第五百十五話:『松明丸』
実際の所、船着き場を買って船を拠点とするのはいいアイデアに思えた。元々少人数で運用するには十分すぎるほどスペースあるし、緊急時には移動させられるのはどう考えても便利だ。荷物の固定も慣れたものだし。
「でも、せっかくここを拠点にするならもっと快適にしたいよね。おっきなベッドはマストだよ」
「……もうちょい台所が広ければ料理の幅が段違いに広がるだよ」
「母の魔本の解析も進めたいですし、固定できる棚が欲しいですね」
(布を染そめる部屋ほしイ)
「オレもこの船好きっす! 掃除当番頑張るっす!」
ポカルが元気いっぱいに言っているが他と違ってそれは要望じゃないぞ。フクちゃんは自分で織った布を染色したいようだ。うんうん、楽しみがあることはいいぞ。しかし部屋が足りないな。
「皆の意見は全て取り入れよう。船大工とかにお願いすればいいのかな?」
「いやいや、真也君。前の街で大工さんに怪しまれてたじゃん。マーマンの間で死霊術士が警戒されている以上は下手に船に外部の人を入れない方がいいよ」
叶さんに突っ込まれる。確かにそれはそうか。となるとやはり紬さんにお願いするのが良さそうだ。
「オラは飯が作れるように台所の整理をしとくだ。荷物も広げねぇとな」
「オレも手伝うっす」
(イッテラッシャーイ)
というわけで、トアとポカルとフクちゃんは船でお留守番をしてくれるらしい。僕とファスと叶さんで再びブラン・ロゼの拠点の屋敷へ向かう。すぐに千早と紬さんが出迎えてくれた。再び結界を通り抜けて、屋敷に入ると女子達の視線が突き刺さる。
「……何だ?」
「何、ちょっと『話し合い』をしたまでさ。ここは騒がしいから執務室へ行こうか。ちょうど、千早の剣の修理に区切りがついたところだ」
紬さんはいつものジュストコールを羽織る姿ではなく、簡素なブラウスとズボンというこれまたボーイッシュというか中性的な格好だった。作業をするときはこういう格好なのだろう。千早はいつも通りの乗馬服である。
「どこからかあんたがとんでもないお金を持っていることがバレたのよ。……私達はそれほど余裕のある生活じゃなかったから、そういうことに敏感な人が多いのよ」
「ギルドで盛大に話していたから普通に耳のいい種族の人達は聞いていたかも……いや、隠密班の仕業かもね」
ジロリと叶さんが周囲を見渡すと何人かの女子が露骨に目を逸らした。まぁ、彼女達が僕等のことを調べるのはしょうがないことだろうとは思うけど、ファスが露骨に体を寄せてきているしこれは色んな意味で警戒しないと大変なことになるぞ……主に僕が。
「留美子は今、情報収集をしに街へ出ているわ。貴方達へ渡す報酬の一つとして竜を信仰している怪しげな団体について調べてる所よ」
「助かる。それとお願いばかりで悪いんだけど……」
「真也。私の能力は君のものだ。存分に使えばいい。無論、なにか対価があればやる気がでるがね」
そっと顎に指を当ててくる。おおうドキドキする。流石もと演劇部こういう仕草が自然にでるんだもんな。そんな紬さんを千早と叶さんが力付くで引き剥がす。
「紬ぃ……あんた、やり過ぎよ」
「紬ちゃん。それ以上はファスさんが怒るよ」
「カナエ、私は一番奴隷なのでその程度では怒りません。紬もまた同じ奴隷仲間です」
といいつつ、ファスが腕を引き寄せてくる。うん、胃が痛い。
「残念だ。それで真也からの用事は拠点の改築でいいのかな?」
「うん、実は――」
かくかくしかじかと船着き場を買って船を拠点にしたことを説明する。
「了解した。船に合わせた【拡張】の紋章で内部を広げよう。揺れを軽減や移動力の強化もできるよ。あとで『なまらトリオ』をつれてお邪魔しよう。それと真也丁度良かった。千早の刀の修理について協力をお願いしたい。叶の提案による実験の準備ができたところだ」
「あぁ、なんか魔力がいるんだっけ? もちろんいいよ」
「ふっふっふ、それだけじゃないよ。真也君の手甲みたいに強化できないか実験しようよ!」
「えぇ?」
というわけで今度は本館横の倉庫を改造した生産場所へ向かう。
中では【鍛冶士】を持つ渡刈さんが、炉の前で作業をしているのだが……。
「ん、おっ来たね吉井君。待ってたよー」
「苗!? なんて恰好してんの!」
腕こそ分厚いアームカバーを付けているが上半身はタンクトップだけで汗で下着が透けているし。そもそも、普通に胸元も見えてしまっている。
「ん? あぁ、だって熱いし。耐熱の護符を持ってるから下手に着こんでも邪魔なだけなんだよね~。え? 私、女の子として意識されちゃってる? しょうがないな~。ちょっとだけなら全然いいよ!」
