第五百十話:その手があったか
工房から本館へ戻るとすでにかなりいい匂いが立ち込めていた。大広間横にある食堂では女子達がすでに配膳が始まっているようで、黄色い歓声が上がっている。匂いと声に引き寄せられるように食堂に入ると白布がかけられた長机にエプロンを付けたトアが大鍋を運び込んでその場で盛り付けの準備をしているようだ。ポカルもお手伝いで食器を運んでいる。
「あー、やっと戻って来た。真也君、こっちこっちー」
「旦那様の席はこちらでございますだべ」
「兄貴、待ってたっす」
叶さんがブンブンと手を振って、トアとポカルが配膳の手を止めて席を示してくれた。周囲の視線を感じるけど、ここにきてすぐのような警戒はされていないようだ。長机の端の上座に座る叶さんの横に案内される。僕の横にファスが座り、その横に少女姿になったフクちゃんが座り、一つ席をあけてポカルが座る。人見知りをするフクちゃんだったが、ご飯の時は人間の姿を取るようにしたようだ。唐突に現れた、白髪紅眼の神秘的な少女に周囲がさらにざわつく。
「は? 何あの子? 他種族……だよね?」「そもそも人間じゃなくない?」「そりゃそうでしょ。絶対に人間じゃないよ」「【鑑定】がレジストされるんだけど……」「か、可愛い!! 妖精みたい!!」「あの子も吉井君のパーティーメンバーなの?」「エルフさんと妖精が並んで座っている……転移してから一番異世界してる!!」
フクちゃんに近づこうとする団員達を青白い壁が阻む。叶さんが結界で止めてくれたようだ。
「さっきファスさんが紹介してくれた。二番奴隷のフクちゃんだよ。蜘蛛の姿も世界一プリチーだけど人間の姿にもなれるんだよ。言っておくけど、下手に抱き着こうとしたら大ケガするから注意してね」
日頃からフクちゃんに抱き着こうとしてほとんど拒否されているからな叶さん。
「ごーはーん」
「フクちゃん。お行儀よくしないとダメですよ」
「兄貴、オレ、お手伝いしたっすよ」
席からたってわざわざ頭を差し出してくるポカルを撫でる。
「頑張ったな。偉いぞポカル」
ポカルの頭を撫でてあげる。魚人族の髪は油分が多いらしいのだが美髪効果も抜群のフクちゃんの泡で洗っていることもありツヤツヤである。僕等の対面には千早と紬さんが席に座る。ファスとフクちゃんも並ぶと絵になるが、この二人も並ぶと視線を引き付けるカッコよさがある。
「叶、こちらの話は終わったわ。よろしくね」
「フフフ、思い出すとニヤニヤしてしまうな」
「二人なら大歓迎だよっ! 皆と話をしてこっちもちゃんと牽制を入れたけど……」
ジロリと叶さんが女子達を見るが、ファスやフクちゃんに目を奪られる女子が多い中、何人かは露骨にこっちに手を振ってくる。
「え? 何だ?」
とりあえず手を振り返そうとするが、横にいるファスと叶さんに睨まれて止める。
「叶……これは?」
「牽制したけど、何人かは興味津々で……服の上からでも真也君の筋肉を嗅ぎつけた肉食獣がいるんだよね……あと、闘技場の戦いを見てた子もいたみたい」
「なるほど……千早、紬。こうなれば貴方達も身内です。わかっていますね」
ふぁ、ファスさんによる目配せに速やかに頷く千早と紬さん。うん、すでに馴染んでくれているようでなによりです。僕の胃痛はマッハだけどね。
「楽しそうだなや。ほい、旦那様。いいとこどうぞ」
後ろからファスが皿を置いてくれる。丈夫さを優先したような金属の深皿が置かれ、濃い緑の白菜のような菜物に包まれた具材に上から金色のスープがかけられる。エビや貝の魚介の香りが立ち昇った。部屋に充満していた香りの正体はこのスープのようだ。さらに小さな小皿におむすびが置かれて出される。炒った白ゴマがまぶされているもので、綺麗な白米だった。
「おにぎりじゃん! ヤバっ!」
「前に訪れた街で日本の米に近いものを見つけたのよ。トアさんに使ってもらってよかったわ」
得意げに千早が説明してくれた。ファスが興味深そうにおにぎりを観察している。
「私の知っている米よりも粒が大きいですね。ご主人様の故郷の米に似ているのでしょうか? この形も独特ですね」
「僕等の故郷ではこの形が一般的なんだ」
「なるほど、興味深いです」
さらに小皿に海藻と小エビの和え物がそっと置かれた。最後に錫のコップにレモンで香りを付けられた冷水が注がれる。最後まで配膳を手伝った女子の一人がエプロンを外す。トアが皆の前に立つ。
「ブラン・ロゼとオラ達の協力を記念して、ささやかながら料理を作らせていただきましただ。簡単に料理の説明をしますだ。主菜はギュギネという野菜にタラの白身を包んでいますだ。スープにしっかりとつけて食べて欲しいだ。『おにぎり』は調理を手伝ってくれたモモカに教わっただ。そのまま手で食べて欲しいだ。副菜は海わかめの茎に小エビを合わせたものだべ。味付けはモモカと相談しながら皆様の口に合うように、塩分と出汁を調整しているだ。協力してくれたモモカに礼を言うだよ。とても勉強になっただ」
「私こそ、あんな美しい調理を横で見ることができて……本当に手伝えて光栄です。トアシェフ……」
セミロングほどの髪を後ろでまとめた女子がトアの手を握りしめていた。おおう、なんか背景に花が咲きそうな光景だな。
「そ、そんな呼び方されてもむずがゆいだよ」
「トアさん、モモちゃん。料理ありがとう。もう我慢できないから二人も座ってよ」
「オラはまだ、調理があるから。すぐに立つけんどな」
