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女神様の創り方  作者: 橘 佐和


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4・本当は愛されて生まれてきた子

 少し開けた場所で馬車を停め、ブロンコは火起こしの道具や吊り下げ鍋を取り出し、食事の支度を始める。ユフィーリアもルドルフに教えられて、瓶から桶へ水を移し、顔を洗ったり口をすすいだりと、なんとなく身支度を整えた。

 ルドルフに毛布を羽織らされて馬車の外へ出ると、そこはもうユフィーリアの知らない世界だった。道は小さな馬車が行き交える程度の幅で、しかし今は前も後ろも冬の空気が通り過ぎる以外なにもなく、がらんとしている。枯れ森が近く景色は荒んだ雰囲気だったが、外の空気を吸い、日が当たるとなんだかとても気持ち良くて、気分がうきうきとしてきた。心なしか、花たちもほころんでくる。

「……!」

 前に回ってみれば、村では見たこともないほどに大きくて美しい、黒い馬が一頭いた。頭の真ん中には反り返った太い銀の角が一本あり、首から足の付け根、蹄(ひづめ)まで筋肉が隆々として、朝日を浴びて黒光りしている。その蹄も岩の塊のようだ。かと思えばたてがみはこの上なく優雅で、光の筋を宿しながら、腹の方まで長く垂れている。それは見るからにさらさらとしていて触りたくなるほどだったが、未知の動物にユフィーリアの足はすくんでしまっていた。

 じっと見上げていれば、馬は緩く顔を横に振り、ユフィーリアの頬に鼻先をすり寄せてくる。瞳は猫のようにきらりと丸く反射して、美しい空の色をしていた。

(……怖くない。……かわいい)

馬の顔をそっとなでれば、ぺろりと頬をなめられる。たてがみはつやつやとして、それでいてやわらかい。手のひらが心地よくて思わず顔をうずめれば、ふんわりとユフィーリアを受けとめてくれた。ふと昨晩の夢を思い出した。こんな風に、温かかった。

「花、食べられるよォ」

背後から聞こえてきた意地悪なルドルフの声に、そんなことしない、と唇をとがらせれば、ルドルフは困ったように笑った。

「お嬢さん、本当はおしゃべりなんだろうねェ。そいつは夜駆(よがけ)って種類の一角馬(いっかくば)。普通の馬より力持ちで優しくて、夜目が利くんだよ。こーんな綺麗な姿してるのに、こーんな薄汚い仕事の片棒担がされて、可哀想だよねェ」

「?」

 手招きされたのでおとなしくルドルフの方へ戻れば、ユフィーリアは馬車のドアのふちに座らされた。なにをするのかと思えば、ルドルフは馬車のどこかから櫛を持ち出してきて、ユフィーリアの髪をいじり始める。

「うーん、神都に着くまでに多少身綺麗にしてあげたいんだけどねェ。こういうの、おじさんの仕事じゃないからなァ。夜駆のたてがみと付け替えたいくらいだよ……」

「……」

ふわふわと波打つ髪はユフィーリア自身も難儀するほど癖があり、加えて花枝が絡んでいるため、非常にとかしづらそうだった。気にしない、と頭をふるふると振れば、ルドルフは一言「ダメ」と答えて再び髪と格闘を始める。

「いーい? おじさんたちにとって、お嬢さんが商品であることには変わりないのよ。売り物にほこりかぶってたら、お客さんだって高く買ってくれないでしょ? ラッピングの方もそのうちなんとかするから。服や靴ね」

(ほこり……ほこり)

さすがにその言い方はどうかと思ったが、言い返す声が今は無い。昨晩、ほどいてもらえないのか首を指し示したところ、念のためとだけ返された。

 しかしこの姿で逃げ出して、どこへ行こうというのか――ルドルフたちでなくとも捕まって見世物小屋にでも売られるか、叔父たちのように殺気立った人間に殺されるか、先が知れている。だったら、果物をくれたり厚い毛布をくれたりと、酷い扱いをされないここにいる方がいい。

(花より、動物みたいだ)

小屋の中の鶏を思い出したが、自分には産み出せるものすらない。

 手持ちぶさたにぼうっとブロンコの姿を目で追っていると、馬車にくくりつけてあった袋から野菜や干し肉を取り出し、小さなナイフで器用に鍋の中に削り落としていく。塩やスパイスに困ったこともなさそうだ。火の近くではパンが炙られて、香ばしい香りがした。

 毎日怒鳴られながら、水のようなスープしかもらえなかったあの日々は何だったのだろう。あるところにはある――ルドルフの言葉がひどく憎らしくも感じたが、空腹には抗えない。きゅう、と細くお腹の音が鳴って、ブロンコが顔を上げた。ルドルフにも笑われ恥ずかしくなってうつむくが、すぐに背後から、ゴメンゴメンと返された。

