第五百九話:王子ではなく女の子として
「……」
「……」
だらだらと冷や汗を掻いている千早に対してかける言葉がない。
離れた場所では、叶さんが楽し気に話しているのが聞こえるが気まずい。というか今更ながらこの空間の男女比がおかしいことになっている。叶さんの話を聞いていた女子がなんかこっちをチラチラ見ているし、大丈夫? なんか変なことを話してない?
「あっ、じゃあトアの料理の手伝いをしてくるよ」
「ダメよ」
ガシッと肩を掴まれる。
「今、一人にしないでどうすればいいのか本気で考えているんだから」
「僕に言われても、当人同士の問題だから……」
「間接的にはあんたにも関係あるでしょ!」
まぁ、日野さんがパーティー入りを考えているなら確かに関係あるかもしれないが。
一応お伺いを立てると言う意味でファスを見ると、コクリと頷く。
「単純にパーティー入りだけを希望するのなら、モグ太やプリちゃんのように眷属化の影響に入れればよいと思います。しかし、正式に私達と同じ立場になるのであれば、その際にはご主人様への忠誠が絶対条件です」
「そこの線引きは納得ね。わかったわ。留美子とはちゃんと話をして結果を伝える。私は昨日言った通り、正式にパーティー入りを……」
そこで一旦言葉を区切った千早が周囲を見渡して僕とファスの間に顔を寄せる。
「奴隷入りをするわ。ファスさんいいかしら?」
「ご主人様が認めるならば、一番奴隷として認めます。フクちゃんどうですか?」
ぴょこんとローブの中からフクちゃんが顔を出す。
(おっけー)
「ありがとう。真也?」
至近距離で睨みつけられる。僕としては昨日の試合で覚悟は決まっていた。
「受け入れる。よろしく頼む」
「……」
視線を受け止めて真剣な表情で返答すると、何故かゲシゲシと脛を蹴られる。
「なんだよっ!?」
「嬉しいのが悔しかったの」
「私が一番ですよ?」
「……私は何番なのかしら?」
(ろくばん目ー)
フクちゃんの【念話】が響く。
「え? 五番じゃないのか?」
「契約した順番と言う意味ではあのメイド姫が先と言う事でしょう。しかし、私としてはご主人様が認めた数字を優先します」
「なら私が先で五番ね。個人的に好きな数字だからそれにするわ」
「待ちたまえよ。その話ならば私も入れてもらおうか」
横から、ワイングラスを持った紬さんがやってくる。離れた位置で会話していたはずだが、どうやって会話を聞いていたんだ。まさか、盗聴とかしているのだろうか?
「紬、お酒はダメよ」
「ぶどうジュースだよ。昼間から酔うほど迂闊じゃないさ」
「チハヤは昨日覚悟を見せてくれましたが、ツムギ、貴方がご主人様にどのような覚悟を示すのか知りたいです」
ファスが鋭い視線を向けるが紬さんは動じずに顎に指を当てながら応える。
「ふむ、だろうね。しかし私はそこの脳筋と違って腕っぷしはからきしでね。そうだな、ここは人目があるしトアさんの料理が出るまでまだ時間がかかるから、工房へ行こうか……ん?」
紬さんの後ろから三人ほど女子がすごい表情でこっちを……いや、ファスを見ていた。
「あ、あのツムギさん。話し終わった? そこのエルフさんと話がしたいんだけど……」
「本物のエルフだぁ。すっごい……グスッ」
「私は吉井っちとお話したいなー、なんか雰囲気変わったよねー」
ジワジワと近づいてくる。一人は感極まって泣いていた。
「な、なんですか?」
あっ、珍しい。ファスがちょっと引いている。
「まぁ、気持ちはわかる。ファスを見たら感動するよな」
「私達の世界ではエルフは創作の中だけにいる存在だからね。憧憬に近い感情を持つのも無理はない。しかし皆、ファスや真也と話をするのは後にしてくれ」
紬さんと一緒に頷く。千早がピンと来ていなさそうなのは漫画とか小説とか読まなさそうだからか。
ファスに関しては僕でもふとした瞬間に見惚れるし、こうなるのも無理はない。
「……やはりフードを被るべきでしょうか?」
「貴方達、客人に失礼よ。ごめんなさいファスさん」
「構いませんが……」
そう言いつつも少し怖いのかピトリと身体を寄せてくるファス。
「そこかわれ、そこかわれ、そこかわれ」「そもそも、一番奴隷って……うらやまけしからん」「というか、叶さんの彼氏だったとして王子とどんな関係?」
すんごい目で見られている。いやまぁ、確かに僕の立場ってよくわかんないよな。
「真也は私の幼馴染でね。立場は……現状保留と言っておこう。真也、ファスさん紹介するよ。三人は生産班でね。今回の協力体制に置いてきっと役に立つはずだ」
「渡刈 苗【鍛冶師・万能工】でーす。団の武器とか防具とかのガワを作るのやってる感じ。加工できない物とか多分ないから、素材はなんでも大歓迎っ!」
「グスっ……この世界に来てよかった。あっ、私は金井 毬【彫金師・複製者】エルフさんの杖とか全然調整するから! あとレア素材とかスクロールがあれば私の【スキル】で一回までならコピーできるからね」
