048:いざ石狩県へ
為臣陛下は自室で、黙々と刀の手入れをしている。
シーンッという音が聞こえて来るくらいに、部屋の中が静まり返っている。
外で兵士たちの声が少し入って来る。
陛下は深呼吸をしながら心頭を滅却し、目の前の手入れという作業に集中していた。
そんな部屋にコンコンッというノック音が響く。
今は手入れをしているので、顔も体も扉の方を向けてはいないが「入れ」と声を出す。
扉がガチャッと開いて戸谷宰相が入って来る。
「為臣さま、兵の準備が整いました。そろそろお支度よろしくお願いいたします」
「そうか、もう準備が整ったのか。思っていたよりも早いものだな、それだけ気持ちが入っているというわけか」
戸谷宰相は為臣陛下に、石狩県への侵攻を行なう為に集めた兵の準備が整ったと伝えた。
これに陛下の手がピタッと止まる。
ゆっくりと戸谷の方を見て、もう準備が整ったのかと想定よりも早い準備完了に驚く。
そうとなればチンタラとやっているわけにはいかない。
陛下はスピードを上げて手入れを終える。
そのまま急いで立ち上がると、戸谷と共に戦の身なりに整えて自室を後にした。
釧路城の廊下にカチャカチャッという甲冑の音が響いていて、為臣陛下が通るので使用人たちは頭を下げている。
堂々と使用人たちに「行ってくる」と声をかけた。
城の外まで前は戸谷宰相、後ろに近衛団の丈二。
2人に警護されながら釧路城の外に出ると、そこにはピリピリと緊張感が伝わるくらいに、集中している兵士たちが1万4000人も そこには立っていた。
陛下は大軍の前に緊張する事なく、右から左に兵士たちをジーッと見渡すのである。
そして陛下は兵士たちに向け口を開く。
「お前たち、強国・石狩県と戦う覚悟はできているか!」
『おぉおおおお!!!!!』
「しっかりとできているみたいだな、さすがは帝国人と言ったところか! これより戦う相手は、俺の降伏勧告を再三に渡り無視をして来た者たちだ。こんな暴挙を絶対に許してはいけない!」
『おぉおおおお!!!!!』
「我々は官軍である! 我らの手で賊軍に奪われている大和の土地を取り返すぞ!」
『うぉおおおおお!!!!!!』
皇和暦2年(西暦2119年)4月5日。
大和帝国列伝によると、為臣陛下は自身の帝国軍と十勝県の軍勢を合わせ1万4000人で進軍を開始した。
攻撃を仕掛けたのは美瑛城である。
今までで最も大軍を率いている為、攻撃対象である美瑛に到着するのは2週間強はかかる。
パッカパッカと馬に揺られている為臣陛下は、ふと後ろを振り返って思わず「ふふふ」と笑った。
戸谷宰相は「為臣さま?」と声をかける。
「すまん、すまん! 最初は数人だけだったのに、今はこんなにも大所帯なんだと思ってな」
「確かに言われてみれば、そうですね。これも為臣さまの徳のなすところです!」
「ははは、いやいや周りに恵まれているんだよ。カムイリアンにも協力して貰っているしな」
北海道地方にやって来た時は、限りなく少ない家臣しかいなかったのに、今はたくさんの兵士を率いている。
進展した状況に為臣陛下は笑ってしまったのだ。
釧路県・根室県・北見県の兵士だけではなく、カムイリアンからも援軍を出して貰っていた。
しかし今回は族長の太陽は、北方領土の部族たちとの戦いに行っている為、カムイリアンを率いているのは陛下が雷道という名字を与えた是乃だ。
「大所帯になったとはいえども、まだまだ本当の戦いは始まっていない。この戦に勝利し、兜の緒を締め直そうじゃないか!」
「はは! 為臣さまのおっしゃる通りです!」
かなり勢いが付いて来たが、こんなところで満足するようでは先が思いやられる。
