お礼状
俺の誕生日weekが無事に終わった。
とりあえず、各方面から「来年は一緒に祝ってくれる良い人がいるといいですね」みたいなことをすごい遠巻きに言われたが、深い意味を全く理解していないふりをして、全部スルーしておいた。
ひとつひとつに反応していたら、キリがない。
なにが「一緒に祝ってくれる良い人」だ。
ありがたいことにこんな俺でも多くの方が誕生日を祝ってくれた。いまでも、本当にありがたいと思っている。それだけで本当に十分なんだ。
まずは、この場をお借りして、私の誕生日をお祝いしてくれた方々にお礼申し上げます。
(読者の皆様もありがとう)
まだまだ未熟な私ですが、国民のみなさまに愛される皇太子殿下になるよう、一層精進していく所存です。
それにしても「殿下業」の場合、誕生日当日は「特別な誰か」とふたりきりでお祝いをするとか、ロマンティックなこととは皆無だ。
他国の殿下も話していたが、ちょっと読むのが気恥ずかしく後ろを通る人に注意しながら読む恋愛小説にあるような「特別な人」が使用人と相談して豪華なディナーを準備し、プレゼントを用意してくれていて、花や蠟燭で飾り付けられたテーブルでふたりで過ごすというのは、我々の「殿下業」では、ほぼほぼ不可能だ。
ディナーでそのようにふたりきりでお祝いとか出来ると素敵だし憧れるが、我々は「王城」に住んでいる。
多くの殿下は祖父母、父母と3世代の同居だだったりする訳で、下手をすれば兄弟の家族も一緒に住んでいたりするのだ。
だから、お祝いは「みんなで」が基本だ。
特別なひとりだけが「殿下」を独占することは難しいのだ。
しかも誕生日に関わらず我々は公務が普通にある。世の中の多くの人がそうだよな?
「誕生日だから休んで良いですよ」みたいなそんな優しい社会に俺は残念だが身を置いていない。
あえて自分で「誕生日は働かない」と決めていたら別だが、いまのところ誕生日に休んでもすることがないのでそれをしたことはない。(そこのあなた、淋しいヤツだと思ったなっ!)
そんなことを心の中で呟きながらいつの間にか、ペンを持つ手が止まっていた。
いま、俺は1通、また1通と誕生日のお祝いのお礼状を書き上げている。
あまりにも大量なためにお礼状を書く手が痛くなってきたところだった。
「アーロン殿下、お茶にされますか?」
俺が執務机でペンを持つ手を止めて、ぼんやりとしていたのを見て察してくれたのだろう。隣の執務控室で書類作業をしていたエーベルが手を止めて、わざわざ立ち上がって聞きにきてくれた。
「いや、大丈夫だよ」
少しお茶を飲んでもいいなと思ったが、エーベルは忙しいそうだ。エーベルの手を煩わせほどのことでもない。
エーベルは俺の執務机に山積みになっている誕生日のお祝いカードをチラリと見た。
「あんまり、無理されないでくださいよ。私もお手伝いしましょうか?」
「エーベル、ありがとう。でも、気持ちだけもらっておくな」
エーベルは、俺がそう言うとわかっていたのだろう。微笑み頷くと自分の机に戻った。
そう。
お礼状は必ずどんなに大量でも俺は自分で書くようにしている。
文官たちに言わせたら、そんなに大量ならわが国が誇る製紙技術や製本技術を応用して印刷してしまえば良いという。
しかしだ。
以前、俺の書いた手紙をすべて保管されているとこを偶然にも目の当たりにしたことがある。大事そうに綺麗な箱にしまわれていた。
うれしかった。
大切にしてくれていると思うと同時に自分の言葉や字で書く大切さを実感した。
自分の書いたものを、こんなにも大切にしてくれている。そのことが、俺には何よりもうれしかった。
「殿下」からのお礼状や手紙は、家宝として、あるいは歴史的文書として、何百年ものちまで保管されることがある。わが国も、わが王家もそうだから、俺にはよくわかる。
