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039:正しき武士道

 丈二に一撃を喰らった波慈明は、右手で斬られた胸を恐る恐る触れてみた。

 そしてヌルッと感覚が走る。

 手をゆっくりと顔の目線の高さまで上げた。

 波慈明の手には、ベットリと血が付いていて斬られたというのを改めて認識する。

 さっきまでは嘘みたいに焦っていたが、波慈明は血が付いた手で髪の毛を掻き上げながら「くく…」と笑う。



「今の今まで、何を焦っていたんだろうなぁ。こりゃあ侍である俺からしたら嬉しい事のはずなんだけどな」


「嬉しい事? 斬られた事がか?」


「いやいや、そういうわけじゃない。お前のような強者と相対する事は、侍として武士として嬉しい事である! こんな幸せな事に焦るなんて勿体無い、ここからは心の底から楽しませて貰おうか!」



 武士として強者と戦えるのは、これ以上ないほどの嬉しい事であり幸せな事である。

 そんな嬉しい事のはずなのに、こんな焦っているのはおかしいと気がついた。

 満面の笑みで丈二の顔を見る。

 波慈明の笑みを見て丈二も「ふっ」と笑った。



「そう来なくっちゃ面白くないよな! さぁ一騎討ちの続きをしようじゃねぇか!」


「おぉ! ここからが本番だ!」



 自分の剣を取り戻した波慈明。

 ここから本領を発揮してくるだろうから、本当の戦いは今から始まるのである。

 丈二も今からが本番であると理解していた。

 そこから2人の戦いは苛烈さを極めていく。

 丈二は身体能力と戦いにおいての天賦の才を発揮し、波慈明は強靭なフィジカルと経験値を存分に発揮する。

 縦横無尽の戦いぶりに、周りで見ている人間たちは、敵味方は関係なく「おぉ……」と言葉を漏らす。


 しかし波慈明は最初に貰った一撃が、終盤になって足を引っ張るようになった。

 動きがドンドン鈍っていく。

 痛みや疲労から汗が滲み出てきて目に入り、視界すらも不自由になっていくのである。

 それでも波慈明は諦める事なく、丈二に斬りかかっていくが、さすがに事切れた。

 その場にドサッと両膝を着く。

 波慈明は下を向きながら「ふっ、ここまでか」と呟く。



「どうした? もう終わりか?」


「あぁもう体が動かねぇ……さぁ首を刎ねろ、それなりの手柄にはなるはずだぜ」


「なに言ってんだよ、さっきも言っただろ? お前を仲間にする為に、一騎討ちを申し込んだんだからな」


「まだ言ってるのか。俺は主君を裏切らない!」



 もう限界を迎えたと波慈明は、自分の首を刎ねるように丈二に言うのである。

 しかし丈二は、斬るつもりは全くない。

 崩さない姿勢に対し、波慈明も仲間にならないという姿勢を一向に崩そうとしない。

 そこが良いところなのかもしれないが、それではわざわざ戦った意味が無くなってしまう。



「主君を裏切らないって素晴らしい武士道だと思うぞ? だけどな、北見県の知事は間違っていると思わないか?」


「知事が間違っているだと?」


「あぁ帝国民ならば陛下が、帰順するのが筋だ。しかしそれを破ったのは、知事の方だろ?」


「た 確かにそれはそうかもしれない……」


「ならば間違っている知事の下に武士だからと言って、こちら側に寝返らないのは筋違いでは? もっと言えば武士道から外れるんじゃ無いのか?」



 武士道を重んじる人間ならば、間違った主人の下で主君だからと従っているのは筋違いでは無いかと指摘した。

 丈二の主張している言葉に、波慈明は「確かに」と感じるところが多くある。

 どうしたら良いのかと波慈明は言葉を失う。



「それに貴殿は負けたままで悔しく無いのか? 陛下の下に降れば、俺にリベンジする事ができるぞ? それにまだまだ大和には多くの猛者がいる、そんな奴らと戦いたいとは思わないのか?」