「どーせアイツら、ろくなものくれなかったんでしょ? まァ、世界樹の話なんか眉唾物だと思ってたけど、実際、麦、米、芋……主食になりそうなもんほとんどやられて、野菜や果物もうんと小っさくなっちゃったからなァー。千年に一回とか言ってるけど、お嬢さんを届けたら、それも終わりかなァ」

「……?」

「いや、俺も詳しくは知らないけど――俺たちの死んだ祖父(じい)様がねェ、えらい変わり者で、宗教美術を取り扱う商会をやっててさ。お嬢さんそっくりの絵を、一度だけ見たことがある。今はその絵も、行方不明だけどね……祖父様は、〝世界樹の花嫁〟って呼んでたよ。あの頃は、大聖堂の坊主が頻繁に屋敷に出入りしてたっけなァー」

「……」

世界樹の花嫁、と唇だけを動かし、ユフィーリアは黙りこくる。

 どういう意味だろう。木の――植物のお嫁さんに、自分がなるということだろうか? なったとして、何をどうすればいいのだろう? それで農作物の不作がどうにかなるものなのだろうか?

 難しい顔をして首をかしげるユフィーリアに、ルドルフは呑気に続ける。

「別に悪いようにはされないと思うよォ。あの絵一枚にだって、馬鹿みたいな金額つけてたみたいだったからねェ。祖父様は頑として売らなかったけど。まァ結局その後、本当に馬鹿な親父が賭博や女で借金こさえて商会ごと潰しちまって、俺たちもこのザマさ――」

そこまで言って、ルドルフは何かに呆れたように息をついた。

「ていうか、飯はまだ?」

「……まだ。俺たちはいいけど……その子は、急に食わすと吐いたり腹壊すかもしれないから、もう少し煮込んで全部やわらかくする」

「あー……そうか。そりゃしょうがないわな」

「うん。夜は粥にできるように、米浸しとくから」

「……」

ブロンコはユフィーリアの視線に気付くと、ふいっと目をそらし再び鍋に向かう。それからしばらくはルドルフも髪に集中して黙ってしまい、吊り下げ鍋の中のくつくつという音だけが響いていた。

 それにしても、この二人は元からお金持ちだったんだなと思う。商会といえば大きな街にある大きなお店ではないか――ユフィーリアにはそのくらいの認識しかなかったが、そういう生まれも、男たちの異質さの一端だったのかもしれない。自分とは――否、村の人間たちとは、最初から圧倒的に異なる人種だったのだ。

 ややあって、やっと食事にありつける頃には、野菜も肉もとろりとほぐれていた。

「はい、お嬢さん」

「……」

ありがとうの代わりにぺこりと頭を下げる。木の椀からはじんわりと熱が伝わってきて、それだけでユフィーリアには幸せだった。色の付いたスープも久しぶりだ。

 息を吹きかけ、一口。

 美味しい、と思わず呟いてしまった。塩味(えんみ)の中に肉や野菜の旨味や甘味がしっかり感じられる。一口飲んだだけで、喉からお腹までぐうっと熱くなり、顔がぽかぽかとした。

 頬を紅潮させて、一生懸命に息を吹きかけながらスープを飲むユフィーリアに、ブロンコがほっと肩の力を抜く。それからパンを取ると、ナイフで外側の固い部分を取り除き、ユフィーリアに差し出した。

「はい。……やわらかいとこ」

「……」

「いや、さすがに甘やかしすぎじゃない?」

「でも……皮の固い部分は、多分腹によくないから。こっちは俺が食うよ」

「しゃーねーなァ」

ルドルフもそれに倣い、自身の分も同じようにやわらかい部分を取り分ける。

 不格好なパンを受け取りながら、白い、と真っ先に思う。上等な小麦粉を使って作られた白いパンを食べるのは、両親が生きていた頃の誕生日以来だった。綺麗な湯で身綺麗にしたら、新年やお祭りの日などに着る一張羅のお洋服を着させてもらい、髪をとかしてリボンを編み込んでもらって。食卓に並ぶごちそうも、プレゼントも特別で。

 今は忘れ去られてしまった、一年で一回の特別な日。

 自分は祝福なんて与えられていないと思っていた。けれど両親がいたあの頃はたしかに、自分も祝福された子供であったのだ――。

 それを思い出したユフィーリアは、涙目になって白くてやわらかいパンにかじりつく。香ばしい香りが鼻に抜け、口の中いっぱいに優しい甘さが広がった。口を離すのさえもったいなくて、リスのようにもくもくとほおばる。

「……そんな、美味い?」

「……」

ユフィーリアがこくりと頷けばルドルフは鼻の頭をぽりぽりと搔いて、それからまるで娘にするように、ユフィーリアの頭を撫で――ようとして、やめた。

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