発熱3 突然の自由な時間
俺が発熱でふらふらしながら寝室に戻ると、乳母殿が心配そうに扉の前をウロウロしながら待ち構えていた。
俺が寝着に着替えるのを今か今かと待ち、着替え終えるとすぐに乳母殿に背中を押され、強制的にベットに連行されると、過剰なまでの毛布を掛けられて、寝かしつけられてしまった。
乳母殿はカーテンを閉めながら「お水は飲みますか?」「侍医を呼びましょうか?」「毛布はもっと掛けましょうか?」「食事は取れそうですか?」と、とにかく矢継ぎ早に質問責めにしてくる。
幼い時のような扱いに少し苦笑しながらも、相当熱が高いのか、ひどく悪寒がするし眠い。
早くひとりにして眠らせて欲しいのだが、乳母殿が悲壮なまでぐらい心配する気持ちは良くわかる。
俺には兄弟がおらず王家の一粒種だ。
万一俺に何かがあったら、後継者がおらずこの国は後継者争いの危機となる。
本当は俺が生まれる前に「兄」となる人がいたはずだったが死産だったと聞いている。そういう事情も影響しているのだろう。
だから、本当にこういう時は周りが俺の病気に過敏になり、過剰反応をする。
しかし、この乳母殿。俺がベットに入って安心したのか「子守歌でも歌いましょうか?」とうれしそうに冗談交じりで笑いながら聞いてきた。
乳母殿に「滅相もない」と手で制しながら丁重にお断りすると、久しぶりに歌えると思ったのにと真剣に残念がる。
確かに俺が大人になったいま、その歌を聞く機会はもうないかも知れない。少し懐かしく寂しく思い、「では俺に子どもが出来たら頼むな」と言い掛けて、慌てて口を押さえる。
そんなことをうっかり言ってしまえば、風邪から復活したあかつきには再びお見合いの釣書が山積みにされているのは間違いない。
高熱で判断力が鈍っている。これ以上喋るのは危険だ。
廊下が騒がしくなり、そろそろ来るだろうなと思っていたが、俺の想像どおり母が俺の様子を見に来た。
本当にみんな心配症だ。
「アーロン、具合はどうなの?」
心配そうな表情で俺を覗き込む。
「母上までありがとうございます。熱が少しあるだけです。今日は1日お休みをさせていただきますね。エーベルが俺が処理できなかった決裁をお持ちしますので、後はよろしくお願いします」
母上はそれを聞いて眉を八の字に下げ、ため息を吐く。
「こんな時まで仕事の心配をしないで。仕事のことはいまは忘れてゆっくり寝なさい」
「ありがとうございます」
俺は母上にお礼を言うと、もう話す元気もなくなり(失言をしてしまう前に)ひどい眠気に抗うことをやめて目をそっと閉じた。
気づいた時には夕暮れで、それでもまだひどく眠くて再び目を閉じると、気づいた時にはすでに夜だった。
時間もわからず、星と月で時間を知ろうと起きあがろうとするが、身体が怠くて起き上がることが面倒くさい。
諦めてもう一度寝ようと目を閉じれば再び目を開けた時は朝だった。
それからは寝過ぎで目が冴えて、眠れない。
天井と睨めっこする時間がもったいないと感じてしまい、何かを考えたくなる。
調べたいことを思いつきベットから這い出て、本棚に行くと法律書を手に取った。タイミング悪く乳母殿が様子を見に来て、悲鳴に近いような小言を言われる。
追加の本を王城の図書室にある本棚から取ってきて欲しいと「人生最後のお願い」と上目遣いで懇願すると、俺のお願いごとに弱い乳母殿は困ったように「『最後のお願い』はいくつあるんでしょうね」とケラケラ笑うと快く引き受けてくれた。
とりあえず今回の発熱で、明日までのスケジュールはリスケされている。俺に突然出来た自由時間だ。
そう言えばエーベルも発熱して寝込んでいると侍女達から聞いた。いつも激務に耐えてくれているエーベルだ。こんな時こそ、ゆっくりして欲しい。
そうとなれば、やる事はひとつ。
エーベルのことだ。
先日、発熱に気づいてなかった俺は熱に冒されて、歴史的文化遺産について壮大なテーマをエーベルに語ってしまった。
きっとエーベルはそのことをしっかり覚えていて、自身が回復し、登城出来るようになったらそれについて、いまの我が国の現状や考えられる方向性、各国の取り組みなどを調べ上げて、まとめ上げてくるはずだ。
その前に明日までに俺が言い出した本人なのだから、簡単にまとめ上げてエーベルに報告したら、あとは担当の部署に回すだけで、エーベルの負担も減る。
そうとなれば頭はまだふらふらするが、急に元気が出て来た。
無駄に広いベットに乳母殿が図書室から取ってきた本を並べ、俺は大きな本を下敷きにベットにインクをひっくり返さないように細心の注意を払いながら、この王城と城下の主要構成要素(城郭・城・王立図書館・大聖堂、市街地などを含む複合体)を名付けて「ダイバン国歴史地区」として、歴史的文化遺産としてどう価値をつけて保護をしていくのか、まとめ上げていく。
昼食もそこそこに時間が経つのも忘れて、作業に取り掛かる。
時々、俺の様子を見にくる乳母殿に「寝てない!」と怒られるが、ベットの上なので「寝ている!」と屁理屈で応酬する。
翌日も怒られて昼寝を挟みながらも(子守歌を歌われた)、とうとうプレゼン資料10枚と添付資料を仕上げることが出来た。
発熱後の初の登城日。
執務室やエーベルの執務控室、廊下を掃除しながらエーベルの登城を待つ。
そして、長い廊下の先にエーベルが見えたのだが…
彼の胸に大事そうに抱えられている封筒が見えた。
きっと通勤中の馬車の中でも作業をしていたな。
そんな急ぎの仕事があっただろうか?
まさか——
俺の姿を確認するなり、その資料を握って手を振って走ってくるエーベルを見て思った。
絶対にエーベルも歴史的文化遺産についての資料を作ってきたな——
後日談:アーロン殿下は無駄に広いベットの新しい活用方法として「資料作成する場」と周囲に意気揚々と語り、しっかりと周囲の期待を裏切り落胆させたらしい。