まだまだ始まってもいないのだから、この戦いに勝利し仕切り直そうと為臣陛下は戸谷宰相に言った。
戸谷は大きく返事をし着いていくという姿勢を見せる。
あと2日くらいで到着するところまで来て、この日は早めに野営の準備を行なう。
陛下は自分の天幕でゴクゴクッと水を飲んで休む。
するとそこに幸政総司令官がやって来た。
「陛下、失礼致します。少し早いですが、美瑛城との戦において布陣するところの説明に参りました」
「そうか、入れ。喉は渇いていないか?」
「はは! 大丈夫でございます」
ほんの少し早いが為臣陛下には、早めに伝えておこうと美瑛城との戦での布陣について説明にやって来た。
陛下は急いで水を飲み込んでから部屋に招き入れる。
水を進めるが幸政総司令官は笑顔で、外で飲んで来たら大丈夫だと丁寧に断った。
幸政が着席し地図を広げて説明を始める。
「まず美瑛という土地は、緩やかな丘が連なる波状地形というので有名です。それで視界は開けているんですが、起状で死角になるところもあります」
「そうか、なら丘の上に陣を張った方が有利になるな」
「確かに定石でしたら、丘の上を取るのが一般的だと思います。しかし今回は正面からぶつかると被害が少なからず出てしまい、これ以降の戦にも影響するかと」
「ほぉつまりは、丘の上を取らずに戦うのか。だがそれじゃあ幸政が言っているような被害を減らす戦い方が難しいと思うんだけどな」
丘が連なるところならば、丘の上を取って戦うのが定石だろうと為臣陛下は考えを出す。
それはまさしくその通りで、普段の戦いならば丘の上を取るところだ。
しかし今回は違うと幸政総司令官は訂正する。
幸政の言いたい事は陛下も理解しようとするが、被害を減らしたいなら有利な立地で戦った方が良いんじゃ無いかと理解ができなかった。
「そこなんですよ! 2倍以上の兵力がありますが、正面からぶつかれば被害は大きくなります。そこで包囲・誘導・分断で確実に勝ちに行きます!」
「包囲に誘導と分断か、幸政が そこまで自信があるのならば問題ないのだろうな。今回の戦いも幸政に、一任するから しっかりとやってくれ!」
「はは! 陛下のお期待は裏切りませんので、どうぞ幸政にお任せ下さい!」
幸政総司令官が自信満々な表情で、丘の下を取る事を為臣陛下に進言するのである。
詳しく踏み込んだ作戦を聞いていない。
しかし幸政の表情を見て確信する。
この表情を浮かべている幸政の作戦ならば、100%とまでは言わないが、高い確率で上手くいくという確信が陛下にはあったのである。
だから詳しくは聞かないが、しっかりとやるように陛下は幸政の背中を押す。
一任された幸政は大きな声で返事をし天幕を出る。
「ふぅ……この戦いは長くなりそうだが、幸政に任せていれば万事万端だな」
戦好きの幸政総司令官が、子供のように出ていく後ろ姿を見て、10歳のホンモノ子供である為臣陛下は、幸政に任せていれば万事万端であると水をゴクンッと飲む。
するとまた天幕に人がやって来る。
やって来たのは戸谷宰相。
「為臣さま、胆振県と天塩県から伝令がやって参りましたので報告に」
「そうか、その2県はなんと?」
「はい、石狩県に向けて攻撃を開始したとの事です」
「おぉ遂に始まったか、こちらも足並みを揃えたかったところだが。まぁそこは仕方ないだろうな、急いで軍が間延びしてもダメだろうしな」
胆振県と天塩県が石狩県を攻撃したという報告の伝令がやって来たという事だった。
その報告を聞いた為臣陛下は、いよいよ本格的に石狩県との戦いが始まったのだと実感する。
つまり大和最大の兄弟喧嘩と言っても相違ない。




