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プレゼント

 自分の誕生日が明後日に近づき、普段から俺と頻繁に接触している人々が俺に内緒でコソコソと動いているのが気配でわかるこの頃。

 どんな食べ物が好きだとか、私物の色は青色系統が多いとか、いろいろと持ち物や行動をよく見られていて視線を感じたりもする。

 なんだか周りは忙しそうなのに、逆に俺は少し時間ができて世界から置いてきぼりをくらったように淋しく感じることもある。

 

 こういう時は俺が 「いつもの場所」にいないことの方が、俺に内緒の計画や準備がはかどったりすることもあるだろう。

 そういう気配を敏感に感じ取ったら気を利かして、何年か前からしていることがある。


「エーベル、この後の執務の予定は入っていないよな?」

 今日のスケジュール一覧表は、わざとらしく昼から予定がひとつも入っていない。

 きっとそういうことのなのだろう。

 エーベルがわざと昼から空き時間が出来るように調整したのだろう。


「はい。入る予定もないですよ」

 仕事人間のエーベルがスケジュールの予定が埋まっていないことをとても良い笑顔で応えるところを見ても、間違いなく「準備の邪魔だからどっかに出かけてくれ」と心の中で叫んでいそうだ。

 「ちょっと城下まで誕生日祝いのお礼を書く便箋やメッセージカードや品を買いに行ってくる」

 エーベルの目が大きく見開く。

(いま、机の下でガッツポーズしただろう)


「承知しました。いつものお店辺りでしょうか?」

「そうだよ。だから護衛もいらないし、夜まで帰らない。だから俺を待つ必要もないからエーベルも今日は好きに帰宅していいからな」

 帰る時間もしっかり伝えておく。それだといつ俺が帰ってくるのかドキドキしなくて済むだろう。


「わかりました」

 冷静を装ってはいるが、エーベルの声が少し上ずったので、これは誰かと結託していると確信する。

 どうやら俺はエーベルの計画通り動けているようだ。

 でも、それがわかっていても聞いてはいけない。これも暗黙のルール。


 執務室に置きっぱなしの街歩き用のシャツにサッサっと着替えて、ズボンにお金やハンカチを無造作に突っ込んで、ジャケットを手に、そそくさと執務室を後にする。

 エーベルは澄ました顔で「いってらっしゃいませ」なんて言う。

 いつもなら「剣を持ちましたか?」「護衛は?」「何時に帰りますか?それは執務室ですか?私室ですか?」「ごはんは?」と乳母や母上のように口うるさく聞いてくるのに、なにも聞いてこない。

 

 王城の廊下に出てチラリと後ろを振り返れば、「影」と呼ばれる馴染みの古参の護衛(ほぼ俺のストーカー)がニヤリと笑い手を小さくひらひらと振った。

 今日は彼一人が俺の護衛らしい。

 そうだと思った。


 厩舎に行くと、俺が外出するのがわかっていたかのように、いつも俺が使う馬が馬装されて用意されていた。

 馬でひとりで外出するのは滅多に出来ない。

 馬を撫でていると、ようやく心の中でなにかが弾ける。

 

 厩舎係に丁寧にお礼を言うと、手綱を握った。


 一気に王城の坂道をくだり、その勢いのまま堀の橋を渡り、城下の街ではなく、そのまま川沿いを下る。

 川沿いの一本道を無我夢中で駆け抜ける。

 飛ぶようにどんどん景色が流れていく。

 心地よい風と草の匂いと、川の水音。そして開ける視界。

 ようやく陽が落ちる手前で目的の場所に着いた。


 目の前には紺碧の海が広がる。

 なかなかひとりでは来れない場所。

 あまりにもの美しさに時間を忘れそうになる。


 波打ち際を馬を引いてゆっくり噛みしめるように歩く。

 波音しか聞こえない世界。

 波が引いて押し寄せては、俺と馬の足跡が消されていく。


 これはエーベルからのプレゼント。


「俺の自由な時間」だ。


 誰にも立ち入ることが許されない不可侵の時間。

「殿下業」にはこのような時間はほとんどない。

 それがわかっているエーベルは俺が大人になってからこの時間を作ってくれる。

 

 いまも馴染みの古参の影一人だけが、松林の中で煙草を吸いながら俺の様子を見ていることだろう。

 それでも彼から話しかけてくることはないし、手練れの影である彼は安全を確認すると吸っていたたばこの煙のように気配を消す。


 一刻。

 ただ紺碧の海だけを眺める。


 そして、俺はまた「殿下業」に戻る。

 乱れたシャツの襟を正し、ハンカチで顔の汗とテカリを拭き、手櫛で髪を整えると、姿勢正しく騎乗し王城に向かって丁寧に走りだす。

 先ほどのようにめいいっぱい馬を飛ばすことはしない。



 そして、城下の街の入り口付近で馬から降りると、ズボンのポケットに忍ばせている小銭を確かめながら、すぐにそのあとを追ってくる古参の影を待ち構える。

 彼が苦笑いしながら俺に追いつくと、彼も馬から降りる。


「今夜は俺の酒につきあってほしいんだけど、時間ある?」

 俺の提案に彼は日焼けした顔をくしゃくしゃにして目を細めると、返事するかのように無言で俺の背中をポンと一つ軽く叩く。


 彼が肩を組んできて、ふたりで並んで馬を引きながら夜の街に消える。


やっぱり「殿下業」に戻るのはあと2時間後にしよう。

 

余談ですが、アーロン殿下御用達の便箋とメッセージカードのお店は、とある王家筋の方が経営されているお店の支店らしいです。

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