046:まだ居たとは
皇和歴2年(西暦2119年)1月9日。
年が明け雪が降り頻る中で、大日皇和帝国と十勝県の間で話し合いが行なわれる。
為臣陛下を雪の中で移動させるわけにはいかないと、十勝県の知事である《相馬 十勝守 秀兵》知事が直接、釧路県に訪れる事となった。
しかし実際に話し合いの場に現れたのは、相馬知事だけでは無かったのである。
「為臣陛下、お初にお目にかかります。天塩県で知事を務めさせて頂いてます、私は《花沢 天塩守 念二郎》と申します!」
「同じく胆振県で知事をしております、《比石 胆振守 典升》と申します!」
「陛下! この花沢殿と比石殿も、今回の話に乗りたいとの事で連れて参りました。もちろん陛下に領地と民を渡すという話にも納得しております!」
どうやら花沢知事も比石知事も、相馬知事の話を聞いて仲間に入れて欲しいと言って来たらしい。
この話の前提となっている戦いが終わったら、領地や民を無条件で引き渡すという条件も飲んでいるみたいだ。
確かにそれを飲んでいるのならば問題ないが……。
戸谷宰相は為臣陛下の隣でワナワナと怒りを込み上げているみたいである。
それに気がついた陛下は「うちの宰相から話があるみたいだ」と言って、そのストレスを解放させる。
「為臣陛下が乗り気でらっしゃるので、今回の事は不問にしたいと思うが……こんな陛下を騙し討ちするような方法は、宰相として断じて看過する事はできない!」
「陛下! 本当に申し訳ございません!」
「どれだけ謝ろうが、貴殿らが陛下を騙した事には変わりない! 本当なら話を蹴ってやりたい……というのは個人の感情から出たものだ。今回は貴殿らの顔を立て、この話は水に流す事にする。しかしこんな事は2度と無いようにしてもらいたいところだ」
相馬知事がやったのは、ほとんど話を飲んでいる状態で明かしていない関係者を連れて来る。
こうなったら為臣陛下は断る事ができない。
もしも断ったとなると、直前で話をドタキャンするような人間であると思われてもおかしくは無い。
断れないように直前になって2人を紹介したのだ。
こんな騙すようなやり方を国の宰相であり、陛下を最も慕っている戸谷宰相は許せない。
しかし陛下が乗り気なのに、自分の一存で断らせるなんて事はできないと分かっている。
その為、厳しく叱責してから許す事にした。
戸谷が怒っているのを、陛下は隣で思わず「ぷぷぷ」と声を殺して笑っている。
「とにかく! 貴殿らの申し入れは引き受けるだ。俺の国の民になるというのだから、しっかりと保護させて貰う」
「陛下! 陛下のお心遣いに感謝申し上げます……しかし1つよろしいでしょうか?」
「どうした? 何か心配な事でもあるのか?」
「お相手が健臣知事という事ですが、陛下のお気持ちが心配なのですが。それは大丈夫なのでしょうか?」
為臣陛下が3人の頼みを了承したと聞いて、本当に良かったと少し安堵するのである。
しかし相馬知事は、1つ気になるところがあると言う。
それは戦う相手が健臣知事だというところらしいが、そこの何が問題なのかと陛下はキョトンとする。
陛下の表情を見て相馬は「もしかして……」と戸谷宰相の方を相馬は見た。
どうにも戸谷はバツが悪そうな顔をしている。
「まさか陛下……お聞きになっていないのですか?」
「何のこと言ってるんだ! 言いたい事はハッキリ言え」
何かを自分に隠しているんじゃないかと、為臣陛下は戸谷宰相たちの態度にイラッとした。
何の事を言っているのか、ハッキリと話せと促す。
相馬知事は「はは……」と尻すぼみに返事をして頭を下げてから言いづらそうに話し始める。
「石狩県の知事である《島 石狩守 健臣》殿は、為臣陛下の……兄上でございます」
「な なんだと!? お 俺は4人兄弟で、兄は3人だけのはずじゃないのか!? どういう事だ、戸谷!」
衝撃の事実である。
石狩県知事の健臣は、為臣陛下の兄上であった。
