第五百七話:戦っちゃダメだから
千早との一戦を終えた翌日。久しぶりにベッドの上で目を覚ます。首に滑らかな感触、ファスが抱きしめてくれていた。反対側は叶さんが頭を預けてくれている。体を起こすとファスもすぐに目を覚ましてキスをしてくれた。
「……お早うございますご主人様」
「おはよう。ううん、テントもいいけどやっぱりベッドで寝るのはいいもんだな」
「そうですね。旅の寝床も嫌いではないですが、たまにはいいものです。少し窮屈ですけどね」
ファスがベッドから落下しているトアを見つめてクスリと笑う。
寝床に関しては、一度は別室にいったポカルが寂しがって一緒に寝たいといったので皆同じベッドになっている。高級宿とはいえ、ベッドの大きさ的にはギリギリだったな。
ファスが伸びをしていると、叶さんも起きたようで、目を擦りながら抱き着いて来た。
「ぅん……おはよー。まだ眠い。とりあえず【星命の完全祝福】……ん、目が覚めた。この【スキル】本当に便利だよね」
人体の恒常性を異常なレベルで保ち続けるという新スキルを叶さんが皆にかけた。意識がクリアになって朝一の目覚めがはっきりするのだが、女神の奇跡をこんな感じに使っていいのだろうか。まぁ、船酔いに使っていた時点でいまさらか。
「むにゃ……グゥ」
「起きたっす……お腹へったっす。へった? なんか食べなくても大丈夫な感じもするけど、食べれるような……でも食べるっす!」
(オハヨー、オキロー、トア)
このスキルを受けてもトアは爆睡していた。【スキル】を受けても必ずしも目が覚めるわけでもないらしい。あと、食事も必要なくなるからか空腹もある程度で止まるっぽい。子蜘蛛姿のフクちゃんがトアの上で飛び跳ねて叩き起こしていた。
朝食に関しては折角なので宿の食事を楽しむことにしようと食堂へ向かう。朝食はバイキング形式で魚卵の塩漬けにスモークされた魚にナイフで切るような固いチーズ。これらを麦パンに漬けるといったメニューだった。港町なのにチーズがメインなのはどうしてなんだろな? ただ食べてみると魚卵の塩味とチーズがめっちゃ合う。確かにパンが進むわ。
「今日はどうするんだっけ?」
食後に柑橘系の風味がするお茶が出され、それを飲みながら今日の予定を確認する。なんか、僕等らしくないほどゆったりした朝だな。
「昨日千早とも話しましたが、本日はブラン・ロゼの拠点へ行く予定です」
「全員で行くんでいいのけ? オラは情報集めに街の散策にいってもいいだよ」
「オレも、街でネーネを探すっす。昨日は寝たっすけど、夜なら協力してくれる『子』がいるっす」
ポカルは夜なら動物霊を使って探索できるからな。ただ、叶さんが首を横に振った。
「ポカルちゃん。街ではそれは使っちゃダメだよ。他のマーマンに気づかれたら面倒なことになるからね。ネーネさんのことについても、ルミちゃんが集めた街の情報を聞いてから動いた方がいいと思う。あと、トアさんも今日は来て欲しいんだ。うちの子達に日本風の料理を作って欲しいんだよ。フクちゃんにも、下着を作って欲しいし、本当にお願い。食事とちゃんした下着は私達にとって重大なことなのっ!」
「わ、わかっただ」
「わかったっす……」
身を乗り出す叶さんに圧倒されながら頷くトアとちょっとショボーンとするポカル。とりあえず、今日はブラン・ロゼに行くことになったな。一応千早達が使った【転移】の魔法陣もあるのだが、知らない人間がいきなり拠点に行くのは他の女子達が驚くので、転移はせずに徒歩で向かうことになった。ブラン・ロゼの拠点は貴族に用意された屋敷らしく、街の石畳を歩きながら【精霊眼】で場所を把握したファスに案内してもらう。
僕らが泊まった宿は街の高台にあり、港へ向かう道はなだらかな下り坂だ。坂を下り終えると水路と橋が広がっている。
「道や水路はしっかり舗装されているし、街も賑わっているな」
街には水路が多く見られており、橋も多く、その橋には必ずと言っていいほど何かの露店があった。
渡し舟も多く、船で物を売っている所も多いようだ。水牛のような動物が船を牽いていたり、魔物を使った移動手段も存在するようだ。
「そのようですね。港町だけあって、物流の拠点になっているようです」
「市場とかも回りたいなー。おっきな街だよね」
叶さんは目をキラキラさせて周囲を観察している。気持ちは凄く分かるぞ。
「料理するなら、道中で食材を買っとくべ。渡し舟を使って買い物しながら行けばいいんでねぇか?」
「オレ、こんなおっきな街初めてっす。マーマン以外の種族も多くて凄いっす」
途中で船にのり、食材を買いながらブラン・ロゼの拠点を目指す。
舟から街を見ていると武器を帯びている冒険者も多くいた。中には露骨な視線を向けてくる者もいるが、特に絡まられることもなく船を降りてしばらく歩いて広い道へ出ると程なくしてブラン・ロゼの拠点に到着。この辺は街でも貴族に管理されている建物が多い場所のようだ。なんか尖った造形の石造りの建物が多い。その一角に拠点はあるようで、門はしっかりと紬さんの結界で守られていた。