叶さんが促して、トアとモモと呼ばれた女子が席につき。叶さんが手を合わせる。
「せっかくだし、挨拶はやっぱりこれだよね。『いただきます』」
「「「いただきます」」」
普段からこの挨拶をしているファス達も手を合わせて皆で挨拶をする。
さぁ、食べるぞ。流石に箸はないのでナイフとフォークで主菜に取り掛かる。ナイフを入れると中から湯気が立ち昇る。切り分けたタラの身を菜っ葉と一緒に口に入れる。
ジャクジャクとした心地の良い食感からスープが染み出してタラの旨味と混ざりあう。
スープが沁み込みながらも歯ごたえを失わないギリギリの火の通し具合。ナイフをスプーンに持ち替えてスープをすする。
……潮の香り、魚の骨を炙ったような焦げの風味に後からエビと貝の味が追いかけてくる。
漁師町で食べるような潮汁のニュアンスを感じさせつつ、複雑に深みのある滋味はスープを上品に感じさせた。再びナイフを持って白身をしっかりと崩してスープと絡ませてから葉と一緒に食べるとまた違った味がやってくる。これ羽衣包みはかけられているスープとは別のスープで味付けしているのか。
「おにぎり。美味しい~、海苔があったらいいのにね」
横で叶さんが歓声を上げていた。僕としたことが、一歩出遅れてしまった。ゴマがまぶされたおにぎりを手で持ってかぶりつく。ポカルも僕を見て真似していた。
「米だ。マジで米だ」
トアが炊き方を間違えるはずも無く。わずかに芯を残した炊きたての米は柔らかく握り込まれている。
スープを飲んでから間髪入れずにおにぎりを食べることで、ゴマに塩味が足されて調和する。このスープ……食べ方によって味わい方がどんどん変化するようだ。しかもそのどれもが舌に馴染のある味である。確かに異世界の料理であるはずなのに、どこか懐かしい。気取って食べるものじゃなく本当に美味しいと感じさせてくれる。温かな料理だった。
「トア、おかわりだ!」
「早いだよ! 旦那様」
「トア、私もこの海藻をおかわりしたいです。とても美味しいです。始めて食べましたが食感がとてもよいです」
「おかわりー!」
「まぁ、こうなると思って追加の料理の仕込みとおにぎりのおかわりは作ってあるだよ。他の子達も皿を片付けるまで待つだ」
そう言って、トアも台所へ戻っていく。食べることに夢中になってしまったが団員達も感激しているようだ。
「おにぎりを手で食べるのっていいわよね。なんていうか、貴族との食事で美食は経験したけどこういう食べ方も含めてありがたいわ」
「この羽衣包みは絶品だ。おにぎりにも合うが、ワインともマリアージュしそうだ」
「す、すごい美味しいです」
「日野さん、いつのまにいたんだ!?」
千早さんの横に日野さんが座っていた。心臓に悪いぞ。
「ほい、まだ食べられる人の為にこっちも用意しただ。逆巻き河で捕ったウツボの魔物のから揚げだべ! あとは食材庫にあった魚の煮つけも出すだよ。盛り付けが間に合わないから欲しい人は並んで欲しいだ」
先程までの綺麗に盛り付けられた料理とは対照的に、どんと大皿に山盛りのから揚げがでてきた。おいおい、最高かよ。形式ばった場所でもないし、列にならんで唐揚げやおにぎりを受け取っていく。席ももうバラバラだ。皆が感想を言い合いながら、ただ料理を楽しんでいた。
「あんた、こんな料理をいつも食べているの?」
から揚げの盛られた皿を持った赤羽さんがやってきた。
「保存食メインの時もあるけど、基本的にトアが調理してくれるからいつも美味しいものを食べてるな」
「……モモの料理も美味しいし、貴族との会食も何度もあったけど。一番口に合うというか安心するわ。なんていうかプロね、プロの料理よ! 理解できない部分があるけどとにかく美味しいってことだけはわかるわ」
「ありがとう。トアにも言ってあげて欲しい」
「言ったわよ! ……ね、ねぇ、あんたのパーティーに入ればいつもこの料理が食べられるってことよね?」
その一言を口にした瞬間。魔術でも使われたかのように部屋がシンと静まり返る。
「「「……」」」
え? なんで皆『その手があったか』みたいな顔をしてんの? いや、ちょ、めっちゃ目が怖いんだけど。
「ダ、ダメよダメダメ。皆、落ち着きなさい!」
「そ、そうだよ。皆、真也君達とブラン・ロゼはあくまで協力関係だから! というか私の彼氏だからね!」
千早と叶さんが声をあげるが、皆がヒソヒソと話し合う声が聞こえる。
「エルフ様と一緒にいれる」「あの妖精さんと同じパーティー」「この料理を……いつも……」「筋肉、筋肉の気配がする」「ご飯美味しいし、吉井君優しそうだし」「あの魚人の子にも優しそうだもんね」「そもそも、桜木さんの彼氏さんだし」「この世界一夫多妻だし」「いやいや、千早お姉様が一番でしょ」「むしろだからこそっていうか」「そうそう、お姉様も王子もベッタリだし」「イケメンより強さだよね」「私等もワンチャン……」「強い男、筋肉……」「ちゅーか、私は普通に好みだし……なんか女子慣れしてるよね」「ありよりのあり」
この後、ブラン・ロゼ幹部とファス達によって、一時的に平穏を取り戻すまでかなりの時間を要したのだった。……とても怖かったです。
ブラン・ロゼのメンバーはまだ真也君に対して興味を持っている人が多いだけです。次回は街の冒険者ギルドへ向かいます。
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