そんな事実は陛下にとっては信じられない。
それもそうだろう。
生まれてから今日まで陛下は、4人兄弟だと思っていて兄は3人だけだと思い込んでいた。
しかし蓋を開けてみたら、4人目の兄がいたのだ。
陛下である自分が、そんな大切な話を聞いていないと戸谷宰相の方をギロッと睨む。
戸谷の顔がブルーハワイのように青ざめている。
「どういう事かと聞いているんだ! 答えろ、戸谷!」
アワアワしたまま戸谷宰相は喋らない。
痺れを切らした為臣陛下は、立ち上がると戸谷の前まで歩いて行って下から睨み上げながら説明を求める。
さすがに答えなければいけないと戸谷は、地面に土下座をして「はは!」と言ってから話し始めた。
健臣という兄を、どうして隠されていたのかを。
「健臣さまは側室のお子であり、皇族として跡を継ぐ資格がありませんでした。しかし下手に先代さまのお子という事もあり、その権力を使って かなり粗暴な態度をとっていました。それゆえに皇族から外され、島家の養子として排除されたんです」
側室の子供というのもあって、生まれた瞬間から健臣知事には皇位継承権が付与されていなかった。
自分が長男なのに皇帝になれない。
その仕組みにより健臣の心がやさぐれたのかもしれないが、とにかく好き勝手に生きていた。
皇族という権力を振り翳し、数多くの事件を起こした。
あまりに目に余る行動に、先代の皇帝陛下は健臣を皇族から外す判断をせざるを得なかった。
そして帝都から追放し、男子がいなかった島家に養子として追い出されてしまったのである。
今までに聞いた事が無かった話に、為臣陛下は眩暈がして少しグラッとする。
どうしてこんなにも大切な事を隠していたのか。
戸谷宰相も裏切るつもりなんじゃないかと、ほんの数秒だけ陛下の気持ちが揺れた。
しかし何も聞かずに裏切ったと断定するのは、あまりにも不当であると陛下は思い留まる。
落ち着いた様子で「どうして隠していた?」と土下座をしている戸谷に聞く。
「隠していたというわけではありませんでしたが……もはや皇族でも無い人間の話をする必要は無いと、私が判断したので言葉を噤んでおりました!」
「まぁ確かに健臣は、もはや皇族では無い。しかし戸谷、隠していた理由は それだけじゃないよな?」
「お お察ししているのですか……」
「俺を誰だと思っているんだ? 確かに歳は、まだ10歳の周りから見てもガキだ。しかしこの国を背負っていかなければいけない人間なんだぞ!」
戸谷宰相の隠していた理由を聞いて、それだけで忠義の堅い戸谷が話さないとは思えないと感じた。
だから本当の理由を戸谷に問う。
「私は為臣さまを、誠の皇帝陛下だと思っております! これからの大和を背負って立つに相応しいお人も、為臣さましかいないと考えております! しかしそこで陛下が、実の兄の存在を知り、王位を譲るなんて事になったら、それこそ国の損失です!」
「そうか、やはりそう考えていたんだな。まっこと戸谷らしいと言えばらしいな……しかし! 1つだけ勘違いしている事があるぞ?」
本当の理由は最高の皇帝に相応しいと思っている為臣陛下が、実の兄の存在を知り、王位を健臣知事に譲る可能性があるんじゃ無いかと思ったからだ。
そんな事じゃないかと陛下も思っていた。
戸谷宰相らしいと言えば、らしい理由である。
しかしそんな戸谷に陛下は、1つだけ勘違いしている事があると言った。
どういう事かと戸谷は顔を上げて陛下を見る。
「実の兄が現れようが、この地位を譲るつもりは無い。この大和という地を再統一できるのは、この俺しかいないと思っている……お前たちはそう思わないか?」
『はは! 誠にその通りにございます!』
戸谷宰相の心配はハナからいらないモノだった。
為臣陛下は最初から実の兄が現れようが、この地位を譲るつもりは無い。
自分の手で大和を再統一したいと思っているからだ。
そしてその風格に、その場にいる戸谷たちは深々と頭を下げて敬意を示すのである。




