第五百六話:お説教は友情と共に
「帰るわよ。皆が待ってるわ」
前歯が当たるような勢いのキスを受けて放心していたら、立ち上がった千早にそう告げられた。
先の戦いとキスの衝撃が抜けない。悩み、葛藤し、不安の中であの最後の打ち合いの一瞬だけは全部をぶつけてきた。自身すら燃やすような激情を解放して気持ちを伝えてたのだ。
どうして僕なのか。多分彼女本人にすらそれはわからない。
でも、感情とはそんな理解の外にある感情なのだ。そしておそらく本当に彼女は『諦めない』だろう。
「……やっぱり、勝った気にならないな」
「何言ってるの? あれ以上はないでしょ。嫌味かしら?」
「違うって、ちゃんと考えて返事をするって話だ」
プイっとポニーテールを揺らしてそっぽ向く千早の耳は真っ赤だった。
「……ファーストキスだから」
そう言って返答を待たずに走りだしていった。……全力で。
「いや、ここまでの道とかわからないからっ!」
千早はすでに魔法陣に到着して、起動させていた。本当に置いて行く気じゃん!
ギリギリで追いついて訓練所の入り口に設定されている魔法陣にタッチすると景色が暗転する。
滑り込んだために、姿勢が崩れて千早ともみ合う形になる。
「ちょ、どこ触ってんのよ!」
「置いて行こうとするからだろ!」
密着した体勢で転移して、顔を押しのけられる。筋肉質に見えるけどちゃんと柔らかいんだな。とか考えていると、とんでもない殺気が全身に浴びせられる。
「「……」」
千早と一緒に静止して二人で顔を上げると、そこには表情だけ笑顔の叶さんと中性的な相貌で冷酷に見下ろしてくる紬さんの姿があった。
「二人共、後でお説教だから」
「同感だ。だが、まずは食事だな。皆が待っている」
そうして、このまま宿の一室へと戻る。部屋からはいい匂いが立ち込めていて、机にはラビオリに似た詰め物をしたパスタにトマトソースをかけた料理が置かれていた。パンも用意されており、ポカルがそわそわと料理を前に待っている。
「おかえりだべ。いいトマトが手に入ったから是非食べてくんろ」
「お疲れ様でしたご主人様」
「おなかぺこぺこー」
「兄貴、おかえりっす!」
ファス達は特に不機嫌な様子はなかった。まぁ、普段の稽古はさっきの試合よりも激しい時もあるからな。ただ、叶さんと紬さんが怒る理由もわかる。自分でもちょっと、いや、かなりやり過ぎたかなぁとか思っているのだ。
「とりあえず……食べよっか」
「ふむ、そうしようか。子供の食事を遅らせるのは私の主義に反するからね」
他のメンバーに毒気を抜かれた二人も席に座り、皆で机を囲んだ。
「そういえば、日野さんはいないのか? 紬さんはブラン・ロゼのメンバーを見張っていると言っていたけど?」
一人だけ仲間外れは可哀そうなのだが。
「い、いるよ」
ピョンとどこからか日野さんが落下してくる。えー、マジで気配読めなかった。最近は直感とかも身に着けているのだが、殺気でも向けられないと気づかないな。
「留美子、食事の時くらいは出てくるものだ。……今晩は来るのを控えようと思ったが、叶から二人がやり過ぎていると連絡を受けて来たのだよ」
慣れた手つきでナプキンを膝に置く紬さん。ちなみにうちのメンバーでそんなことする人いません。日野さんも席についていよいよ食事なのだが、全員がこっちを見ている。
え? これ、いつもの感じで始めるの?
