第五百十八話:資材のお使い
停泊した船での夜は航海中よりもずっと快適で、深く眠れた。揺れが少ないのでハンモックではなく、毛布の上で眠れたのも良かったのかもしれない。まぁ、よく寝れた本当の理由は他にあるのだが。
「ん……おはよー、真也君」
「おはよう、叶さん」
昨晩は「千早ちゃんばかりズルい」と気合の入った叶さんにほぼ襲われた構図である。バフや回復を使ってまで色々仕掛けてくるので油断ならない相手だった。ある意味でこういったコミュニケーションにも武道的なニュアンスあるな。少なくとも、昨晩は戦いだった。結果は……まぁ、柔らかくほほ笑む彼女を見れば明白だろう。
まだ、眠そうな叶さんがクセのついた髪のまま僕にもたれ掛かる。反対側ではファスが首に腕を回して背中から抱きしめて来た。
「おはようございます。ご主人様……こうしてゆっくり起きるのも久しぶりですね」
「船旅中は交代で見張りしてたしな。んー、起きるか」
「そうですね」
体を起こすと子蜘蛛姿のフクちゃんが頭上から降って来た。昨晩は別室でポカルやトアで過ごしていたはずである。
(おはよー、マスター)
「おはようフクちゃん。いい朝だな」
フクちゃんを頭に乗せて、船倉を出て船尾楼に向かうとハンモックの上でトアが鼻提灯を浮かべていそうな幸せな表情で眠っている。わざわざ一緒のハンモックで寝ていたらしくその胸にポカルが……なんていうか埋もれていた。
「うぅ……むがぁ、うぅ……」
「すぴー、すぴー」
穏やかに寝息を立てるトアとは対照的に抱きしめられたポカルは息がしにくそうにしていた。羨ましくもあるが、あの状況は角度によって本当に息ができなくなるので救出した方がいいだろう。ついて来たファスがそっとポカルを抱き上げる。
「大丈夫ですかポカル。あれは私も経験がありますが、非常にダメージがあります。……主に心に」
「ハッ! ファスさん。おはよーっす。なんか、でっかい蒸しパンに包まれていた夢を見たっす。卵と牛乳がたっぷりの高級なやつっす。食べたことないけど……」
(トア、オキロー!)
フクちゃんがトアのお腹の上で飛び跳ねる。
「わふっ!? な、なんだべ。朝だべか、うーん、皆、おはようだべ」
「トアは一度、自分のそれが如何に凶悪か自覚するべきです」
「なんのことだべ? な、なんかファスが怒っているだ」
「怒っていません。ただ、沸き上がる感情を整理しているだけです」
「絶対怒ってるべ!?」
「皆、とりあえず朝のストレッチしようよー」
ドアからこちらを覗きながら髪を纏めながらそういう叶さんの提案に皆でしたがい、ポカルも入れて朝のストレッチを行う。それが終わると、トアが船尾楼に備え付けている振り子式のコンロで朝食を作り始め、僕はギースさんの剣の型をゆっくりと行う。横ではファスがポカルに受け身を教えていた。
「後ろ受け身はお腹を見るんです。地面をしっかり叩きますが、指先ではなく掌で叩くようにしないとケガをしますよ」
「わかったっす」
うんうん。ファスの教え方はとてもわかりやすい、ポカルも熱心に後ろ受け身や前受け身を練習していた。叶さんはその横でフクちゃんと片手取りからの型をしているし、皆かなり上手になったな。
そうしているうちに、トマトを煮込んだいい匂いがしてトアが鍋を持ってくる。
「できたべー。簡単トマト煮だべ。今日は柔らかいパンもあるだよ」
「うっし、朝稽古はここまで。互いに礼!」
僕が宣言すると、ファスとポカル。叶さんとフクちゃんが向き合う。
「んー、朝の運動って気持ちいよね。フクちゃん、ありがとうございました」
「ありがと、ございました」
しっかり礼をして稽古を終えて、皆で鍋を囲む。テーブルなんて無いので板をしいて地べたに座るスタイルだ。トマト煮にパンを浸して食べるがこれが美味い。トマト煮にはこれでもかとチーズがかけられており、旨味マシマシ栄養マシマシだ。それでいて甘味と酸味のバランスが絶妙で食欲を刺激してくるので朝からついつい食べ過ぎちゃいそうだ。
「ん、紬ですね。他の生産班の【転移者】の方もいるようです」
ファスが食事の手を停めて桟橋の根元の方を見ると、荷車が見えた。動物が荷車を牽いているのがわかる。迎えにいくと、ファスの言った通り紬さん達が船の改築の為に来てくれたようだ。
「やぁ、真也。いい朝だね」
ズボンに丈夫そうなブラウスをきた紬さんと作業着姿のなまらトリオを歓迎すると、彼女達はさっそく船を見て目を輝かせていた。