「むむむ!? それは確かに戦ってみたい……分かった、貴殿の主人である為臣陛下に帰順いたそう」


「誠に素晴らしい判断だ! 陛下の下にいて後悔するような事は絶対に無い!」



 丈二の全力の説得に、波慈明は心を打たれた。

 為臣陛下の下でなら後悔する事なく、武士道を全うできるだろうと波慈明は思った。

 波慈明は帝国に降伏する事を決める。

 そして糸が切れたように、バタンッと仰向けに倒れて気を失ったのである。

 丈二は直ぐに駆け寄った。



「軍医っ! 直ぐに来てくれ! 岩本隊の兵士よ、波慈明は帝国に帰順する事を決めてくれた。お前たちも帝国に降ると言うのならば、命の保障はしてやる!」



 直ぐに軍医を呼んで波慈明を保護する。

 残っている波慈明の部下たちに、仲間になるのならば命の保障はしてやると投降を促す。

 兵士たちは戦っても無理だと思っているので、挙手をして武器を、その場に捨てるのである。

 丈二は「よし」と頷く。

 波慈明が仲間になった事と、岩本隊が仲間になった事は直ぐに為臣陛下のところに知らされる。



「本当か! さすがは丈二だ、このまま枝幸軍を徹底的に叩いてブチ破れ!」


『はい!!!』



 帝国軍は枝幸軍を徹底的に攻撃した。

 波慈明の率いる部隊が帝国軍に寝返ったのを見た他の部隊が、ドンドン枝幸軍を離脱し始める。

 それにより帝国軍と枝幸軍の戦いは、戦という名目を保てないほどに崩壊してしまう。

 降伏しなかった残りの兵たちは、枝幸城に戻り籠城。

 しかしそんな事をしたところで、為臣陛下たちに勝利する事は不可能である。

 直ぐに帝国軍は枝幸城を包囲。

 もう袋の鼠となった。



「幸政、枝幸城は どれくらいで落とせる?」


「そうですねぇ、強いて言うならば3日と言ったところでしょうか? やろうと思えば、もっと早く対処する事もできますが……まぁそれを選択すれば、こちら側への被害も少なからず出ます。上手く戦っているので、無理にこじ開ける必要は無いかと」



 為臣陛下は幸政総司令官に、籠城している枝幸城はどれくらいで落とせるのかを聞いた。

 難しい質問をされた幸政は、考える素振りをしてから3日もあれば落ちると答える。

 こちら側から仕掛ければ、もっと早く落とせると言う。

 しかし被害の度合いを計算したら、こちら側から仕掛けないのが良いだろうと進言する。

 幸政の答えを聞いた陛下は「そうか」とだけ答えた。



「ならば我らから攻めなくても良いだろうな。そうとなれば休むとするか……戸谷、熱いお茶を用意してくれ」


「はは! 承知いたしました、陛下の天幕に ご用意致しますのでお休み下さい」


「頼んだぞ」



 直ぐに幸政総司令官の考えを容認し、為臣陛下は天幕で休むと言って立ち上がった。

 ここからは辛抱対決となるだろう。

 向こうは食料が無くなっていき、さらにはいつ攻められるかは分からないという恐怖心が乗っかる。

 どれくらいの時で向こうの心が折れるだろうか。




◇ ◇ ◇ ◇ ◇




 枝幸平野での戦いは、猿払城にいる北見知事の《榎本》のところまで早馬で伝えられた。

 もう剣が自分の喉元に突きつけられている。

 そんな状況に榎本知事は小さなテーブルをひっくり返して「ふざけるな!」と叫び声を上げた。

 あまりにも早すぎる。

 ここまでのスピードで来るとは、全くもって予期していなかったというわけだ。



「そ そうだ! 石狩県に援軍を頼んだら、どうだ!」


「それは難しいと思われます……」


「ど どうしてだ! アイツらは為臣を、心底嫌っているという話は、俺も聞いているんだぞ!」


「石狩県に戦う余裕はあるとは思えません。石狩県は今、十勝県・胆振県・天塩県の3県と戦争をしております……こちらに援軍を送る余裕は無いかと」



 榎本知事は為臣陛下を嫌っている石狩県に援軍を頼むとは、どうだろうかと考え出した。

 しかしそれは部下の人間に否定される。

 どうしてなのか。

 それは石狩県が周辺諸国と、いざこざを起こし戦を行なっているからである。

 今の石狩県に援軍を送る余裕が無い。

 だから無理であると榎本知事は理解せざるを得ず、壁を思い切り殴って「くそぉ!」と叫んだ。

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