「あー、じゃあ。食べようか。いただきます」
「「「いただきます」」」
僕が食事に手を付けてから皆も食事をしていく。
「いつもの始め方だけど、なんか緊張するな」
「ここにいるのはポカル以外は全員ご主人様の奴隷なのですから、こうするのが正しいのです。無論、チハヤ達には強制していませんよ」
「いや、ここにいる以上はこうするのが正義だからね。真也君はビシっとしないとダメだよ」
「オラとしては、群れの主から食べるのは当然のことだと思うだ」
ファスとトアはこういう順序を大事にするからな。
「郷に入っては郷に従え、というやつだ。それに、私はこういう様式は嫌いじゃないよ」
「そうね。やってみると連帯感があるというか、小学校の給食前にしてた挨拶を思い出すわね」
「ブラン・ロゼでも思ったことあるけど、チームとしてこういうの結構大事だと思う……かな」
ブラン・ロゼ組の三人は、特に抵抗はないどころかノリノリなようだ。
「オレだって、兄貴からご飯なのはわかるっす。美味しいっす。モグモグ」
「まいうー」
ポカルとフクちゃんは食事に夢中なようだ。改めて僕もパスタを食べる。詰め物の中身はチーズにほうれん草のような野菜と荒く叩いた肉だ。肉とチーズの旨味とトマトの酸味がよく合っている。これ、パスタから作ったのだろうか? すごい手間がかかってそうだ。他にもサラダやスープも標準装備だし、トアには頭が上がらないぜ。
「久しぶりにトアさんの料理を食べたけど……すごく美味しいわ。それだけじゃなくて、安心する味ね」
「全くだ。私達の舌に合うようにも感じる。この街の料理で食べた他のトマトソースよりも少し酸味が抑えられているのだね。肉とチーズなのに、胃に優しい気すらするよ。全く、こんな料理を毎日食べている叶が羨ましい」
「……食べた事ない料理なのに懐かしい、なんでだろ?」
大絶賛である。トアの料理が褒められると、自分のことのように感じて嬉しいな。
「トアの料理は最高だから」
「このパーティーの最大の強みです。一番奴隷として私も負けてられません」
「マジで女神だよ。トアさんがいないと船旅で死んでた。あと美容効果もすんごいから。懐かしいのは私と真也君の好みから日本人の好みにしてくれているからだよ。プロだよねー、他の子達にも食べさせてあげたい」
「世界一っす! 一番すごいっす! 海で一番っす!」
「トア、強い」
「やめてけろ~。オラは旦那様の料理人として普通に料理しているだけだべ。皆、大げさだべ」
トアが両手で顔を覆う。しかし尻尾はブンブン振られているので嬉しいのは間違いないだろう。
食事を終え、トアがポカルとフクちゃんをつれて身体を洗いに部屋からでると千早と僕が並んで座り対面に他の面子が並ぶ。うん、これは反省会の始まりだな。口火は叶さんから切られた。
「さて、お説教です。真也君やりすぎ」
「千早もだ。【鬼化解放】は暴走の危険性を孕んでいると説明したはずだ。一線を越えているぞ」
「……やり過ぎたとは思わないわ。真也も謝る必要ないわよ」
ムスっとした表情で千早が言い返すが、分が悪い言い訳であるとは自分でも思っているようで視線を逸らしていた。
「いや、やりすぎた部分は確かにあったと思う。でも、あそこまでやらないとダメだったと思うんだ」
「真也……」
特に最後の足踏み。あの手の喧嘩殺法はギースさんに仕込まれた技なのだが、千早の闘気に乗せられて思わずやってしまったのだ。『試合』では使うべきではなかった。その上で、必要なことだったとも思う。ファスと日野さんは何も言わずこちらを見ている。
「上手く説明できないけど、あれはお互いを傷つけあう為の戦いではなく、協力して『試合』を作ったというか。ただ暴走したわけじゃなくて、やり取りの中でギリギリまでお互いの限界を見極めた結果というか……」
お互いの感情の高ぶりはあったが、最後までラインを見極めていたと思う。あそこまで踏み込むことでしかわからないことがある気がするのだ。
「そうね。私は手加減をしてもらった立場だけど、あの試合は真也と協力した結果よ」
ここに嘘はない。顔を上げて叶さんと紬さんを見ることができる。
「カナエ、チハヤ、そろそろよいのではありませんか? 私は『視て』いましたが、二人の『試合』は確かに対話であったと感じました」
「わ、私も千早ちゃんにとっては、ああすることが一番誠意がある方法なんだと思う。ちょっと乱暴かもしれないけど……」
ファスと日野さんの一言を受けて、叶さんと紬は大きくため息をついた。
「脳筋も極まれりだな。私も千早とは長い付き合いだ。ある程度は理解はできる。ただ、戦闘の機微を読み取るのが難しい我々としては、少々刺激が強い状況だったことを知って欲しい」
「まぁ、正直な所、ちょっと嫉妬も交じっているんだよね。千早ちゃんしかこういう部分で真也君をわかってあげられないっての羨ましいもん。でもね……」
叶さんが立ち上がって千早を抱きしめる。
「どんなに強く成っても、千早ちゃんも女の子なんだから、もっと自分を大事にしなきゃダメだよ。言葉でだって気持ちは伝えられるんだから」
少し手を泳がせてから、千早も叶さんを抱き返す。
「叶……心配かけてごめんなさい。紬も……いつも迷惑かけているわね」
「そんな風に思ったことはないよ。私達は同じ男に惚れた戦友で……かけがえのない親友だろう」
「千早ちゃんはがんばりすぎちゃうんだよね」
日野さんも後ろから千早を抱きしめる。そっとファスが僕の横に椅子をずらす。
「よい『試合』でした。私はチハヤ達を受け入れてもいいと思います。ただし、私達も可愛がってくださいね」
「……全力を尽くすよ」
しっかりと向き合わないとな。
また外堀が埋まってる……。この場面は書くか悩みました。そろそろ物語が進むと思います。
ブックマーク&評価ありがとうございます。更新頑張るのでポチっていただけると嬉しいです。
感想&ご指摘いつも助かっています。一言でもいただけるとモチベーションがあがります。






