第五百十九話:水底の悪鬼
街のあちこちを流れる河のせいで道に迷ってしまい、マーマンに市場はどこか聞くと。
「この街一番の市場? そんなら向こうだよ。そんな格好でいくのかい? 人族なら船がいるだろうし、マーマンがいないと何かと危ないよ」
と言われた。どういう意味がトアと顔を見合わせたのだが、その理由は実際にその場所についたらわかった。複数の支流が交わるその場所は五十メートルはあり、その両端にずらりと商品を乗せた船が並んでいた。中には移動しながら販売している船もあり、マーマンは防水性の袋を担いで泳いで市場を移動している。人族や獣人は泳いでいるものもいるが、基本的には船にのって買い物をしている。
「確かにこれはこの街の『大通り』だな」
「旦那さまー。貸舟をしているだ。一つ借りるべ」
河岸にある階段付近ではマーマンが小舟を貸してくれるらしい。トアが銀貨を二枚渡すといくつもある小舟の船首に結ばれた紐が解かれる。
「おもしろそうだ。乗ってみよう」
慎重に足を乗せる。うん、しっかりした造りだな。
「流石旦那様。気味わるいほど安定しているだ」
「鍛えてるからな。トアも水にビビらなくなったな」
エルフの森からの道中で泳ぎが苦手なことが発覚したトアだったが、その後の船旅の最中にファスの地獄の特訓によってかなり泳げるようになっているのだ。うん、ファスは僕にも容赦はないがパーティーにも厳しいからな。
「そりゃ、ファスの水流に比べればこんなもん怖がりようがねぇだ。ほれフクちゃん出てくるだよ。楽しいべ」
(ハーイ)
トアが胸元を叩くと、その盛り上がりを押しのけるようにフクちゃんが現れる。いや、なんてうらやましい所からでてくるんだ。そのままフクちゃんは飛び上がって少女の姿になる。ワンピースの裾がひらりと舞っていた。今日の髪型は耳の下で束ねたツインテールである。うん可愛い。
「これ、どうやって操作するんだ」
「普通に棒を使うらしいだな。ちょっとやってみるべ」
トアが5mほどの長い棒で水底を押すと船がスーっと動き出す。おおう、昨日も乗ったけどこの滑るように進む感じは独特で面白い。
「風が気持ちいいな」
「ボクもやりたい!」
「んじゃ、交代でするだよ」
当然僕も代わってもらって小舟の操作をしてみる。真っすぐ進ませるのが難しいが、慣れるといけるな。
「旦那様、いい加減操作を代わるだ。主人に船を運転させるなんてファスにバレたら……もうバレてるだろうけんど、オラが怒られちゃうだ」
「えー、楽しいんだけどな」
「いいからいいから、旦那様はデンと座っとくだ」
そう言われたらしょうがない。一通りフクちゃんと操船を楽しんだ後はトアに任せて市場を回る。
といっても魚の目利きなんか僕にはできないけどな。ただ、並んでいるものを見るだけも楽しいもんだ。
「あっ、昨日食べた貝があるな」
「紅玉貝だべ。店主は……」
船には貝が入った籠だけあって、売り手は見当たらない。
「はいよ!」
水中から威勢よくマーマンの男性が飛び出してきた。
「うわっ、水中にいたのか」
「そりゃ、船を押してたからね。マーマンならそうやるのが手っ取り早いのさ」
「なるほど。えーと、貝ください」
「あいよっ。獣人のベッピンに免じてオマケしとくよ」
「ありがとう。おっちゃんもいい男だべ」
その後も果物や新鮮な魚を買いながら市場を回る。河が細くなる場所があり、ここでぐるりと引き返す感じで逆側の店を見て回る。一周回って船を返せばいいか。ただ、こうして買い物をしていると、少し人込みに紛れてこちらを見ている気配を感じた。顔に出さないようにして【念話】を起動させる。
(二人共、聞こえるか? 誰かがこっちを伺っている気がする)
(だべな。しばらく前からオラ達を見ているやつがいるだ)
(ダネー)
トアもフクちゃんも気づいていてらしい。
(あぁ、人数はふた――)
(四人だべな)
(ヨニン)
(……うん、四人だな。間違いない)
二人しかわからなかったんだけど。索敵は苦手だぜ。恥ずかしいのでわかってた風でいこう。ファスがいれば誰がついて来ているか確認できるが、今はいないしどうするかな。
(相手に心あたりが多すぎる)
カルドウスの配下に宙野達もいるしな。
(メスでなかったら、なんでもいいだ)
(水中にいる。マスターを引き込むつもりかも)
(ふぅん。んじゃ、そうさせるか。トア、叶さんの船酔いの加護受けてるか?)
