると陛下も理解した。
ここからは戦いが長くなるかもしれないし、兵糧の多さは強さの指標にも繋がってくる。
砦の建設をしている間は、どこかに攻め込む事もなく英気を休める時間である。
もちろん攻め込まれたら戦いはするが、こちらから攻めるのは一旦打ち止めだ。
しかしその間も為臣陛下に休む時間は少ない。
砦を作っている間、陛下は相馬知事から話を聞いて、十勝県にいる農林に詳しい男をスカウトしに向かう。
どうやら相馬の話では、十勝県にも属しておらず、自由気ままに農業をやっていると言うのだ。
それだけ聞いても気難しい男だと陛下は考えた。
だが何としても欲しい事には変わりない。
十勝県に向かって最低限の護衛を付け出発する。
「なぁ戸谷、本当に仲間になると思うか?」
「いやぁ、かなり気難しい人だとは聞いているので……難しいでしょうが、仲間にした時の恩恵が計り知れません」
「そうだよなぁ、これから兵糧は大切になってくるしな。やっぱり仲間にする必要があるか」
「はい、仲間にして損は無いかと思います」
馬を走らせている為臣陛下だったが、前情報で気難しく人付き合いが苦手な人間であると聞いている。
だから自分たちの誘いに乗ってくれるものかと、交渉する前から少しネガティブになっていた。
陛下の意見に戸谷宰相も同意する。
かなり難しいのは事実。
それでも仲間にするのにリスクは少なく、逆に仲間になった時の恩恵の方が計り知れない。
頑張る理由にはなるだろうと戸谷は語った。
この意見に陛下も共感し「そうだよなぁ」と呟く。
不安を感じながら為臣陛下御一行は、富良野から目的の男がいる十勝県の音更町に向かう。
道中も陛下は戸谷宰相と、どんな条件を提示したら納得してくれるかを細かく話し合う。
移動時間は余るほどあるからだ。
こちらが提示しようとしている金にも権威にも、特に興味を示さないんじゃ無いかというのが2人の見解である。
ならば何が良いだろうか。
しかし遂に決まる事なく音更町に到着してしまった。
もうぶっつけ本番で口説き落とすしか無い。
「ほ 本当に ここで合ってるのか?」
「は はい、相馬殿の話では」
「少なくとも農林大臣まで登った男だろ? それがどうして、こんな家に……」
為臣陛下は目を疑った。
それもそのはず、木材は腐っていて家全体が崩れかかっているのだ。
強風が吹けば吹き飛ぶんじゃ無いかとハラハラする。
こんな家に腐っても元農林大臣の男が住んでいるとは、全くもって思えない。
信じられないが相馬暫定左大臣の言っていたところは、ここで間違っていないので言葉を失っていた。
しかしこのボロボロの家の引き戸が開く。
美魔女という感じの40代女性が出て来た。
その美魔女は陛下たちを見ると優しく微笑む。
「どうもご機嫌麗しゅうございますね。本日は夫に、御用でございますでしょうか?」
「あぁ貴殿の夫《鶴谷 三喜夫》殿に用があって参った所存だ」
「そうでございますか。申し訳ありませんが、夫の三喜夫は家におりません……畑の方に行ったはずです。ご案内いたしましょうか?」
「是非とも頼む」
為臣陛下たちの目的の人物である三喜夫の嫁が、三喜夫のいるところまで案内してくれるという。
お言葉に甘えると言って案内して貰う事にした。
ボロボロの母屋から少し歩いたところに、丁寧に丁寧に耕されている畑が現れる。
土地としては、そこまで広いわけじゃ無い。
こじんまりとやっている感じだ。
陛下は畑を見渡していると、奥の方に人影を見つけて奥さんに「あれが?」と聞く。
ニコッと微笑みながら「えぇ夫です」と答える。
奥さんは陛下たちより一歩前に出て、スーッと息を吸うと「貴方ぁ! お客さんが来ましたよぉ!」と叫ぶ。
見た目に似合わず腹から声が出ている。
しかし三喜夫に反応は無かった。
「ん? 三喜夫殿は聞こえていないのですか?」
「ははは、いつもの事なんですぅ。畑の事に集中すると、こっちの声が聞こえなくなるんですよねぇ」
「そうなのか、さすがは農林大臣にまでなった方ですね」
「ちょっと呼びに行って来ますね」
常人では到達できないレベルの集中力で、奥さんの声が聞こえなかったみたいだ。
いつもの事だからと奥さんは笑いながら語る。
ここから叫んでも聞こえない可能性があるので、奥さんが呼びに行ってくると歩いて向かった。
「やっぱり三喜夫という男は、農業の事となると無類の集中力を見せるんですね」
「あぁ大臣まで成り上がる男とは、そういうものなんだろうが。厄介さは増してるよな」
「確かにそうですねぇ……」
三喜夫という男が、どれだけ真摯に農業に関わっている事が2人には伝わった。
しかしそれと同時に厄介さを感じる。
奥さんを遠くから見守る。
テクテクと三喜夫のところまで歩いて行くと、肩をポンポンッと2回叩いた。
集中していた三喜夫は「うぉ!?」と全身をビクッとさせて驚いているみたいだ。
奥さんが振り返って為臣陛下たちの方を指差す。
三喜夫は遠くからでも分かるような溜息を吐いてから立ち上がって、ゆっくりと陛下たちの方に歩いて行く。
「どうも、俺が三喜夫だが、何か用事でも? どうせ、十勝県の役人なんだろ?」
「いや、俺は《豊徳 秋蘭 為臣》と言う。大日皇和帝国で皇帝をやらせて頂いている者だ」
「為臣? 大日皇和帝国? どこかで聞いた事があるような気がするなぁ……あぁ! 思い出したぞ、英雄ともてはやされていた春蘭の倅に国を奪われた間抜けな皇子か」
三喜夫は為臣陛下たちの事を、まだ知らずに十勝県の役人だも思っている。
陛下の自己紹介を聞いてからピンッと理解した。
思い出したついでに、春雷に国を奪われた間抜けな皇子だと言葉に出したのである。
誰よりも先に三喜夫の言葉に反応したのは戸谷宰相だ。
言葉を詰まらせながら「無礼だぞ!」と叫ぶ。
興奮したまま、今にも三喜夫の胸ぐらを掴みそうな勢いだったので陛下が「落ち着け」と宥める。
「三喜夫殿の言うように、俺は春雷に国を奪われた間抜けな皇子だ。これは変えられない事実だ」
「し しかし! 為臣さまは、もう一国を収める皇帝陛下なのですよ! そのお方に無礼など……」
「戸谷、黙れ! その偉い偉い皇帝が、今は三喜夫殿にご協力願いたいと頭を下げる立場だ」
戸谷宰相の行動を、為臣陛下は注意する。
今は自分たちが頼む立場なのだから、失礼な態度を取るなと殺気を放ちながら注意した。
2人のやり取りを「ほぉ」という感じで見ている。