「スッゴ!! 魔物素材がふんだんに使われてる! 竜骨も魔物の骨だよね?」
頭にタオルを巻いている【鍛冶士】のクラスを持つ渡刈さんが目を輝かせていた。
しまった。この船の異常性を説明するの忘れてた。魔物素材に関しては夜に勝手に船首の飾りとかが食べていたり、勝手にそうなってたりとかしてたんだよな。だってこの船、幽霊船だし。
「あー、うん。多分……その件についてはちょっと説明してもいいかな?」
「何か訳ありのようだね」
とりあえず甲板に上がってもらう。トアの朝食を前になまらトリオが目を輝かせていたので、トアが追加のパンを焼いてくれた。早さを優先して発酵しなくても済む固めのパンだがトマト煮に浸すとこれはこれで旨い。大人数になった朝食を終えると、ポカルに許可をもらってこの船をどうやって手に入れたのかを話す。特にポカルの【クラス】についてはマーマンからの扱いも含めて秘密になっていることも伝えた。
「――というわけで、ポカルの【クラス】のこともあって普通の造船所に持っていくことができないんだ。勝手に魔物の素材を与えれば使っているようではあるんだけど……」
「ふむ、おかしな気配を感じると思ったがそういうことか。まぁ、我々は問題ない……ラン? どうした顔を青くして」
【付与術士】であり、ブラン・ロゼの団員達の整髪もしているという戸石 蘭さんはキョロキョロと周囲を見ながら紬さんの腕を掴んでいた。
「だ、だって、本物の幽霊船なんでしょ? なんで皆怖くないの!?」
あー、それ系だめなタイプだったか、同じなまらトリオの渡刈さんと金井さんはへっちゃらのようで船に興味津々だが戸石さんだけは怖がっているようだ。
「大丈夫っす。怖い幽霊じゃないっすよ」
「幽霊は全部怖いじゃああん!?」
「私としては幽霊船で一泊したいくらいだが、しょうがない。明るいうちにランの担当する作業を終わらせよう。ポカルちゃんと言ったね。君がいれば船の……つまり幽霊と意思疎通はできるかい?」
「朝の内はあんまりできないっす。暗くなればお話できるっす」
紬さんの問いかけにポカルは手を上げて答える。
「フム、それなら午前と午後で作業を考えるか。今日はこの船は使わないということでいいかい真也?」
「うん。特に航海の予定はないな。何をするか話は纏まってないけど、手伝うことがあるならするぞ」
「ふむ、資材運びくらいかな。内部を拡張するさいに、拡張された部分を埋め合わせることが必要なんだ。この船を造船所に運べないなら、加工された木材が必要になるが……マリ、素材は【複製】できそうかい?」
紬さんに声を掛けられたのはなまらトリオの一人で【彫金士】のクラスを持つ金井さんだ。もう一つのクラスは確か【複製士】だったな。文字通り、何かをコピーできるのだろうか?
「エルフさんが乗る幽霊船……最高! え、何ですか王子?」
そう言えばこの人ファスに凄い興味持ってたな。ファスが無言で僕の背中に隠れる。
「【拡張】をする際の素材は【スキル】で代用できそうかい?」
「あー、全部は無理かな。いくらかは木材欲しいかも、ただ元々この船色んな木材使っているから、とにかく丈夫なのがいいかな。この地域ならドムオーク材だと思う。加工はナエちゃんの【スキル】で過程をすっとばして出来るからとにかく大きいのが欲しいかな」
「了解した。なら、我々と物資班に分かれるべきだな。真也お使いを頼まれてくれるかい?」
「ドムオークって木材を運んで来ればいいんだな。任せてくれ」
重たいものを運ぶのはいい鍛錬になるしな。というわけで、ここから港の反対側にある造船所に行くことになった。一応船が悪さをしないかポカルは船に残らないといけない。パーティーで話し合った結果。昼食の食材も買いたいということで昨日、ブラン・ロゼに行かなかったトアとフクちゃんが一緒にいくことになった。金井さんからもらったメモを持って造船所へ向かおう。まだ行ったことはないが、遠目からでも船を作っているのがわかる大きな作業場だ。
「木材を仕入れる前に朝の市場を覗くだよ」
「さんせい。デートだデートだ」
少女姿のフクちゃんが上機嫌で僕の腕を引っ張っていく。
「あんまり、寄り道したらファスが怒るぞ。でも、市場は行きたいよな。何か情報があるかもしれないし」
というわけで少し道に迷いながら街へ入り、市場へと向かうのだった。
次回、市場巡りと幽霊船の改造です。
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