030:本望を遂げる
ピチャピチャッと水が滴る音が響いている。
ジメジメしており、周りからはネズミの這い回る音も耳の奥の脳に響く。
そんな空間に檻がある。
檻の中には郡長であった水城が入っている。
明日の昼には切腹が決まっているので、残していく家族の為に手紙を残す事を許された。
最後の言葉になるので、色々と考えて書いている。
すると牢屋がある空間の扉が、ガチャッと開いて誰かが来たのかと水城は視線をやる。
しかしやって来た人間の顔を見て驚く。
「な!? ど どうして幸政が……まさか」
「すみません、それは違います。さすがに水城さんを逃すわけには行きませんよ」
「そうか、そうだよな。にしても黙って来たのか?」
「いえ、為臣殿下には許可は得ています」
牢屋にやって来たのは幸政だった。
もしかして逃がしに来たのかと思ったが、それはどうやら違うみたい。
ここに来るのは殿下に許可をもらって来たという。
それを理解したところで、水城は首だけを幸政の方に向けていたが、話をする為に体の全てを幸政の方に向ける。
「どうして、ここに来たんだ? 殿下も、どうして幸政が来るのを許可をしたんだよ。お前が、もしかしたら俺を逃すかもしれないのに」
「それはあり得ませんよ、殿下は既に俺の性格を理解しているみたいなんで。もうここから水城さんを逃すよりも、このまま切腹して頂いた方が、残された家族の為です」
「そうだな、お前の言葉はいつも正しかった。俺も早くから、お前の言葉を信じ知事を説得すれば良かった……まぁもう後悔しても遅いけどな」
幸政の性格的に、この現状で殿下を裏切る選択肢は取らないと理解していた。
何よりも切腹した方が水城的にも、残された水城の家族的にも良いと説得する。
この言葉で水城は、スッと全てが腑に落ちた。
もう遅いが早くから幸政の言葉を信じ、知事を説得すれば良かったと後悔している。
「水城さん、俺と出会った時の事を覚えてますか?」
「あぁ覚えているさ、あれは……雪の降る3月の事じゃなかったか?」
「はい! その通りです。あの時は両親を亡くして、行くところも無く……それこそ野垂れ死ぬところでした」
幸政は自分と水城が出会った頃の話をする。
元々幸政は男爵家の人間であり、小さい頃から家にあった各地の戦争の本を読み漁っていた。
戦術というのに魅入られたのだ。
男爵の家に生まれて良かったと心から感じている。
しかし革命の余波で、佐々垣家は農民からの反乱を受けて両親は殺され吊るされた。
その中で幸政だけは、ギリギリで生き残る。
両親が殺されてからは1人で、放浪の身となり生きるか死ぬかの生活を送るようになった。
そんな時だ。
雪が降り頻る日に、遂に限界を迎えた幸政は道の真ん中でバタンッと倒れた。
もう死ぬんだと思ったら、別に怖いとかは感じない。
だって先に両親たちがいるからである。
諦めて目を瞑ったところで、まだ当時は代官として職務を行なっていた水城がやって来た。
見捨てても良かった。
そのはずなのに水城は子供がいなかったのもあって、救ってくれたのである。
「水城さんが居なければ、俺は間違いなく死んでいたでしょうね。本当に感謝をしてもし足りません……そんな恩人を、俺は明日の昼には斬らなきゃいけないなんて」
「何か勘違いをしていないか? お前が裏切ったから、俺は切腹すると思っているのか? それはただの思い上がりだ、勘違いするな」
自分が裏切ったから水城は切腹するのだと責めている。
しかしそれは幸政の勘違いであり、ただの思い上がりであると水城は言い切った。
納得のできないような表情を幸政は浮かべる。
「俺は俺の武士道を貫いた結果、殿下から名誉ある切腹を言い渡されたのだ。それを何だ、自分が裏切ったから俺が切腹するって? よくもそんな事が言えたもんだ」
「し しかし! 少なくとも俺が味方のままだったら……こんな事には!」
「だから、それが思い上がりなんだよ! 俺の功績を、お前のせいだとかで汚すなよ。俺は俺の選択で切腹を受け入れたんだ、他の誰でもない俺の選択だ。お前も自分の納得のいける最後を遂げれるよう殿下の下で、この世を安寧なる世の中にしてみろ」
決して切腹は幸政のせいでは無いと、水城は強く話す。
これは自分が選択し選んだ道であり、それを殿下が認めてくれたから切腹する事ができるのだ。
だから自分のように幸政にも、納得のいく最後を遂げて欲しいと水城は笑うのである。
幸政は大粒の涙を流しながら深く、深く頭を下げる。
そして夜が明け、日が天高く昇った。
根室城の中庭にて殿下の御前に、無地の小袖に浅葱色の裃に身を包んだ知事と水城がやって来る。
一礼をして殿下の前に敷かれている呉座に正座する。
「昨日、貴殿らが言っていた事だが」
「私たちが言った事ですか?」
「あぁ貴殿らの命の代わりに、その遺族と民の命は保証してやるという事だ」
殿下は2人の命を持って、今回の戦争のケジメとして民や遺族たちには手を出さないと約束する。
それを聞いた2人は深々と頭を下げた。
自分たちの命だけで、今回の不敬は許されるのだから良かったと思っている。
これで心残りなく死にゆく事ができる。
2人は裃を跳ね上げ、左前になっている左の褄を左手で右の褄を右手で開き腹を出した。
三宝を自分の近くに引き寄せ、置いてある脇差をスッと手に持つ。
その後、三宝は邪魔になるので自分の後ろに置く。
左脇に刃を突き立てる。
あとは突き刺し、右側に引くだけである。
しかしそれができれば簡単な話であり、2人は死ぬ覚悟はできているつもりだった。
だが冷や汗を垂らしながら、死ぬ事を躊躇している。
最後は武士として死にたい。
2人はそう考える。
「今世に少しの未練もなし! さらば!」
そういうと2人は脇差を、左脇にザクッと刺した。
傷口からはダラダラと血が流れ出し、その痛みを我慢しながら右側に脇差を引くのである。
半端じゃない痛みが2人を襲って、あまりの痛みで気を失いそうになるが根性で続ける。
そのままグググッと限界のところまで引く。
もう無理だと殿下は判断し「終わらせてやれ」と言う。
「水城さん、お疲れ様でした……また上で会いましょう」
幸政は涙をポタポタッと地面に垂らしながら、今までの感謝の言葉を告げる。
そしてそのまま刀を、水城の首を目掛け振り下ろす。
首が地面に落ちて汚れぬよう首の皮一枚を残し、耐え抜いた水城の人生を終わらせた。
水城の隣にいた知事も見事な最後を遂げる。
「2人とも見事な最後であった! 幸政、お前も水城のように、己に恥じぬ生き方をしろ。でなければ生かしてやった水城が悲しむぞ」
「は! 殿下の仰せのままに、必ずや本望を成し遂げて見せまする!」
「その心意気はよし! しっかりと見届けるゆえ、しっかりと生き抜け」
殿下は涙を流している幸政に、水城の分も己に恥じぬように生きろと伝えた。
殿下の仰せのままに、本望を成し遂げて見せると堂々と宣言するのである。
殿下は「良い答えだ」と笑みを溢す。
しっかりとやるように言ってから殿下は、帝国に帰還する為の準備をしに戻った。




