発熱2 アーロン殿下視点
今朝は起きた時から、なんだか頭がふわふわしていた。
ぼんやりとして考えがまとまらないし、足も地についていない気がしていた。
エーベル曰く、俺は熱があるらしい。
言われてみれば、身体が火照っているような気がするし、ひどい眠気もある。
心配そうな表情をして俺の発熱を確かめたエーベルは、先ほど乳母に俺の体調を伝えに行った。
きっと寝室の準備なども頼みに行ってくれたのだろう。
もういい大人なのだから、寝室に戻ったら自分でするから言わなくて良いと言ったのに、今日の予定にあったいろいろな打ち合わせの中止を文官達に連絡をするついでもあるからと、貞の良い言い訳を言われ、少しも俺の意見を聞いてくれない。
だから俺はいま、執務室の机にポツンと残された訳だが、山のように積み上がっている決裁を上から取ると、ひとつひとつ読み込んでいく。
文官たちが優秀すぎて、俺に訂正を入れさせる隙すら作ってくれない完璧な決裁。
誤字脱字だけでも見つけたくて、目をお皿のようにするが見つけられない。
ムムっ。やっぱり文官達は優秀だ。
読み込んでは印を押す作業の繰り返し。
あと少しで終わる目処がついた時に、エーベルは息を切らせて戻ってきた。
「うわ!なに仕事をしているのですか!」
戻ってきた第一声がそれだ。
「時間があったから、少し片付けておいたよ」
目が三角になっている怖いエーベルを少しでも茶化そうと、ふわっと微笑んでみるが全くの効果なし。
「もう、休んでいてくださったら良かったのに。残りは後閲にしてもらって、先に王妃様と陛下に回しますから心配しないでください」
エーベルは俺から書類を取り上げると、瞳を覗き込んできた。
「ご自分では自覚がないと思いますが、目がしんどい時の目になっていますよ」
エーベルの大きくてひんやりとした右手が優しく俺の左頬を包んだ。
「ん。冷たくて気持ちいい」
思わず目を細めて、その手に頬擦りをした。
「——アーロン殿下」
なぜか顔を赤くしているエーベルと目が合った。
「エーベルも顔が赤いけど熱があるのではないか?」
俺は心配になって、エーベルの両頬に両手で触れた。
エーベルの頬は手と同じでひんやりとして気持ちが良い。
火照った自分の手が冷やされていく心地よさに何度もエーベルの頬の冷たさを確かめるように優しく触れる。
「頬は冷たいね。でも顔が赤い。エーベルも熱があるかもしれない」
俺はエーベルの頬を両手でグッと自分に引き寄せると、額で熱を確かめる。
エーベルの瞳と俺の瞳が間近で合う。エーベルが珍しく狼狽えている。
やっぱりしんどいようだ。
よりエーベルの額の温度を感じ取ろうと俺は目を閉じて、真剣に額に意識を集中する。
エーベルが急に熱くなったような???
「やっぱり俺の方が熱いかな?わからないな」
目を開けると、エーベルの顔は本当に真っ赤だ。
やっぱり熱がありそうだ。
「ねぇ。エーベル。俺からの提案なんだけど、エーベルも寝たほうが良さそうだ。いまから家に帰るのも大変だろうし、具合が良くなるまで俺と一緒に寝る?」
幼い時はよく一緒に昼寝もしたのだから、今日も問題ないだろう。
ベットはなにを期待してか、ここ最近だが俺に断りもなく無断で、大人ふたりが寝ても十分なぐらい大きなベットに新調されたしな。
「何を言ってるのですか?」とゴミでも見るような冷たい目で俺を見てくるエーベルに期待しながら、怒られないように可愛く首を少し傾けてみた。
「——アーロン殿下…」
口元をプルプルと震わせて、エーベルは顔を真っ赤にしながら、視線を俺から下げた。
とその時、執務室の開けっ放しになっていた扉の方で物音がして、ふたり同時にそちらに目を向ける。
「お、お取り込み中、す、す…すみません。修繕係です」
俺達の視線の先には古参の修繕係の下に最近入った若い弟子が立っていた。
エーベルが咄嗟に俺と距離を取る。
「我々は、お、お取り込み中ではない!!」
エーベルのその必死さに思わずお腹を抱えて笑ってしまう。
焦って吃るエーベルを久しぶりに見た。
やっぱり調子が悪いのだろう。
あれから俺は2日間高熱が続き、その後に熱が下がり出してゆっくりと回復に向かったが、しばらくは鼻水がズルズルだった。
エーベルもあれから発熱したらしいが、彼は1日寝たら熱も下がり、鼻や喉に風邪が残ることもなかったそうだ。
まるで幼子が罹患すら知恵熱のようだと、後日報告を聞いてそう思ったが、それは俺の心に留めておこう。
それにしても、エーベルが知恵熱を出すようなことが起きたってことだよな?
それが何なのかだいぶ気になるところではあるが、エーベルはなにもなかったようにいつも通りなので、なにがあったのか聞くのは野暮ってもんだろう。
そして、俺たちが寝込んでいる間になぜかホットニュースとして城下で俺とエーベルが恋人同士だと、まことしやかに語られていたらしい。
その手の噂だけは風邪よりも急速に伝播するのはなぜだ?




