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花言葉

 今日は俺の誕生日だ。

 誕生日だからと、朝から宮廷楽団が俺の私室に来て、目覚めの一曲を演奏したりとか、夜に誕生日パーティーと称して豪華な舞踏会が催されて、そこで貴族の女性たちとの偶然を装った出会いとか、お見合いが仕込まれているとかそんな派手なことは一切ない。(それらは何年か前に実行されようとしたところを俺が全力で阻止した)

 

 いつもの朝が始まり、いつも通りの日常だ。

 乳母殿が俺を起こしに来る前に着替えて、いつもの日課である誰にも見られずに私室で身体を伸ばしたり、素振りをして身体を動かし一汗かく。

 

 乳母殿は毎年、俺に誰よりも1番にプレゼントを渡そうと朝一番にプレゼントを持ってきてくれる。

 だから、何年か前に誕生日の朝に花を一輪だけ頂く約束をふたりでした。

 それならすぐに飾れるし、乳母殿の金銭的負担を含めいろいろな負担はそれほどにならなくなるし、ずっとこの先も続けやすいだろうと考えてのことだ。

 

 乳母殿に頂いた一輪だけの花は1日だけ飾ると押し花にして、栞を作っている。

 栞の台紙は初めて作った時からずっと同じ材質の紙に同じサイズのものを使用し、過去のものと統一感があるようにしている。

 押し花の台紙にペンで年号を書き入れて、いつの誕生日に頂いたものかをわかるようにする。

 

 ちなみに俺は必然的に皇太子教育を学ばされたので、恋愛の基礎知識として我が国に伝わる花言葉は完璧だ。

 他の国の主要な花言葉もほぼ完璧だ。

 その花言葉を栞の裏面に小さく書いている。

 

 余談だが、花言葉を間違って覚えたり、解釈を間違えると珍事件に発展するらしい。

「かなりの確率で勘違い野郎になるから、必ず花言葉はきっちり覚えてください」と、家庭教師がすごい圧とともに真顔で教えてくれたことがあった。

 家庭教師の経験からくる凄みだったと思う。

 真に受けた俺は、必死で覚えた。

 自作の単語帳を作るぐらいには必死だった。

 だから花言葉にはうるさい。

 純粋に「綺麗な花だな」と思える心はとうの昔になくなりいまは「何のことを指しているのだろう」と裏を読んだり、深読みをする。

 花束をもらった時は花言葉を並べて、メッセージ性を考える。

 庭園に花が植えられていたら、庭全体から発せられるメッセージを読み取ろうとしてしまう。

 花を頂いて素直に喜べないのは「殿下業」が少なからず影響しているのだろう。

 

 さて話は脱線したが、乳母殿が毎年違う花を俺に贈ってくれるので、今は花が違うだけの栞が何枚もある。

 栞は調べ物をよくする俺には、非常に便利だ。

 だから、毎年その一輪の花を乳母殿がどんなものを選んでくれるのか、とても楽しみにしている。


 さて、その楽しみにしていた乳母殿から毎年恒例の一輪の花が届くと丁寧にお礼を言い、前日から用意していた一輪挿しに挿し、朝食のために食堂に向かう。

 食堂には、いつもは俺よりお出ましが遅い父と母がすでに揃って待っていてくれた。

 なんだかとても良い笑顔というか、何かを企んでいる顔だ。

 父は少し苦笑いしている?

「おはようございます。お待たせしました」

「「おはよう。アーロン。お誕生日おめでとう」」

「ありがとうございます」

 ふたりは普段より明らかにソワソワしている。

 プレゼントなのか?と厚かましくも想像しながら席に着く。

 そして、普段は花なんぞ飾られていないテーブルの上に花が飾られているのがすぐに目に飛び込んできた。

 瞬時に父母たちの怪しい笑顔の意味を知る。

 赤のガーベラに、赤のラナンキュラス。

 そして、たくさんのバラ。

 笑顔を崩さないように細心の注意を払いながら、目だけでそのバラの本数を冷静に数える。

 27… 28… 30本といったところか。

 そして、瞬時に花言葉を頭に浮かべ並べ替える。


 赤のガーベラ     常に前進

 赤のラナンキュラス  あなたは魅力に満ちている

 バラ30本       ご縁を信じています

 

「う、美しい花ですね。テーブルが華やかになって素敵です」

「アーロンが気づいてくれてよかったわ」

 母が無邪気に喜んでいる…ように振舞っているが、下手くそな演技でバレバレだ。

 その横で父が少し気の毒そうに俺を見ている。

 

 父も母も、「陛下業」「王妃業」の達人だ。

 貴族社会で生き、百戦錬磨の彼らは当然、花言葉に精通している。

「歳をひとつ重ねたわね。アーロン」

 母が目の奥が笑っていない細い目をして微笑み、圧をかけてくる。

 その母の無言の圧力に屈しないとばかりに、俺は嘘くさい満面の笑みを貼り付ける。

「歳を重ねたといってもまだまだ尻が青い若輩者です」

 テーブルを囲んで、母と俺の熱い「火花」が散る。

 火花の花言葉は…「激しく意見がぶつかる」だ。


 母が花を使ってまで俺に言いたいのは「また歳を取ったのだから、いい加減に前向きに良い人を探しなさい」だ。

 それに対して俺は「まだ未熟者だから考えられない」と応酬したわけだ。

 そして今朝、乳母殿から頂いたプレゼントの一輪の花を思い出す。

 ああ…… 今年はラベンダーだったな。

 ラベンダーの花言葉は「沈黙」だ。

 確か、あの花には心を落ち着かせる効能があったな。


 そういうことか。

 乳母殿は母が花を用意していたのを知っていたのだな。

 俺に、落ち着いて上手くこの場面を躱せと。

 

「んふ」

 それに気づいて思わず笑いが出てしまった。

「アーロン? 」

「すみません。さぁ、冷めないうちに美味しい朝食をいただきましょう」

 

 俺を思っての母の行動に乳母殿の行動に、それを優しく見守る父。


 俺は愛されている。

 

 それをしみじみと噛み締める誕生日の朝食だ。

仲睦まじく朝食を囲む王家一家を心配そうに見守っている乳母殿と多くの使用人に気づいた陛下が、心配かけたねとこっそりウィンクされたそうです。



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