バキンとファスの足元が氷つき室内を冷気が包む。
「さ、寒っ!? ちょ、急に冷気が! エルフさん、エルフさんちょっと待って!」
「自業自得よ」
「渡刈はああ言っても、私と違って本気で踏み込んではこないさ」
足元まで氷が迫って来てホールドアップする渡刈さんなのだった。
閑話休題。
とりあえず渡刈さんには上着を着てもらって、千早の刀を用意してもらう。完全に折れていたはずの刀はヒビがはいっているものの一応は繋がっている状態になっていた。
「千早お姉様の愛刀『松明丸』は鞘に入れておけば直るとはいえ、流石にここまで折れると素材で補強した方がいいんだよね。本来はここまで折れると修理なんかできないけど、この刀は特別だから鍛接の要領で熱を加えて高純度の魔鉄鋼を叩き合わせれば修理できるよ。紬王子の【紋章】もあるしね。後は魔力があればと思ってたんだけど何かするっていうから、ここで工程を止めているの」
「ふっふー、苗ちゃん。鍛接の時に加えて欲しい素材があるんだ」
「叶さん……なんでこっちを見るんだ?」
叶さんがキラキラした目でこちらを見ている。嫌な予感がするぜ。
「ずばり、真也君の血を入れるんだよ! 手甲が真也君の血を吸った結果、呪物になったのなら千早ちゃんの刀も変化するかも」
「いやいや、そんな人を都合のよい素材みたいに言われても。あと呪物って……」
まぁ、呪物なんだろうけどもうちょっと何か言い方とないのだろうか?
「私からもお願いするわ。他の【転移者】と戦う為に少しでも強化の可能性があるなら試したいもの。……別に真也の呪いなら受けても良いわ」
最後の言葉は渡刈さんに聞こえないように、そっと耳打ちされた。そんなことを言われたら断れないな。
「わかった。僕の血とかでいいなら使ってくれ」
「なんか怪しい雰囲気……桜木団長と千早お姉様で三角関係!?」
「苗、いいから手を動かしなさい」
「あいあいさー」
というわけで、作業に入る。柄を外し茎が露出した刃を鍛冶箸で掴み炉に入れる。すぐに繋ぎの鋼も炉にいれた。
「いやー、ちょっと炉が冷えちゃったかなぁ」
「私の冷気のせいですね。であれば炎を出します……ガァアアアアオオオオ!」
「うぃおおおお、エルフさん。火を吹けるの!? めっちゃいい火力、もっと頂戴!!」
「ガァアアアアア!」
ファスが白炎を炉にいれて工房が一気に熱に包まれる。取り出された刃と鋼を前に渡刈さんが槌を握った。
「乗って来たぁああああ【万能修復】! 【重ね槌】!」
ハイテンションで槌を叩きながら渡刈さんがスキルを使っていく。
その横で腕まくりをした紬さんが万年筆で宙に【紋章】を書いていく。
「さて、私の出番だな【切れ味増強】【退魔刃】【剛刃】」
次々に描かれた紋章が刃に重ねられていく。槌が振られるたびに火花が散り、膨大な魔力が刃から溢れて発光していた。
「うっしゃ! 留め! 吉井君。やっちゃって!」
「了解」
渡刈さんの合図を受けて、刃の上に掌を翳し。【手刀】で皮膚を少しだけ切る。すぐに塞がるが血が滴り落ちた。
ポトリ。
白熱化した刃に落ちた血は刃の折れていた部分に触れる。そしてそれは蒸発せずに刃へと溶け込んでいった。次の瞬間、それは真っ赤な紋様を刃に走らせ、さらなる熱を内部から放出し始めた。刃から漏れ出る魔力は赤く染め上がり竜の影となっていた。
「アッツ! ちょ、なにこれ! きゃあ!」
「危ないっ!」
「【星涙光壁】っ!」
たまらず渡刈さんが鍛冶箸を手放し、僕がその身を庇うと叶さんが結界を張ってくれた。
腕の中で渡刈さんは気絶しているようだが、呼吸は問題無くできているし火傷もないようだ。
熱を放つ刃を前にファスが氷を出そうとして、千早がそれを手で制した。
「大丈夫ファスさん。この紋から問われているの。『力をどう使うかってね』」
そう言った千早の右手の甲には僕の奴隷紋が爛々と輝いている。
千早はそのまま竜の影に手の甲を示した。
「【侍】とは主君あってのもの。私は……吉井 真也の刃となることを誓うわ! その力と共に候いましょう。『松明丸』」
ドクンと胸の奥で何かが蠢く感覚がした。千早の宣誓に僕の中の何かが反応したのだ。
刃からの放熱が止まり。冷却もしていないのに刃の白熱化が収まる。
炎の波紋を宿し、烈火のごとく真っ赤に染まった一振りの刃が何事もなかったかのようにその場に置かれていた。
もちろん妖刀です。
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