師匠との約束
「……か…殿下、アーロン殿下」
エーベルに何度か名前を呼ばれていたようで、エーベルが金縁の眼鏡を掛け直しながら送ってくる心配そうな視線に気づき、急いで顔を上げた。
「ああ、すまない。どうした?」
「それ、アーロン殿下がいま手にされているそれ、やっぱりきっちり飾られますよね?それともどっかに隠されたりしますか?」
やや真剣な顔をしながら、俺が手にする人形を指した。
エーベルは、俺の誕生日にたくさん届いたプレゼントを余す事なく飾ろうと全容を把握するために、とりあえず届いたプレゼントを全て俺の執務室の中央にある打ち合わせ用の大きなテーブルに全部並べる作業をしてくれている。
プレゼントを飾ろうと思っている壁際にあるチェストは、各国の皇太子殿下から頂いたものがところ狭しと並べられており国際色豊かなことになっているから、整理もしなければならない。
もちろん各国の皇太子殿下から以外にも、僅かだが国民の皆さまから頂いたものも並んでいたりする。
国民の皆さまから頂く物が僅かであるのは、大半は陛下宛に届くので、「殿下」の俺に届くのはとても珍しく、数が少ないのだ。
そんな中、俺はチェストの前で誕生日プレゼントに頂いた木彫りの人形を手にしたまま物思いに耽っていたようで、エーベルに呼ばれるまで全く気づかなかったのだ。
「——飾るよ」
「やっぱり気にされておられるのですね。その木彫りの人形、あとひとつの小人が届いたら、最後はプリンセスが届いてしまいますね」
エーベルが少し気の毒そうな目で俺を見てくる。
「ああ、そうだな。師匠との約束の年まであと1年しかないな——」
小さなため息と一緒に俺は手にしていた木彫りの人形を中央の大きなテーブルに静かに置いた。
この木彫りの人形はあるお伽話をモチーフに製作されている。
鏡好きの美魔女な継母お手製の毒りんごをうっかり食べてしまった色白の姫と個性豊かな7人の小人の悲喜劇のあの有名なお話だ。
「これ、毎年一体ずつ贈られてくるなんて、師匠の圧が凄過ぎて——」
エーベルは俺がテーブルに置いた木彫りの小人の人形を再び手に取ると、小人の頭を撫でまくっている。
「人形は精巧で可愛く罪はないのですが…まさかあの師匠が剣からノミに握る物を替えるなんて、あの頃は考えられなかったですね。あの豪快でやたら滅多強い師匠がこんな繊細な才能をお持ちだったとはね」
——そう、俺とエーベルが「師匠」と呼ぶのは元騎士団長でいまは故郷の辺境に帰り辺境伯として、国境を守ってくれているカーター辺境伯だ。
俺の遠縁にあたり、父とは従兄弟だ。
俺とエーベルは俺が10歳の時から8年間も一緒にカーター騎士団長に剣を習った。
そして俺が成人を迎えた18歳の時に、教えることは一区切りついたとカーター騎士団長は騎士団長の職を辞し、辺境の領地を継いだのだ。
「お前らが吾輩のことを8年経っても忘れずに噂してくれているなんて、うれしいもんだな」
懐かしい聞き覚えのある大きな声がし、開けっ放しになっていた執務室の入り口を慌てて見ると、木の扉よりも茶色のよく日に焼けた顔が執務室を覗き込んでいた。
「「師匠! 」」
俺もエーベルもほぼ同時に声が揃う。
「お前らふたりとも元気そうだな。相変わらずふたりでイチャイチャしとるのもあの頃と変わらんのう」
呆気に取られている俺らの顔が面白いのか、師匠は顔いっぱいに笑みを浮かべながら、遠慮など微塵もなくズカズカと執務室に入ってくるとエーベルが手にしていた木彫りの人形を取り上げた。
「吾輩からのプレゼントを飾ろうとしていてくれたのか?」
師匠は愛おしそうにその木彫りの小人の頭を撫でると、他の5体が並んでいるチェストに置いた。
これでとうとう小人は6体目となった。
「し、師匠! 今日はどうされたのですか?」
人形を取り上げられたエーベルが咄嗟に我に返ったようだ。
「んん?今日は陛下にちょいと相談と報告があってな。そのついでにお前らの顔を見ようと思って寄ってみたんだよ」
ガハハハと笑いながらも、そんなに大して目が笑っていないところを見ると、俺にも用事があったのだろう。
このタイミングだ。察しはついている。
「カーター辺境伯、此度は私に誕生日プレゼントをありがとうございました。いま、頂いた小人を飾ろうとしていたところですよ。師匠もお変わりなくお過ごしのご様子で、安堵しました」
俺は姿勢を正し、キラッキラ「殿下」の隙ない笑顔を貼り付けた。
師匠が少し面食らった表情を見せ、頭をボリボリと搔く。
「アーロン「殿下」、余裕なさ過ぎだぞ。そこまで拒絶反応をしてくれるな」
師匠は目尻を下げながら、苦笑いをした。
——やっぱりその件か。
俺と師匠の約束。
『小人が7人揃っても婚約または結婚をしていなければ、最後の年に「生身のプリンセス」を用意する』
「ご用件は例のお約束のお話しでしょうか?」
俺の言葉を聞いた師匠の表情が引き締まった。
「今年で6体目だ」
「承知しております」
師匠と俺は睨み合うように瞳と瞳を交わす。
エーベルはハラハラした様子でことの行方を固唾を呑んで見守っている。
「わかっているなら、それで良い」
「あと1年、私なりに全力を尽くします」
俺は少し怒りを孕んだ瞳で真っ直ぐに師匠を見る。
「どうだか。陛下が心配されておったぞ」
チッ。親父め。師匠に本当のことを言うなよ。
それにしても師匠が陛下に相談——
そういうことか——
「陛下に相談とは姿絵——ですよね」
「おう!察しが良い。吾輩の娘の姿絵を持ってきたぞ。『生身のプリンセス』を届ける根回しをね」
ニヤッとされ何か悪い事を企んでいる時の悪い顔は現役で騎士団長をされていた時と少しも変わっていない。
そうだった。師匠はかなりの軍師だった。
今ごろ思い出すなんて——。
「エーベル! 」
「はいっ! 」
エーベルが大きな声で師匠に呼ばれ、直立不動に姿勢を正す。
まるで、8年前に戻ったようだ。
「お前も他人事ではないんだぞ! お前にももうすぐ6体目を送る予定だ」
「ヒィ! 」
そう。エーベルも毎年これが届いている。
エーベルと目と目で通じ合う。
エーベルが俺に訴えるかのような視線を送ってくる。
(アーロン殿下、俺はいま、あのお伽話のように美魔女の継母の毒りんごをかじって、うっかり気を失いたいです)
(でも、通りすがりの王子に寝込みを襲われてキスされるんだぞ)
(アーロン殿下なら良いですよ)
(——んん?)
「お前らなぁ。相変わらずそうやって、目と目で会話するな。だから他のご令嬢が入る隙がないんだ。ふたりの距離も近過ぎる! 」
久しぶりに師匠の顔を見れたのに、こうやってふたりで師匠に怒られるのは、少しも8年前と変わっていない。
この小言も俺とエーベルを思ってのこと。
呆れ顔で俺たちにプリプリしてくれている師匠。
離れて8年も経っているのに師匠の愛は変わっていない。
それはうれしいのだが…
さて、この手強い師匠との約束をどう躱そうか。
ちらっとエーベルを見ると同じタイミングで目が合う。
どうやら、同じことを考えているようだ。
「ほらまた。そうやって会話する! 」




