022:鳥籠の少女
太陽たちは殿下は、死にたくなくて「殺さない方が良い」と言ってるんじゃないかと思っている。
殿下は死ぬ覚悟くらいは、とっくの昔にできている。
しかし自分が死ぬと、助けられるはずの多くの国民を死なせてしまうと考えているのだ。
そこが太陽たちには分からない。
どうして殿下が死ぬと、多くの国民が死ぬ事になる。
「逆に聞くが、どうしてお前が多くの国民を助けられると思っているんだ? それは明らかな慢心だ」
「確かにそう言われるのも理解している。しかし俺以外に大和帝国を、再統一する事はできない」
「聞いた話では、お前たち皇族を破滅の道に導いた男は英雄の子で、自らのカリスマ性を持ってして反乱を起こしたというじゃないか。そんな人間と、ただのしょんべん小僧が戦いになると思っているのか?」
太陽の言っている事も間違ってはいない。
殿下は何の力も持たない皇族の子供だ。
それに対して相手は英雄の息子というラベルを持ち、さらには自らのカリスマ性で反乱の仲間をかき集めた。
そんな男とやり合って勝てるとは普通は思えない。
「そこを突かれるのは、最もな事だろう。しかし貴殿に、この反乱を鎮圧させ大和帝国を治められる人間が、この俺以外に居ると思うか?」
「少なくともカリスマ性を持っている人間が、この国を治めるのだから心配なかろう? お前は田舎で、静かに暮らせばいいじゃないか、それなりに良い暮らしはできるはずだろ?」
「ならば貴殿に問おう。この先の未来、自分の民が苦しむ事を理解していて我慢できるのか? 自分なら止められると思っているのに、それを見て見ぬフリできるのか?」
反乱で政権を手に入れた指導者は、自分のように反乱を起こそうとしている人間がいるんじゃないかとナーバスになる事が、かなりの可能性である。
そこで指導者たちは、反乱が起きないように市民たちを厳しい法律や税で縛り付ける。
この苦しみに耐えかねた国民たちは一揆を起こす。
一揆に呼応するように、各地で反乱の火種が出来上がり戦国時代に突入する事だって考えられる。
苦しむのが上に立つ指導者や貴族階級の人間なら良い。
しかし大体苦しむのは、国民たちである。
これが殿下の政権を取り戻すのを諦められない理由だ。
殿下の言い分は、カムイリアンの族長をしている太陽からしたら理解できる事だ。
まさか「この歳で、そこに気がつくとは」と驚く。
いよいよ本当に10歳なのかと怪しく感じてくる。
太陽は「ゴホンッ」と咳払いをして仕切り直してから、殿下の考えを「肯定する」と認めてくれた。
これを認めなければ嘘になるからだ。
「お前の考えは理解した。だが、その事と我らは一切の関係が無い! 我らも大和帝国の国民であると言ったとしても、我らは我らのコミュニティで動いている。お前らのような差別主義者に、協力するようなつもりは無い!」
「これは決して、俺たちだけが得をする話では無い! 貴殿らの為にも、ここで私怨を捨て手を組もうと言っているのだ! 互いの民の為にも、手を取り合おう!」
殿下の言いたいところを理解した上で、差別主義者のいる国と手を取り合う気は無いと断言する。
それでも殿下は諦めない。
大和帝国の人間たちだけが得をするのではなく、カムイリアンたちも得をするWin-Winな話であると語る。
ここはお互いの民の為に、過去の私怨を捨て手を握り合うべきだと殿下は主張した。
「どうしてWin-Winになる! お前たちと手を組んだところで、たかだか国と認めるだけなのだろ? それのどこが、Win-Winだというのだ! これじゃあお前たちだけが得をする形になるだろ!」
「よく考えてみられよ! 我が軍が負け、春雷軍が天下を統一するとしよう。そうなればさっき話したように、逆らえないよう各地方に軍隊を向かわせる」
「つまり我らがカムイリアンは、遅かれ早かれ春雷軍に討ち取られるというのか? 舐めれたものだな、我らがそんな簡単に……」
「春雷軍を舐めてはダメだ! 向こうについているのは、この瞬間を待ち侘びていた猛者たち。貴殿らとはいえども春雷軍の猛者が率いる大軍に、勝利する手立ては難しいだろう。よくそこを考えて貰いたい」
春雷は天下を統一したら、周りに反乱の火種を作らせないように圧政を引いていく。
その上でカムイリアンの存在は邪魔になる。
ならば戦いになるのは必然であり、戦いになったらカムイリアンに勝利は難しいだろう。
そこの重要性を考えて頂きたいと主張した。
「本望である! 我らは差別主義者である帝国人と戦って死ねるのならば、それこそ我らの誇りだ!」
「こんな事を言うのは、おせっかいかもしれないが……お前は、それでも上に立つべき人間か?」
「なに? お前のようなガキに、そんな事を言われるほど、私は落ちぶれちゃいないぞ!」
殿下は太陽を、本当に上に立つべき人間では無いと罵ったのである。
これに太陽は酷く憤慨した。
まぁいきなりそんな事を言われたら、ブチギレるのも理解できるだろう。
しかし殿下には言いたい事がある。
「上に立つ王のような人間ならば、自分の命を国民の為に差し出すのは素晴らしい事だ。しかし仲間の命すらも、同じように扱うならば、それは愚王のする事だ!」
「お前は私の事を愚王だと罵っているのか!」
「別に陥れたいわけじゃない! 同じ上に立つ人間としての心持ちの話だ。我らは国民の命を握っていると言っても過言では無い、そんな我らが国民の命を我らと同等に考えてはいけないのだ! 我らは国民がいなければ生きてはいけない身、それこそか弱い雛のようにな」
自分の命は国民の為に捨てられても、国民の命を握っている自分が国民の命を簡単に考えてはいけないのだ。
それこそが上に立つ人間の最大の器と言える。
かつて世界大戦が起こった時、敗戦国の指導者たちは醜く命乞いをした。
国民はどうでも良いから自分の命を助けて欲しいと。
そして勝つ為ならば国民の命が多く失われても戦わなければいけないと、他の選択肢があってもそれを選んだ人間たちがいるのだ。
その行為が本当に正しかったと言えるのだろうか。
殿下は自分の考えとして、それらは全て間違っていると定義したのである。
国民の命を助けて貰う代わりに、自分の命を差し出す行為こそが支配者の斯くあるべき姿であると。
「俺の言っている事は間違っているだろうか! 俺らは決して貴殿らを使い捨ての駒だとは、これっぽっちも考えてはいない! 隣に立って欲しい隣人だと思っている。貴殿も自分の国民が、どちらの方が幸せに暮らしていけるのかを優先して考えて貰いたい!」
殿下は自分たちが国民の行く末を決められる存在であって、間違える事は許されないのだと主張する。
だから今も俺の提案を、よく吟味して正しい道を選んで欲しいと必死に訴えた。
この姿に太陽は言葉を失って殿下を見つめる。
そして太陽は殿下を昔の自分に重ね合わせた。
そう太陽も生まれた頃は、大和帝国の人間たちに不快感や復讐心など持っていない。
どうしてここまで大和帝国の人間を恨んでいるのか。
それは実際に多くの屈辱を受けた先代たちが、この太陽たちに教育として教えたのだ。
この教育に昔の太陽は疑問に思っていた。
「どうして仲良くできないんだろ……もっと話せば分かり合えると思うのになぁ」
純粋な少女は広い世界を見て回りたかった。
しかし自分を取り囲む柵と憎悪が、純粋な少女を縛り付け自由を奪っているのである。
いつか広い世界に出たいと叫んでいた。