「戸石 蘭【付与術士・彩色者】団のデザイン担当だけど、髪とかも染めて色々効果つけられるし、バチバチに決まった付与もできるよー。三人の名前から一文字とって『なまらトリオ』でやってるんでよろしく!」
三人がそれぞれポーズをとりながら自己紹介してきた。やはり【転移者】らしく二つの職をもっているし、聞くからに色々出来そうな感じがするな。麻痺しそうになるけど基本的に【転移者】はチート持ちなわけで全員が【転移者】であるブラン・ロゼはそうとう強力な力を有しているわけだ。
「ブラン・ロゼの武具や防具関係は『なまらトリオ』が担当していてね。生産班としては他に食事や素材の管理をしている二人がいるが……多分、二人はトアさんの調理を見に厨房へ付いて行っているね。三人とも悪いが、ファスさんにはこれからちょっとしたプレゼンがあってね。会話は食事の時間まで待って欲しい」
「はーい、じゃエルフさん後でね! あと吉井君のその手甲も後で見せてねー」「……王子に相応しいか見極める」「エルフさんまたねー。あと吉井っちも後で―」
紬さんに言われて三人は叶さんの元へ戻っていく。圧が凄かったな。
「話の腰を折られたが、工房へ行こうか」
「そうね。私の刀も直して欲しいし」
「千早、流石にすぐには直せないよ。一旦、私から真也達に提供できるものとして紹介しよう」
というわけで大広間から中庭を通って本館の横にある石造りの倉庫へ案内される。
中は明らかに拡張されていて外観の倍は広さがある。それだけでも驚きだが、鍛冶の為の炉や金属細工に必要な工具も並べられている。奥には布を織る織機も見える。この街にきてそう時間が経ってないはずなのにこの場所は『工房』としてすでに機能しているようだった。
「急ごしらえにしては中々だろう? 私の【召喚士・紋章士】の【クラス】はかなり汎用性があってね。恐らくこの世界で唯一アイテムボックスを自作できるし、召喚術を使って大規模な拠点の移動もできる。こと、拠点制作においては私の右に出る者はいないよ。戦闘は苦手だが、逆に防御に徹すれば拠点を要塞化できるし罠も作りたい放題だ。当然、補給面も困ることはない。もし、新しい拠点を作るなら【拡張】を始め便利な効果の【紋章】をつけるから遠慮なく言って欲しい」
「わかりやすくチートだな。凄いよ紬さん」
「実際、不慣れな異世界での生活は紬のおかげで何とかなっている場面が多いわね。刀、ここに置いておくわよ。当面は予備を使うわ」
「後で真也の魔力も借りてなまらトリオと修理しておくよ。さて、どうかな真也、ファスさん。私を六番目にしてもらえないだろうか? 形としては今回のダンジョン攻略の報酬と言うことでもいいが、ちゃんと就職先は決めておきたくてね」
妖艶な笑みを浮かべる紬さん。
「ちょ、ちょっと待ってくれ。紬さんはいいのか? 何度もいうけど僕は別に特別な関係にならなくても手助けするつもりだ」
そう言うと、紬さんの表情が固まりファスと千早さんがため息をつく。なんならフクちゃんからも呆れられた気配がする。え? ダメだった?
「すまない……どうやら直接言わないとダメだったようだ」
笑顔のまま紬さんが近寄って来る。
「真也。恋人の街で君と一緒に時計塔から飛び降りた時、そのまま恋に落ちたんだ。私の心を捧げるから、君の愛が欲しい」
そのまま顎に手を置かれる。い、イケメンすぎる。
「え、ちょ……」
そのまま紬さんの唇が迫ってきて。
「な、ななな、何やってんのよ!」
「流石に見過ごせません。まずはご主人様のお気持ちが優先です」
ファスと千早が間に入る。
「む、確かに先走りすぎたか。真也、返事をして欲しい」
「そう言われても、千早のこともあって正直キャパが……」
「ハーレムを作っている男が何を気弱なことを言っているのやら。しっかり考えてくれるのは嬉しいが、千早だけを受け入れると言うのは私のプライドが許さない。今すぐ返事をしてくれ。私を王子ではなく女の子として見てくれるか?」
一瞬、紬さんの瞳が揺らぐ。女性にここまで言わせてしまって情けない。
「優柔不断でゴメン。紬『ちゃん』は素敵な女性だと思ってる。元の世界だと許されないとわかったうえで、紬さんの気持ちを受け止めたい」
「……フフ、ニヤけてしまうな。これは、いいものだ」
安心したように先程の妖艶な笑みからふにゃりと惚けるような笑顔の頬に掌をあてる紬さん。普段からこういう可愛い仕草を見せれば王子扱いもされないと思うほど可愛らしい。
「……女の敵」
「ツムギ、貴女の覚悟見せてもらいました。一番奴隷としてパーティーに入ることを認めます」
(マスター、もてもて)
こうして千早と紬さんが正式に僕のパーティーに入ったのだが……なんだろう、冷静に考えてとんでもないことになってないか?
ブラン・ロゼの生産班の紹介でした。彼女達の能力もかなり強いです。
次回はトアの料理です。
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