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女神様の創り方  作者: 橘 佐和


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6・靴音を響かせて

 細いベルトストラップのついた、丸みを帯びたブラウンの革靴。薄い雲のように透ける白のレースの靴下。どちらも村では見たことがないくらい上等で、ユフィーリアは息を呑んで、見入ってしまっていた。

「……」

固まったまま箱の中を凝視するユフィーリアに、ルドルフはふっと笑み立ち上がる。それから狭い通路にひざまずくと、自らの曲げた膝を示して性悪(しょうわる)そうに言った。

「おみ足をどうぞ、ユフィーリアお嬢様?」

「……」

「ちょ、そんな嫌そうな顔しないでよォ……傷ついちゃうなァ」

 やることなすこと、ここまで胡散臭く見える男がいるだろうか。箱をかばいながら膝を抱えるように両足を曲げると、ルドルフは一つ息を吐き、ハンカチを取り出して、もう一度自らの膝を示した。

「ほら、足出して」

「……」

ユフィーリアはルドルフを窺いながら、再び座席から足を下ろす。普通の顔と口調に戻っていたので、今度はおずおずと左足を差し出した。

「サイズは一応、お嬢ちゃんが寝てる間になんとなく計ったから履けないってことはないと思うんだけどねえ。大きかったら、飯食ってお嬢ちゃんが早く大きくなってねェ」

(それで、履けなくなっちゃうのは……やだな)

 こんなにも素敵な贈り物なら、もうずっと身に着けていたい。今日からご飯を減らしてもらおうかとも思ったが、お腹が減るのも嫌だ。悩ましい。

(……叔父さんのところにいるときは、ご飯のことばかり考えてたのにね……)

しかしその頃の記憶さえ、このわずかな時間ですでに薄れてきている。人間はひとつ手に入れると、こんなにも欲張りになるのか――それともこの半月あまりの方が、遣り過ごしてきた十年に比べて特別だったのか……とユフィーリアが思い悩んでいる間にも、ルドルフはハンカチで軽く足裏をぬぐい、箱からレースの靴下を取り出す。それから慣れた手つきで履き口を丸めると、子供にするようにつま先からするすると履かせてくれた。

「どう?」

「……」

 下着よりもすべすべの肌触り。やわらかくて、気持ちがいい。何より、花が編まれたレースが可愛い。こんな素敵なものを作れる人の指は、きっと神様や妖精の魔法がかかっているに違いない。

 思わず頬がゆるんでしまい、ルドルフにまた笑われた。

 それからあの細く長い指に取り上げられる、ぴかぴかの靴。ルドルフは片手でユフィーリアの足首を支えると、もう片方の手で慣れたようにつま先から合わせ、かかとまではめ込むようにして靴を履かせてくれた。

(……もしかして、この人……)

 そこでユフィーリアは、ふとあることに思い至る。

 と同時に、言葉を失う。もっとも最初から声は出なかったが――だとしたらこの人は、どんな気持ちで人買いなどという仕事をしていたのだろう。

 あの夜の、無機質な瞳と気だるい態度。微塵も商(・)品(・)に興味もなさそうな言葉。叔父たちへの暴言。それらすべてが、自分の仕事を否定しているように今は思える。

 仕事だけじゃない。自分自身さえ。

 だからこそ、いい加減で軽薄な態度で、怠そうに生きている。

 そう思えば喉が、胸が――つかえたようにくっと苦しくなる。嫌悪感とも異なる、なんとも言えない不可解なもやもやとした想いが、ユフィーリアの胸中に強く湧き起こった。

「――はい、いいよォ。立ってごらんよ」

「……!」

 ルドルフの声にはっとして足を見れば、ぼろのスカートのすそから、真っ白なレースの靴下ところんとした靴の先が覗いている。

「……」

思わず長く息がもれた。ルドルフが立ち上がり、脇にどくのにつられるように立ち上がれば……かつりという軽い音がした。

(……高い!)

