第五百五話:燃えよ恋心(後編)
真也は変わらず中段の構えを取っているが、先程までの小手調べとは圧力が全く違う。大きく、太く、深い。巨岩や大瀑布を前にただただ圧倒されるような畏怖。それらを前にした時のようにそもそもが戦う相手と脳が認識しない。
「なるほど……」
『明鏡止水』古武道の世界でまことしやかに伝えられる達人の領域の一つ。静の気質を極めた先にあるそれは殺気も敵意も己の内に深く沈め、鏡面の如く己と相手を映し捉える。刃を向けてくる相手とすら調和を目指す境地。恐らくはそれにかなり近いか似た場所に真也はいる。言葉ほど平和的な考えではない、真也がここに至る前で辿った道が見えるようだった。その静かな水面の下には己と向き合う恐怖と、信念をもって強敵と戦い続けた気概が確かに感じられた。
「最近、やっと合気道の難しさって奴を実感してきたところだ」
「私もよ。剣の道は万里を行くがごとくってね」
私は真也とは違う。己を鎮められるような性分ではない。この世界に来てから失敗ばかりで、泣いて、叫んで、迷ってきた。その道を示す。構えを正眼から八相に変える。
『気炎万丈』私の目指す明鏡止水とは対極にある達人の領域の一つ。動の気質を高めた先の境地。燃え盛る炎が如く、高ぶる心を剣に宿し振る。燃える激情は己を焦がす業火にもなり、より強く輝く為の篝火ともなる。私がその領域にいるとは到底思えない。だけど、今、この瞬間ならばその場所へたどり着ける気がした。
「羽仙一刀流、小清水 千早、参るっ!」
「ギース……いや、『合気道』吉井 真也。受けて立つ」
流派を名乗り、お互いの重心が微かに前のめりになる。先程の『先』の取り合いでは勝ち目は無かったが、ここからは戦いの前提が変わる。【スキル】も含めた私の全てを出し切る。
「【烈火飛燕】っ!」
炎を纏う斬撃を飛ばしながら、前進しその斬撃に潜り込む。
接近、斬撃は握りつぶされるが狙うは前足の脛、柄の端を握り込んで倒れながら剣を横に薙ぐ。
羽仙一刀流:雉月
真也が飛び上がり、回避。足の爪が剥がれるほどに強く踏み込んで切り上げる。
「【三日月切り】」
スキルで無理やり軌道を変えた、変形『燕返し』。慣性を無視したその切り上げに対し、真也は空中でふんばり姿勢を変えて手甲で受け流した。
「【蜂鳥】っ!」
崩れた姿勢へ攻撃される隙を消す為にスキルで連切りを放つ。羽ばたきのような左右二十六回の高速の連切りに対し、真也が空を蹴りながら地面に急降下して低い姿勢でまた受け流される。
グンッ。と身体が引っ張られた。スキルの終わりに手甲越しに『掴まれ』たのだ。
不味い。ビクともしない。このまま投げられる。
「あぁあああああああ!」
「ぐっ!」
投げられる前にとっさの頭突き。真也は一切姿勢を崩さないが不意を付けたのか微かに剣が動く。
「【重撃】」
基本スキルの剣を重く振る技で無理やり掴みから逃れる。
しかし、その代償としてスキルにより固定された剣の軌道は大きな隙を晒す。ゆっくりと真也が拳を握った。一瞬の視線の交錯、その視線に対し私は決して止めるなと訴えた。ここで寸止めなんてそんなことは許さない。額の血が流れて視界が赤く染まる中、真也はその拳を振りぬいた。
訓練場の端の壁まで吹っ飛ばされて止まる。
遅れてくる痛みは、その攻撃が防具の上からだと言うことを示していた。明確に手加減をされた悔しさと真也への賞賛で頭の中がグチャグチャになる。本当に強すぎでしょ。あんた、どんだけ鍛えてきたのよ。
「やれるか?」
「……当然でしょ」
【呪拳】を使われていたら、今の攻防で終わっていた。でも、これは殺し合いではない『試合』なのだ。私はまだ出し切っていない。息を吸って立ち上がり、額の血を拭う。骨は……二、三か所のヒビ程度ですんでいるわね。呼吸が苦しいけどまだ剣は振るえる。
「本当は見られたくなかったけど……【鬼化解放】」