門の前に立った叶さんがくるりとこちらを向く。
「じゃあ、皆。準備はいい? 真也君はあまり前にでちゃダメだよ」
「え? 何で?」
「……色々理由はあるけど、かっこいいから」
ちょっと照れながらそんなことを言う叶さん。ファスは大いに頷くがちょっと疑問あるぞ。
「僕が言うのもなんだけど、そんなに女性に好かれるタイプじゃないと思うよ。元の世界の人ならなおさらだけど」
「真也君。もう二年近く異世界にいる女子を舐めない方がいいよ。ここから先は猛獣の檻で真也君は霜降り肉だから」
「どういう意味?」
「いいから、まずは私達に任せて」
そう言った叶さんが袖からワンドを取り出して、結界に触れると魔力の壁が消えて普通の門になる。
木製の観音開きの門を開けると、千早、紬さん、日野さんが立っていた。千早は昨日と同じような乗馬服で、紬さんは革製のジャケットにスラックスと動きやすい服装だった。日野さんはダボったしたケープを羽織っており二人とは対照的に体のラインを見えないような格好である。
「やぁ、待っていたよ。真也」
「……そうね」
「お、おはようございます。皆さん」
千早はゲッソリとしており、露骨にテンションが低い。
「大丈夫か? もしかして昨日の『試合』のダメージが残ってる?」
「違うわよ。帰ってから、皆に質問攻めにあったのよ……いいから行くわよ。とりあえず顔合わせを……」
「待ってたわよ。性懲りも無く来たわね、宴会芸人っ!」
屋敷から赤羽さんが飛び出してきた。他の女子達も後ろから出てくる。
(他にも、カクれてるヨー)
ファスのローブの中に隠れているフクちゃんからも【念話】が送られてくる。千早達が心配なのか日野さんのように【隠密】系のスキルを持つ子が隠れているようだ。
「サラ、中で待ってなさいと言ったでしょ!」
「ほ、他の子も、影から出てきた方がいいよ。この人達には普通にバレるから……」
千早と日野さんが声を挙げるが、赤羽さんは不服そうに唇を尖らせる。
「でも、お姉様。負けっぱなしは悔しいし、昨日は何されたかよくわからなかったんです」
「まぁ、手合わせするのは別にいいけど……」
手甲を締めようとすると、ファスが僕の前に出る。
「お待ちください。何度もご主人様が出る必要はありません。次は私が相手しましょう。ご主人様やカナエの同郷の方とは言え、立場の違いを判らせる必要があります」
「ムム、貴女、吉井のパーティーメンバーね。前に出るなら容赦は――」
焦った様子で叶さんが赤羽さんの肩を抑える。
「ダメっ! サラちゃん。ファスさんとは絶対に戦っちゃダメだよ。真也君はまだ辛うじて手加減の概念があるけど、ファスさんのそれはもう命の限界を見極めてそれを手加減って言い張っているだけだから! 私も模擬戦で何回も心折られているからっ!」
「桜木さん……そ、そこまで? 一応私も戦闘系の【転移者】だし。魔術師との戦いも経験しているから大丈夫だってば」
叶さんが全力で赤羽さんを抑える。思ったよりも強い調子で止められたのか、赤羽さんはちょっと引いている。
「ゴメンねサラちゃん。本当に危険だからストレートに言うけど、耐魔術師の装備をしたとしても相手にすらならないと思う。真也君を化け物とするならファスさんは意思を持った災害だから。初手で粘膜を凍らせてくるような戦術をされるんだよ? 絶対にファスさんとだけは戦っちゃダメ。港を凍らせた魔術なんか比べ物にならないことしてくるんだからね。あと、トアさんもああ見えて真也君基準の手加減だから戦っちゃダメだから。他の子達もわかった? この人達に常識は通用しないからっ! 間違っても冗談でも奇襲とかしないでね」
「カナエは私を何だと思っているのですか?」
「しれっと僕も刺されてない?」
「オラはちゃんと加減できるだよ」
なんか化け物扱いされるんだけど。毒気を抜かれたのか、赤羽さんは落ち着いてくれたようだ。
しかし、ファスは杖を変わらず構えている。どうしたんだ?
「他の人たちも出てきてもらいましょうか【氷華:アヤメ】」
次の瞬間。無数の氷の刃が、葉のような曲面を描きながら茂みや地面にその切っ先を向ける。
【隠密】をしていた女子達が涙目でハンズアップしながら出てきた。回避どころか反応すら許さない速度で展開された魔術を前に赤羽さんも自分が一体何と戦おうとしていたのか理解したらしく、叶さんの手を握って無言でコクコクと頷いていた。
そんなこと言う叶さんも、かなりエグい戦い方をするんですけどね。
もし試合をするなら手加減的な安全度は
安全度が高い順に吉井君、トア、叶さん、ファス、フクちゃんになりそう。
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