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026:震える手の決断

 殿下率いる1000人の大日皇和帝国軍は、厚岸郡厚岸町太田に布陣した。

 根室県の軍が到着する前に戦いの支度を整える。

 殿下もできる範囲で色々と指揮を出していると、見張りをしていた兵士が本陣にやって来た。

 スッと殿下の前で膝をついて深々と頭を下げる。



「ご報告します! 根室県の代官と名乗る男が、手勢を15人ほど連れて降伏して来ました!」



 始まる前から代官が降伏して来たと聞いて、殿下は「なに!?」と驚いた表情を浮かべる。

 せっかくやる気満々になっていたが、どうにも釈然としないが、降伏して来たのならば受け入れる他ない。

 殿下は「名を名乗っていたか?」と兵士に聞く。

 これに「は!」と返事をしてから代官の名前が《佐々垣 幸政》であると答えた。

 その名前は戸谷郡長が仲間に引き入れたいと言っていた戦術家の名前である。



「佐々垣だと!? 戸谷が言っていた奴か。向こうから来るのは予想外だったが藪蛇では無いな……刀を取り上げて俺の前に連れて来い」


「は! 承知いたしました!」



 殿下は仲間にしようと思っていた人間が、わざわざ自分から来たと喜んでいる。

 しかしまだ油断はできない。

 その為、幸政と幸政の配下たちの武器を取り上げた上で身体検査を入念に行なう。

 それくらいしないと殿下の前には連れていけない。


 10分後くらいに武器を隠し持てないだろう軽装になった幸政と、その配下15人が殿下の前に姿を現す。

 殿下は「これが例の幸政か」と品定めの目で見る。

 これに対し幸政は殿下の顔を見る事なく、地面に膝を着いて深々と頭を下げた。

 そして殿下が「面をあげよ」と許可する。

 ここでようやく顔を上げた幸政が殿下の目を見た。



「貴殿が標津郡標津町の代官で間違いないか?」


「は! その通りでございます、根室県標津郡標津町で代官を仰せつかっております。名を《佐々垣 幸政》と申します! どうぞ、よろしくお願いします!」


「そうか、貴殿が幸政か。貴殿の話は、俺の耳まで入って来ているぞ。随分と才覚がある戦術家であると」


「まさか殿下のお耳まで届いておりますとは、この幸政は幸福者でございます!」



 細部に渡る仕草は、とても丁寧だ。

 ちゃんと礼儀を弁えており、全くもって殿下に対する敵対心は感じられない。

 しかしもしもがあるので、護衛である丈二が刀に手を置いて警戒は解かない。

 殿下は幸政である事を確認してから話を進める。



「降伏して、こちら側に着きたいという事だったが。この認識で間違ってはいないか?」


「は! お許し頂けるのならば、この幸政ができる範囲の戦術で殿下に貢献したいと考えております!」


「それは殊勝な心がけだな。しかしどうして尽くしていた根室県を裏切り、こちら側に着きたいのだ?」



 殿下は自分側に着きたい足を確認してから、どうして元の主を見捨てて来たのかと聞く。

 質問の重要性に幸政は、ピタッと一瞬止まる。

 本当のところは主人に、自分たちに勝利は無いから亡命するように言われている。

 しかしそんな事を言ったら、自分の事を信用して貰えないかもしれないので、少しフィクションを混ぜて話す。



「この戦いには元々、反対だったのです! どれだけ危険なのかを主人である水城郡長にも知事にも話を通したのですが、弱腰の人間はいらないと……そう言われ戦いから外されてしまったのです!」