 ルドルフを見上げれば、ほんの少しだけ顔が近くなった気がする。

(こんなに厚い靴底、初めて……どこに体重かければいいんだろう。つま先? かかと? でも……なんだかすごく、特別になった気分……)

背が伸びたような錯覚を覚えながら、ユフィーリアは自身の部屋である檻の中に向かって歩いてみる。

 こつ、こつ、こつ。

 靴と床が触れ合う音が、心地よく耳に響く。小さくもなければ大きくもない。ちょっと窮屈で硬いような気もしたが、今まで裸足だったせいでそう感じるのかもしれない。

 振り返れば、ルドルフが顔の横でパチパチと手を打った。

「いいじゃない、変に歩きにくさもないみたいだし。似合ってるよォ。イイ革使ってるから、履いてるうちにもっとしなやかになって馴染んでくるだろうし。いつだか知らないけど、十六になったばっかだったんでしょ? パパやママがくれる純粋な贈り物とは違うんだろうけど……まあ、イイでしょ。くれるもんはさ」

「……」

ユフィーリアはぎゅっとスカートを握り、足元が見えるようにたくし上げる。レースの靴下と靴だけを見れば、まるで足だけ切って交換してきたかのように、お金持ちのお嬢様だ。

 普段ユフィーリアたちが手にできる靴は、革や布を接いで袋状にし、足をくるんで紐で結ぶだけの、簡素なものでしかなかった。靴底も基本的には革で、こんなにおしゃれな靴は、村長の娘さんだって履いてはいなかった。

 こんなに――良いものをただ貰ってしまって、本当にいいのだろうか。でも嬉しさで、どうしても口角が上がってしまう。それに、どことなく気恥ずかしさもある。

「……」

窺うようにルドルフを見上げ、呟くように「ありがとう」と唇だけで伝えれば……ルドルフは無言のまま顔を隠すように帽子を深くかぶり、

「――じゃ、おじさんはご飯食べに行ってくるから。お嬢さんの分はあとで持ってきてあげるから、それまでまた、いいこにしててねェ」

といつもの口調でそれだけ告げて、ランタンを取り行ってしまった。

「……」

 ユフィーリアは何とも言えない気持ちでその背を見送る。馬車のステップを踏む音が聞こえて、その背も見えなくなる。遠ざかっていく灯りに、暗闇が滲みていく。またひとりぼっちになると、心の中のもやもやが密度を増して、さらに大きくふくらんだ気がした。

 視線を斜(はす)に向けて、数秒。毛布と一緒に置いた人形の足を見て、同じだと思う。あのお姫様のような人形と。

「……」

 ユフィーリアは思い切って、足を前に踏み出す。

 たん、たん、たん、たん。

 靴底と床が、鳴る。鼓動のように、聞こえる。今、自分が存在している音。

 とんっ、とステップを踏み馬車を飛び出せば、数台並ぶ馬車の向こうに消えていく灯があった。

(……足、痛くない)

えぐられるような石の感触も、薄皮を剥がされるような凍った土の感触もしない。それどころか、足が軽くなったようにさえ感じる。

(走れる。まだ、追いつける)

 だったら――。

 ユフィーリアはぐっと地を踏みしめた。だが――

「……っ!?」

――まさに駆け出そうとしたその瞬間、行く手を阻むかのように、自身が踏んだ地面からさあっと植物が伸びた。

(どうして――)

 するすると伸びてユフィーリアを留める蔓(つる)。やわらかそうなピンク色の花がふわふわと開き、行く手を遮る。その植物たちは、決して威圧的ではない。だが確実に、自分がしようとしていることを阻んでいる。

 ユフィーリアには、その可愛らしい花を無理矢理に除けることはできなかった。

(ねえ――どうして? どうして行かせてくれないの?)

喉を震わせて唇を開いても、訴えは自分の耳にさえ届かない。ただ戸惑い、すがるように蔓から咲く花々を見比べながら立ちすくんでいると、


 ――くすくす。くすくす。


どこかから――この場には異質な、小さな女の子の声が聞こえてきた。

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