025:雛から大鷲へ
殿下が作戦を決定したところで、北見県と根室県は同盟を結んだのである。
それだけではなく両軍は、各領地から進軍を始めた。
この事態に先手を打たれ、殿下たちは悔しがると共に急いで手を打たなければと焦る。
「根室県は約670、北見県は約2000です。根室県は対処できるでしょうが、北見県は対応を急がなければなりません!」
「ならば根室県の方には、こちらから1000を出せ! 北見県に関しては、こちらとカムイリアンから合わせて2000を出せ! 太陽殿、それでどうだ?」
殿下は根室県には帝国から1000人を、北見県には帝国とカムイリアンの合同で2000人を出す指示をする。
もちろん勝手に決めているので、太陽にも確認を取る。
太陽は「ふっ!」と鼻で笑った。
「カムイリアンから1000人では生ぬるい。こちらは2000人を出そうでは無いか! 我らが帝国と同盟を結んだ事と、我らの恐ろしさを教えてやる!」
「さすがは太陽殿だ! 決まったのならば動かなければならない、急いで支度をしろ!」
太陽は少なく見積もるどころか、足りないからと1000人をプラスで動かすと言って来た。
何とも女性でありながら男らしいところに、殿下は何度も頷いて「素晴らしい!」というのを伝える。
そして決まったので急いで、戦の準備を開始した。
今回は殿下の初陣なので、殿下自身もやる気になっていて鼻息荒く会議室を後にする。
その殿下を追いかけて戸谷郡長は廊下を走った。
追いついたところでスピードを緩め、この戦いについての話を少し行なう。
「殿下っ! 殿下には根室県との戦いの指揮を取って頂きたいのですが如何でしょうか?」
「なんだ、それは俺が北見との戦いでは邪魔だと言いたいのか?」
「いえ! 決してそんな事はありません、根室には引き抜いて頂きたい人材がおります!」
「引き抜きたい人材だと?」
殿下に根室県との戦いの指揮を頼みたいと、戸谷郡長は言って来たのである。
その言葉に殿下はピクッと眉を動かし怒りを感じる。
廊下の真ん中で仁王像のようにピタッと止まり、自分の指揮では北見県に勝てないと言いたいのかと問いただす。
殿下の問いに戸谷郡長は深々と頭を下げ、そういう意味で言ったのでは無いと訂正する。
ならばどうしてなのか。
それは根室県に引き抜いたい人材がいるらしい。
殿下は言葉の意味を理解し納得したが、どこの誰を自分の陣営に引き抜きたいのかと問う。
「はい、根室県の代官で《佐々垣 幸政》っていう若い男がいます。その幸政という男は、敵の私からしても戦術に関する知略が素晴らしいんです」
「ほぉ戸谷が言うんだったら、確かなんだろうな。その幸政っていうのを、こちら側に引き込めば良いんだな?」
「はい! それができれば少なくとも石狩県との戦いでも前進すると思います!」
「まさかお前に、そこまで言わせるとはな。その件は分かったが、北見県との戦いは誰が指揮する?」
根室県で代官をしている幸政。
それが戸谷郡長が仲間に引き入れたいという人物だ。
殿下は認めている戸谷郡長が、戦術に関しての知略が素晴らしいと褒めているのに珍しさを感じる。
そんなに言うのならば素晴らしい人材なのだろう。
幸政という男の可能性を感知し、それなら自分が仲間にしてみせると笑った。
この件は了解したが、北見県との戦いの方は誰が指揮を取るのかと殿下は聞く。
「総大将には太陽殿を、副将には私が付きましょう。それで如何でしょうか?」
「うむ、確かにそれは良い考えだ。お前と太陽殿ならば、この戦いを任せられる」
「それではその方向で話を進めます! まずは太陽殿に総大将の話を伝えて来ます!」
北見県との戦いは総大将を太陽が、副将に戸谷郡長が就く事になったのである。
これに対し根室県との戦いは殿下が総大将を務める。
戸谷郡長が補佐してくれないのは不安要素ではあるが、丈二も居るし初陣を勝利したいという強い想いが殿下を戦いへと駆り立てていた。
部屋の隅で体育座りをしていたのは、まだまだ最近。
だが殿下の中で、何かが変わっていたのだ。
もうただ死を待つだけの悲しく悲運の皇子では無い。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
根室県の中で大日皇和帝国との戦に反対する者が居た。
その人間こそ、戸谷郡長が喉から手が出るほどに欲しいと思っていた代官の幸政である。
戦を起こすと聞いて急いで、郡長邸に足を運んだ。
屋敷の玄関前で土下座をしている。
「どうか……どうか! 大日皇和帝国との戦はお止め下さい! 今の帝国と戦っても勝機はありません!」
どこからか、カムイリアンと同盟を結んだという情報を聞きつけたらしい。
今となっては勝機が無いと上奏する。
このままでは良くて全滅、悪くて……。
というところにあると幸政は必死に、屋敷の外から訴えかけるのである。
しかし屋敷の中から反応は無い。
それでも「どうか! どうか!」と叫び続ける。
すると屋敷の玄関が開いた。
飼い主を待っていた犬のように、幸政はバッと顔を上げると、そこには甲冑を着ている郡長の姿があった。
郡長の顔は、何かを全て悟ったような表情である。
もうどうする事もできないのかと、幸政は歯を強く噛み締めて涙をボロボロと流す。
「この戦いに勝機はありません! 北見県とてカムイリアンが加わった帝国に勝利する手立てなどありません!」
「そんなの百も承知だ、この戦いで死ぬんだろうな……」
「ならばどうして!」
「主人が死にに行くと言って、それに付き合わず逃げる家臣がどこにおるのだ! もうワシに逃げ場など、存在しておらぬは……」
郡長はカムイリアンが加入した大日皇和帝国に、勝利するなど到底無理であると分かっていた。
しかし北見県との同盟により、約束を破れぬ県知事を裏切って逃げる事はできないと言う。
負けに行く主人を置いて逃げたとなれば、生き残ったとしても生きていけぬと郡長は思っているからだ。
「ならば私も、ご一緒に……」
「それは許可しない!」
「ど どうして!?」
もう郡長の意見が変わらないならば、自分も一緒にお供すると幸政は言った。
しかし着いてくる事を郡長は許可しなかった。
どうして許可してくれないのかと、宇宙人を見た時のように瞼を限界まで見開いて驚く。
「まさか逃げろというのですか!? 今の今まで主人を置いて逃げるなど、言語両断であると話していたのに、私には逃げろと申すのですか!」
「あぁお前は、自領の若い兵を連れて亡命せよ」
「私に後ろ指を指されるような生き方をしろと、そう言いたいのですか!」
「ワシや他の郡長、知事はお前のように才覚を持っていないのだ。しかしお前は為臣殿下に仕えるだけの才覚を持っていると、そう思っている。そうとなればお前は、殿下の側で国の再建を目指せ……春雷など、蹴散らし帝国再建の火種となるのだ!」
郡長が主人を裏切るなという話をしていたのに、自分には主人を置いて逃げるように言うのかと問う。
だが郡長には強い想いがある。
主人に仕える身として春雷の反乱は許せなかった。
だから反対勢力になるであろう自分たちは、殿下に討ち取られる事で殿下に名を上げて貰おうと考えたのだ。
しかしそれに付き合わせるには、幸政という人間の才覚は、あまりにも勿体無いのだ。
その才覚を殿下に使って欲しいと頭を下げた。
幸政の嗚咽の混じった鳴き声は、屋敷周辺にも響き渡っていたのである。