右耳に着けているイヤリングを指で弾くと、燃えるような熱が耳から脳へと流れて額の右側から赤い角が突き出る。片目は紅く染まり、紅を引いたような文様が半身に浮かぶ。角から流れる魔力は腕を伝い、刃すら赤く染め上げた。細胞が躍動し、吐息は火のように熱い。
「それが【鬼姫】の由来か」
「そうよ私に適合したダンジョントレジャーによる一時的な変身。他の人間に見られたくないし、紬に長時間の解放は止められているから……次の一合に全てをかけるわ」
「わかった。こっちもそのつもりでいくよ。【呪鎧】」
真也の手甲から黒いオーラが立ち昇り、それらが鎧を広げるように全身を覆う。
「あんたも大概な格好ね。人間に見えないわよ」
笑いかけると、真也も苦笑する。お互い笑いながら構えをとる。
「……」
「……」
最後の打ち合いは同時の踏み込みだった。石畳を踏み割りながら間合いに入る。
「【烈火重斬】」
「流歩:撫で切り」
紅蓮の刃が炎を纏う。黒いオーラと衝突する。そこからの一息の時間が私達の全てだった。
私の唐竹割を真也が両の手刀で防ぐ。下を見ると足先を踏みつぶされていた【ふんばり】で固定される。さらに、呪いが剣を伝って登って来る。これが体に触れればそれで終わり。元より限界が近い。
振り絞れっ!
「【鬼陣武刃】っ!」
時間はない。実体を持つ複数の剣影にて最後の攻撃をしかける。
足は動かせない。しかし、こちらも逃げるつもりはない。近場の間合いに対し逆手に持ち替えて攻防の仕掛ける。お互いの息遣いが感じられるほどの距離で切り合う。剣影を真也が叩き落とし、呪いが私の指先にかかる寸前に腰を落として納刀。
ぎりぎりで間に合った。今こそ【気炎万丈】の時っ!
「【四連剛斬】っ!」
刹那の詠唱。魔力の爆発と共に潰された足に喝を入れて、腰を切って抜刀。間合いを潰して無理やりに振り抜く。【鬼化】を乗せた最高威力の【剛】の連撃。私に出せる最高の業。その時、真也は半歩下がり手刀を振りかぶっていた。
極限まで圧縮された中で真也の口が動く。
「【秘剣:ツルハシ】」
それは、呆れるほどに真っすぐな一撃。少しの狂いもなく私と彼の刃筋がぶつかり、刀にヒビが入る。多分、その瞬間だけ私達はわかりあえた。そんな気がした。
…………目を開けると、夜空が広がっていた。横を見ると真也が座り込んでいる。
その頬はモミジのような赤い跡がくっきりとついている。こいつの肌に跡をつけるなんて相当な一撃だったことが伺える。
「起きた? 叶さんが来てくれて回復してくれたよ。後で紬さんとお説教だってさ」
頬を撫でながら真也はそう言った。
「……あんただけ行きなさいよ。叶は怒ると怖いのよ」
「知ってる」
気だるい体を起こす。周囲を見渡すとここは試合をした訓練場のようだ。枕元には折れた私の刀が置かれている。
「負けたのね……」
「勝ったとも思えないけどな。紬さんが、剣は直せるって言ってた」
「この子『松明丸』は折れても鞘と柄が無事なら直せるのよ。そのかわり魔力が馬鹿みたいに必要になるから明日直すの協力しなさい」
「わかった」
「「……」」
さっきまで、あんなに剣で語り合ったのにこうして横に並ぶと言葉が出てこない。
しばらく二人で並んで夜景を眺める。そうしていると、一つだけ浮かんできた。
「楽しかったわね」
「……あぁ、楽しかった」
本当に楽しかった。全力でぶつかって負けて、悔しくて、それが心地よい。
疲労を言い訳に真也の肩に頭を乗せる。少し怖かったけど、拒否はされなかった。
「ねぇ……返事してよ」
「え、あ、返事?」
真也も緊張しているのかしら?
「やっぱりいいわ。どうせ諦めないから」
そう言って、真也の唇を塞ぐ。
目は閉じない。
絶対に閉じてあげない。この、女の敵め。
剣士の踏み込みは鋭く、深い。
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