きっと何百年ものち、俺のお礼状も文化財となって、「ダイハン王国のアーロン殿下からの誕生日祝いのお礼状」として展示され、多くの人が目にすることになるだろう。
その時、印刷されたものなら、当時の製紙技術や製本技術を知る貴重な史料になるかもしれない。代筆されたものにも、それなりの価値はあるだろう。
けれど、俺はそれでは何か違う気がする。
手紙を家宝として大切に保管してくれる人がいるのなら、俺も自分の言葉で、一字一字、心を込めて書きたい。
だから俺は、お祝いの言葉や品を贈ってくれた一人ひとりに語りかけるように文字を綴る。
俺は、この作業が嫌いではない。
そしてこの手紙を携えて、一件一件配りに行ってくれる係の者がいる。
きっと、激しい雨が降る日も風が強い日もあるだろう。喉がヒリヒリ渇くぐらいの暑さの時もあるだろう。
もしかすれば危険な目に遭うかも知れない。
それでも「殿下の手紙」を命を張って必ず届けに行ってくれる方がいる。
その人たちの努力に報いるためにも、俺は自分の言葉で綴り手書きすることにこだわり続ける。
「アーロン殿下、一緒に休憩しましょう。俺も煮詰まってきました」
気がつけば、エーベルが茶器とお菓子を持って執務室の入り口に立っていた。
「いいね。エーベルも一緒にお茶にしよう」
エーベルの眼鏡の奥の瞳が安堵したのがわかった。
俺はエーベルにそんなに心配させるほど、根を詰めてお礼状を書いていたのだろうか。
執務室の中央にある大きな机に二人分のティーセットと菓子をエーベルが並べる。
俺はその隙にたくさん書いたお礼状で真っ先に書き、一番下になっていたお礼状を取り出した。
「アーロン殿下、用意できました。どうぞ」
「ありがとう。エーベルこそ、先に座って」
「いや、そこはアーロン殿下でしょう」
少し戸惑うエーベルを座らせるべく、椅子をひいて着席を促した。
「お先に失礼します」
眼鏡を掛けなおしながら不服そうにエーベルがなんとか先に座ってくれた。
「エーベル、俺の誕生日に手紙をありがとう。これはそのお礼状だ」
俺は立ったまま、椅子に座るエーベルに手紙を差し出す。
「——なんで、俺が書いた手紙があるとわかったんですか!手紙に名前を書き忘れていたはずです」
なんて愚問なんだろう。エーベルは少しもわかっていない。
「何年、エーベルの字を見ていると思っているんだ。エーベルの字はすぐに見分けられる。一目でわかるぞ」
名前を書き忘れた手紙のことがバレて恥ずかしそうにするエーベルが珍しく耳まで真っ赤にさせている。
「ねぇ、俺からのお礼状を早く受け取ってよ」
俺はエーベルの手を取って、俺の手紙を握らせた。
「今年もありがとう」
エーベルと手が重なる。その手が温かい。
エーベルからもらった手紙は全て保管している。
エーベルから幼い頃にもらった誕生日プレゼントの箱を利用している。今年もまたそこに入れる手紙が一通増えた。
エーベルも俺の手紙を全部、俺が幼い頃に渡した誕生日プレゼントの箱にしまってあるのを知っている。
俺はそれを見て、自分の言葉や字で書く大切さを知ったんだよ。
エーベルはいつも俺に大事なことを口にしなくても教えてくれる。
いつもありがとう。
普段はキリッとしているエーベルが珍しくものすごく照れている。
そんな貴重な姿を見られたことが嬉しくて、俺は思わず笑みをこぼした。
いつもは冷静なエーベルが、俺の手紙ひとつでこんな顔をしてくれる。
そう思うと、なんだか胸の奥がくすぐったい。
そのとき。
「あなたの身の回りのものを俺のプレゼントで埋め尽くしたいぐらいの独占欲はありますよ」
一瞬、エーベルの心の声が聞こえた気がして、俺の体温が急上昇した。