「ほぉ? だから俺のところに亡命して来たと?」


「はい! お恥ずかしい話ではありますが、この私はまだ死ねぬのです!」



 理由として指揮官たちが、自分の話を聞かないどころか無視をして戦いから外した事を理由に挙げる。

 そしてもう1つには、今はまだ死ぬわけにはいかないという理由を殿下に伝えた。

 これを聞いた殿下は「今はまだ?」という文字が気になり、どういう事なのかと深掘りする。



「誠に……誠に! 殿下にお申しするとなれば、とても不快な思いをさせてしまうかもしれません!」


「それでも構わない。お前の素直な気持ちを教えろ」


「は! 私は昔からの戦争マニアでございます」



 幸政は自分の事を昔からの戦争マニアであると話した。

 予想外のセリフが来て「ほぉ?」と殿下は、姿勢を正して、その次の言葉に注視する。



「幼き頃から多くの歴史書を読み漁り、自分ならばどうやって戦ったかを考えるのが地獄の楽しみでした! そんな中で、このような乱世……私が生きる理由に、これ以上はございません! もちろん殿下のお立場から申しますと、こんなにも最悪な事はありえないと考えております」


「いや、構わん。元々を言えば日本国が終わったところで、我ら皇族の寿命は尽きていたのだ。しかし今となっては、こんなにも生きたいと全身が叫んでおるのだ。故に貴殿の気持ちは理解できないわけじゃない!」



 死にたく無いというのはフィクションとノンフィクションを混ぜているところだったが、まさか同調されるとは思ってもいなかったのである。

 幸政が言ったのは、殿下たち皇族が死にそうになっている事を喜んでいるのと同義だ。

 だから叱られた上で打首にされるつもりだった。

 しかしこうなったら、自分の寿命まで生き残りたいと少し前の殿下のように、今世に主着が生まれる。



「さっき申したように、貴殿の力は聞き及んでいる。味方になってくれるというのならば、これ以上に幸福な事は無いだろうな」


「は! ありがとうござ……」


「しかし! タダで信じるわけにもいかん。貴殿だって、わかっているのだろう? 命を助けて下さいと敵からやって来た人間を、そのまま登用する危険さを」


「は はい……誠に、その通りでございます」



 まだ10歳と幼い殿下ならば、何の見返りもなく仲間になれるだろうと、少し油断していたところがあった。

 だが殿下は、キチンと危険性を理解している。

 タダで仲間にするわけにはいかないと、殿下の雰囲気がガラッと変わったのである。

 それは家の中から外に出た時に感じる外気のように。


 殿下は顎を触りながら「そうだなぁ……」と考える。

 そして「丈二、近くによれ」と指示を出し、返事をした丈二は小走りで殿下に駆け寄る。

 外に声が漏れぬよう殿下は、丈二の耳を自分の口に近づけるよう指示を出した。

 殿下は手で口元を隠し、幸政の方を見ながら話す。

 丈二は小刻みに頷きながら話を聞く。

 全てを聴き終わった丈二は「はい!」と返事をしてから幸政の方に歩いて近寄る。

 そして幸政の目の前に刀を置いた。



「で 殿下? これは……」


「後ろにいる配下の人間を1人を選んで殺せ。そうすればひとまずは、貴殿の事を認めてやろう」



 試練を与えたのだ。

 昔で言うところの踏み絵だろう。

 殿下は幸政の後ろで控えている自分の配下を、1人斬れば、ひとまずは信用する事を伝えた。

 それを聞いた幸政は、地面にポタッと汗を垂らす。

 どうしたら良いのかと。

 斬らなければ信用して貰えず、この場で殺される可能性だって出て来る。

 しかし斬ったとなれば、その後に後ろの配下たちからの信用を大きく損なうかもしれない。

 どうしたら良いのか。

 必死に考え、震えながら置かれた刀を手に持つ。

 そしてゆっくりと刀を鞘から抜いて、後ろを振り向きながら立ち上がるのである。



「ゆ 幸政さま……?」


「すまぬ……本当にすまぬ!」



 鼻水と涙が入り混じった液体を垂らしながら、幸政は刀を上に振り上げる。

 1番前にいた配下に狙いを定めた。

 狙われた配下の男は、冷や汗ダラダラで動けなくなる。

 そのまま幸政は配下の人間に「すまぬ」と謝った。

 目を開いたままでは死にゆく配下の目線を、永遠に忘れる事ができないだろうからと瞑った。

 そして一気に振り下ろす。

 瞬間、チャキンッという音が周りに鳴り響いた。

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