023:新たな道に歩みを進め
太陽が生まれた頃には、既にカムイリアンは網走湖にやって来ていたのである。
その為、太陽は差別をそこまで受けてはいない。
しかし幼い頃から大和帝国の人間たちは、自分たちを迫害し差別してくると教育を受けていた。
だからどこまで本当で、どこからが恨みの入った偏見なのかが判断ができない。
こんな教育を受けていたのだから大和帝国の人たちを恨む気持ちは理解できる。
しかし太陽は違った。
幼い頃から村の外に興味があった。
族長の娘というのもあって、公に外の世界に出て行きたいというわけにはいかない。
もう外に出るのは諦めていた。
そんなところに殿下がやって来たのだ。
「お前の国と同盟を組めば……我らの迫害や差別は、キチンと対処してくれるんだろうな?」
「あぁもちろん俺の名において、そんな事は絶対にさせないと神に誓おう!」
「そうか、ならば……」
太陽の気持ちは大きく揺らいでいた。
もしかしたら自分たちの縛れている人生が、その呪縛から解放されるのでは無いかと希望が見えた。
だから最終確認をする。
本当に差別を無くしてくれるのかと、そのセリフを聞いた殿下は姿勢を正す。
そして自分の名や神に誓って、カムイリアンへの汚名を返上させて貰うと誓った。
この言葉を聞いた太陽は、俯いてニカッと笑う。
殿下ならば信用に値すると、太陽は同盟を結ぶ事を許可しようとした。
その瞬間、天幕の入り口の方から「待つのじゃ!」という大きな声が聞こえて来る。
全員の視線が、パッと一気に入り口に向く。
そこには2人の杖を付いた老人たちが立っていた。
この2人に合う言葉といえば、まさしく長老という感じで、ヨボヨボのジジイだ。
目も落ち窪んでいて、服の隙間からは浮き上がった肋が痛々しく見える。
「なりませんぞ! そんな人間を信用し、祖先の想いを無視した暴走は許されません!」
「即刻、その童の首を刎ねるべきじゃ! そして控えている軍も皆殺しにし、我らの武勇を周辺に知らせましょう」
2人は太陽の決定に異議を申し立てた。
その判断は、あまりにもおかしいというのだ。
祖先の想いは大和帝国の人間たちを皆殺しにし、自分たちの国を建国するというもの。
この想いを無視するような行為は容認できない。
ジジイたちの主張も理解できないわけではない。
何ならこのジジイたちも、差別を受けた張本人の1人であるとすれば尚更だ。
「さっきから恨み、復讐と……貴殿らが受けて来た苦痛は、俺なんかのような子供に理解できる事じゃないのは理解している! しかし根本から手を取り合う時、話し合いの席に恨みを持ち込んだら先には進めぬ!」
「なんじゃ、その言い草は!」
「お主ら皇族が、国民を制止しなかったら、ワシらは迫害を受けたのでは無いか! それを棚に上げてなんじゃ!」
「だから恨みによる悲劇と苦痛を、我らの代で収束させようと言っているのでは無いか! お前たちや死んでいったものたちが願っていたのは、本当に我らへの復讐なのか? 彼らが求めていたのは、種族を安寧の地に導く事では無かったのか! そこをよく考えてくれ!」
ジジイたちの言葉に、殿下は遂にブチギレた。
恨みつらみは絶対にあるだろう。
それは至極当然の事だ。
しかしここで恨みと復讐心を取り払い、新しい道への進まなければ、カムイリアンと大和帝国もさらなる悲劇の道へと進んでいく事になる。
殿下の言葉にジジイたちも理解を露わにする。
それはそれは唾を周囲に散らばらせるほどに怒って、何度も恨みや無念という言葉を使う。
すると玉座の肘置きの部分を、太陽はボキッと壊れる音がするほどに叩いた。
シーンッと静まり返った上で、殿下や天幕にいる人間たちは太陽の言動に注視する。
これに太陽は「はぁ!」と深く溜息を吐いた。
そしてスッと玉座から立ち上がる。
「まっこと為臣殿下の言う通りだ。我らは前に進まなければいけないのだ、こんなところで足踏みをしていたら、それこそ夢を見ていた祖先たちが悲しむ」
「族長! それはいけませんぞ!」
「祖先の恨みや無念を晴らさねば!」
「良い加減にせよ! 亡霊たちの戯言は、もう私は聞き飽きたのだ。こんな狭い世界に閉じこもっていて、我らの民を幸福にする事ができるのか? そんな事ができるわけないだろ、ここが変わる好機だ!」
太陽は反対するジジイたちに怒号を飛ばす。
声を勢いからなのか。
その黙っていろという圧力からなのか。
はたまたジジイたちの足腰が悪いのかは、分かりかねるところだが、ジジイたちは後ろに後退りした。
そして太陽は、スーッと息を吸って「これよりカムイリアンは、大日皇和帝国と同盟を結ぶ!」と宣言する。
「為臣殿、我らで春雷を排斥し、素晴らし国を作ろう」
「あぁ! 太陽殿の英断、痛み入る……絶対に、信じてくれた事を成し遂げてみせる!」
「貴殿なら信用できる! よろしく頼んだぞ!」
太陽は玉座を降りて、殿下の紐を解く。
そして立ち上がらせたところで、ギュッと固い握手を交わして同盟を締結させた。
周りで見ているカムイリアンたちは、よく状況を理解できていないが、拍手をして同盟を祝うのである。
そんな族長の天幕に見張り兵がやって来た。
「報告します! 軍隊が、ここに目掛けて進軍!」
「戸谷たちか……すまい、あれは俺の軍だ」
「あぁわかっているとも、貴殿を手荒な方法で連れて来たのは私たちだ。是非とも行軍を止めて来てくれ」
「あぁ感謝する! それでは!」
殿下は怒り狂ってやって来るだろう戸谷郡長たちを、どうにか宥めに行こうと太陽に話を通した。
もちろん分かっていると言って送り出す。
殿下が天幕を出ていくのを確認してから太陽は、スッと体をジジイたちの方に向ける。
そして歩いて行って「すまぬ」とだけ謝罪した。
「いえ、族長は太陽さまじゃ。ワシらは族長の決定に、文句を言う筋合いはありゃあせん」
「族長が決めた事なら着いていくだけじゃわ」
「2人とも……感謝する!」
生きている中で最も酷い仕打ちを受けたであろうジジイたちの意見を無視し、勝手に同盟を組んだ事を太陽は心から謝罪するのである。
この謝罪にジジイたちは文句を言わなかった。
最初こそグダグダと言っていたが、族長の決めた事なら文句は言うべきじゃないと自重したのだ。
太陽は深く感謝の念を、2人のジジイに伝える。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
殿下たちがカムイリアンと接触していた頃、北見県の県庁舎である北見城にある人間が訪れていた。
「おぉ熊倉殿っ! 貴殿を待っておりましたぞ!」
「招き入れて頂きありがとうございます」
北見城に訪れたのは、根室県で知事をしている熊倉。
招き入れたのは北見県の知事である《森内 苑》だ。
力関係としては兵力差が上回っている森内の方。
熊倉は招き入れて貰った事を感謝した上で、知事室のソファに腰を下ろすのである。
そして「用件は?」と自分を北見県まで呼びつけた理由について、熊倉は森内に聞く。
「話は簡単ですよ、私たちの間で同盟を結びませんか?」
「同盟ですか? どうして?」
「それは……大日皇和帝国を滅ぼす為ですよ」
森内が持ちかけたのは、大日皇和帝国を滅ぼす為の軍事同盟だったのである。
熊倉は驚きのあまり開いた口が閉まらない。