(受けているだ。引き込まれても呼吸はできるだよ)
(僕はファスとの特訓で水中でも一時間以上は平気だし、相手の出方を見よう)
何気ない振りをして、貸舟屋に戻ろうとトアが操船して他の船とすれ違って微かに速度が遅くなった時に水中からヒレ付きの手が伸びて僕の手を掴む。
「旦那様っ!?」
「マスター」
二人がこっちを見るが、事前に相談した通りあえて引き込まれる。【竜人化】の効果で水中まではっきりと見渡せる。日の光が船と船の間から差し込み、緑色に見える。綺麗なもんだな。水面までは三メートルと言ったところか。そして僕を引き込んだマーマンの男達がニヤリとこちらを見ている。冒険者? トアとフクちゃんが言う通り四人だ。がっちりと両手を抑えて川底に押し付けてくる。上裸の格好に全身入れ墨まみれだ。どう見てもカタギじゃないな。その中で一番体の大きいマーマンが顔を寄せてくる
『おい、死にたくなかったら。身ぐるみと上の女を置いていけ。あの犬獣人はとんでもねぇ上物だぜ。白いのも貴族に高く売れそうだ』
水中なのに、はっきりと声が聞こえる。どうやら【スキル】のようだ。便利だな。
とりあえず上に安否を知らせよう。じゃないと、フクちゃんがコイツ等を殺してしまう。
(引き込まれてみたけど、なんか普通に追いはぎっぽい。あと二人を狙っているから適当に相手する)
(了解だべ。あー、でも、フクちゃんは我慢できねぇみたいだ)
派手な音がして、フクちゃんが飛び込んでくる。ワンピースがその華奢な体に張り付いたとかと思ったらすぐに水着に切り替わっている。
『マスターばかりずるい、ボクも遊ぶ』
【念話】ではなく、先程のマーマンのようにしっかりと声が聞こえた。え? フクちゃんも水中で喋れるの?
『こいつ【水話】ができるのか!?』『だけどヒレもエラもねぇぞ』『なんだこいつ!?』
明らかに普通じゃないフクちゃんに僕を抑えているマーマンも叫んでいる。うん、川底に立つフクちゃんはあまりに神秘的で化生にしか見えない。ゾッとするほど美しい化生だ。
『水球の魔物のどれかが持ってた【スキル】。マスター、二体は貰っていい?』
(いいぞ、敵のボスは僕がもらおう)
川底に足裏を当てて【ふんばり】を使って抑えていた二人を跳ね飛ばして、川底に立つ。
『なんだ!』『白い子供といい。コイツ等、人族なのに息が苦しくないのか!?』『落ち着け珊瑚飴でも口に含んだに違いねぇ』『じゃあ、なんで流されずに普通に立ってんだよ!?』
(良く喋るマーマンだけど、そんな暇あるのか?)
『ないよねー、それじゃオジサン達、ボク等と遊ぼう』
フクちゃんが指先を振ると、日光を受け糸が煌めく。相手が縛られたと気づく前には捕縛は終了しフクちゃんの背中から一本の巨大な蜘蛛足が出て二体を踏みつぶす。猫が虫で遊ぶように蜘蛛足で右に左に縛られたマーマンを転がしていた。
『『ぎゃああああああああ』』
『ひぃいいいいいいいい!』
水の精霊と見まがう可愛らしい少女から巨大蜘蛛足が生えて襲ってくると言うあまりに冒涜的な光景にリーダー格が正気を失ったような悲鳴をあげながら水上へと浮かび上がろうとするが、そうは問屋がおろさない。水中戦でケリをつける。
「ガバボブホボッフっ!」
相手は僕だと言いたいが、全然言葉にならない。しょうがないので水流を掴みながらリーダー格と横で逃げようとするマーマンに近づく。散々水中戦の修行をしたおかげで、今の僕は【掴む】で水の抵抗を受け流し【ふんばり】で水を蹴りながらながら移動することができる。マーマンだろうと水中で僕から逃げられると思うなよ。関節を極めて水底に引き込む。
『ヒィ、なんで人族が水中をそんな速さで、ぎゃああああああああ!! 助けてぁええええ、引き込まれるぅうううう!』
【水流捕り:転回小手投げ】
上の船には一切の波も立たないほどにこの場に水流を集中させて相手をぶん回して地面に叩きつける。油断せず体を川底に固定しながら相手の腹を殴りつけた。
『ごべぇええええ』
『なんだ今の動き、人族じゃねぇ! 鬼だぁあああああ、化け物が二体いる! 誰か助けてぇええええ!』
一瞬でボスが倒されたことに、残ったマーマンが悲鳴をあげた。失礼な。僕はどこからどうみても人間だろうが! 半狂乱で水上へ逃げ出そうとするマーマンを水流操作で引き寄せて、丁寧に首元のエラを塞ぐように締め上げる。下手に攻撃するより安全に落とせるからな。フクちゃんもマーマンで遊ぶのに飽きたのか、蜘蛛足の先を突き刺して毒を流して昏倒させていた。白目をむいて痙攣しているが、多分大丈夫だろう。
こうして四体のマーマンを捉えた僕は四人を持ち上げて水を蹴って船に上がる。
「ただのチンピラだったよ。ポカルの家族の手掛かりがあればいいと思ったけど……どうしたんだトア?」
船の上で待っていたトアは耳をペタンと閉じて項垂れていた。そういえば、なんか周囲が静か……。
気が付けば、周囲のマーマン達が青い肌をさらに青くしてこちらを見ている。ど、どうしたのかな?
「旦那様……マーマン達の悲鳴は水を伝ってこっちまで聞こえてたかんな。そのおかげで旦那様が悪くねぇことはわかってもらえてるけんども……流石に人族がマーマンを河底に引き込むのはマーマン視点では恐怖以外のなにものでもねぇだ」
「……いや、僕は周囲に被害がでないようしただけで。ほら、水上に逃げられたら他の船に迷惑かかるし……」
「どんまいマスター」
必死に弁解しようとするが、周囲のマーマンは全力で僕等から離れていく。ぽんぽんとフクちゃんに肩を叩かれて励まされたのだった。こうして僕こと吉井 真也はノーツガルへ入って二日目にマーマンすらも河底に引き込む化け物として噂が広がり、その日のうちにマーマン達の間で【水底の悪鬼】と呼ばれることになるのであった。
【宴会芸人】【リトルオーガ】【死線の英雄】→new【水底の悪鬼】
次回こそはお使いと改造をすませます。
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