37話 やがて、全てを無に帰すくせに(1)
青い空が晴れ渡る。この世界では雨天や曇天は存在しないが、晴天の中に白い雲は漂っている。四階建ての城から見える城下町は常に賑わいを見せ、少年が窓から顔を覗かせると町民たちはこぞって手を振り出す。少年はその光景に嬉々として手を振り返し、一日が始まるのだ。
「白蓮様! 今日も出掛けられるのですか!?」
「うん! 今日も兵士さんたちのお仕事を見学させてもらうんだ! 今日は訓練も見せてもらえるんだよ!」
「危ないですけど……下羅狗の身体能力であれば、兵士様が見学を許したのなら大丈夫でしょう……。この世界で、兵士の元より安全な場所はないですからね……」
ニコリと汗混じりの笑みを浮かべ、白蓮の外出をやむなく許すことにした使用人は、その後、「それでも、お父様にはご一報入れておきますからね」と白蓮を小突くと、そそくさと自分の仕事へと戻って行った。ニマっと笑うと、白蓮は走って城を後にした。
「わぁー! すごーい!!」
兵士の訓練場に辿り着くと、白蓮はいつもの様に目を輝かせる。最初は白蓮がやって来ると、兵士たちは手を止め列を作り仰々しい挨拶をしていたのだが、最近は毎日やって来ることから、ニコッと軽い挨拶で済ませるようになった。というのも、白蓮は兵士長のことを特に気に入り、自分への謙遜をなくし、名前さえも呼び捨てにして欲しいとの願いがあったからである。
「ふふ、いつもの光景だろう。白蓮はいつ来ても、兵士たちの洗練された動きに感動しているな」
「だって、下羅狗の身体をここまで洗練して武闘にできているなんて凄いんだもん! 私も家で真似してみたけど、ちっとも出来なかったよ……」
兵士長は、目を輝かせる白蓮に対し、朗らかな目線で笑みを浮かべる。そんな兵士長を、白蓮は見向く。
「で、私にはいつ訓練をしてくれるの?」
「はぁ……。またその話か……」
兵士長はいつもの無茶振りに頭を抱える。
「国王様から許しが出ていないんだ。俺たちの方で勝手に鍛えるなんてことはできないんだ。僕に教えを乞う前に、まずは自分の父親を説得するんだな」
「ぶー! 兵士長さんの意地悪! あんぽんたん!」
「ったく……。僕がクビになってもいいのか?」
「それは……ダメだけど……」
いつものやり取りが終わると、兵士長は兵士たちをまとめ上げ、見回り隊、護衛隊、見張り隊等に別れ、散り散りに去って行った。
帰り道、白蓮は賑わう町民の中を、不貞腐れた顔で通り抜ける。これも、町民たちからすればいつもの光景だった為、白蓮がこんな顔の時は敢えて声は掛けない。
(僕も同じ下羅狗の血を持ってるんだから、同じ動きが出来て当然のはずなんだけどなぁ……)
「おい、そこの……」
そんなぷんすかと不貞腐れた白蓮の前に、一人の男が朧気な瞳で白蓮を見下ろす。一目で判る。この男は、この惑星の住民ではないということを。何故なら、下羅狗の特徴である白い髪ではなかったからだ。しかし、こんな街中で闊歩できているということは、下羅狗の入星審査を通ってきたということになる。安全は既に保証されていた。
「何! 私は今、非常に怒っているんだけど!」
「君は…… この惑星の王の子供、"白蓮" 違いないな?」
遠い異星から来たのだろうその発言に、白蓮は再びムカムカした気持ちで返す。
「そうだけど! 普通は自分から名乗るものじゃないの!? 私の立場を知っているんでしょ!?」
すると、男は更に目を細めて白蓮に告げる。
「僕は行方行秋。君の父を……殺しに来た者だ」
「は……? 私の父様を……? できるわけないじゃん……。この下羅狗でも父様に太刀打ちできる奴なんかいない……」
そして、男はバタリとそのまま倒れ込んだ。
「あぁ……その通りだ……。どう考えても挑むこと自体、僕としては不条理極まりない。だからこの通り……返り討ちに遭ってきたところだ……」
仮に、白蓮の父、下羅狗の王と本当に戦ったのであれば、この男は塵一つ残ることはない。恐らくは、見張りの兵士にやられたのだろうと白蓮は考え至る。そして同時に、兵士にすら勝てないこのボロボロの男、幽閉するまでもなければ、町民にさえ勝てないだろうと踏まれたのだ。だからこそ、こんなふうに放っておかれているのだ。
そしてもう一つ、白蓮はそのボロボロの身体を見て、どうして下羅狗の誰にも勝てないのか理解する。
「そりゃあ勝てないよ……。下羅狗はどの種族よりも星力の扱いに長けてるんだ。子供からその辺を歩く町民でさえ、その力は他の種を蹂躙できるまでに及ぶ。お兄さんみたいに全く星力を扱えていないんじゃ、歯が立たなくて当然だよ」
「星力……とは……なんだ……?」
「そんなことも知らないの!? 星力ってのは、惑星から出てるエネルギーを身体に吸収して扱う力のことだよ! 私も少しはできるけど、精錬された兵士さんたちには遠く及ばないんだ。だからお兄さんが勝てるはずがない」
その言葉を聞いた途端、更に力が抜けたかのように溜息を溢した。
「もしかして、私のことを誘拐でもする気だった……? 多分だけど、星力を少しも使えないんじゃ、子供の私にさえ勝てないと思うけど……」
「いや、僕は下羅狗の王と戦いに来たんだ。誘拐なんて野暮な真似をする気はない。ただ……あの父親の子供を一目見てみたかっただけだ……。もういいよ、放っておいてくれ」
やさぐれたような男。放っておけばそのまま死んでしまいそうではあったが、弱くとも父の命を狙う者。白蓮は、男に言われるがまま、その場を後にした。
しかし、兵士長にいつも通り訓練を断られ、街中では変な男に声を掛けられたが、白蓮の心境はいつもとは違った。笑顔で城へと戻る。今日は、白蓮の十五歳の誕生日。下羅狗は十五歳から、様々なことを自分で決める権利が与えられる。それは王族とて同じこと。つまり、今まで許可を取れなかった兵士たちの訓練を、明日からは受けられることになる。それが、白蓮にとって嬉しくて堪らないことだった。
「なん……で……? どういうこと…………?」
城へと戻った白蓮。しかし、その光景はいつもと違う。周囲は血に塗れ、城で勤務している使用人たちは、その全員が入り口の前で殺されていた。
「誰が……こんなことを……!!」
戦闘種族、下羅狗の血――――。その光景を目の当たりにした白蓮が最初に抱いた感情は、悲しみよりも怒り。沸々と湧き出でる怒りの中で、先程の男が脳裏を過る。
「いや……アイツは私にも敵わない……。敵の侵入はあり得ない……。だとしたら誰が……? 城の使用人だって相当の戦闘力を有している……。外敵で使用人たちを殺せるほどの力を持つとしたら、お父様と同じ……」
使用人たちの死体を前に、瞳孔の開いた瞳でブツクサと敵を模索する中、白蓮の父、下羅狗の王が現れる。
「お父様……!! これは……一体誰が……!!」
しかし、王は数十人の死体を前にしても表情を変えることはなく、静かに白蓮に向かい合う。
「お父……様……?」
「怒りがお前を包んでいるか?」
「そりゃあもう……!! 使用人たちは皆、私たちの家族も同然です……!! こんなことをした奴……私が許してはおかない……!! 絶対にこの手で……!!」
ズプ………………
「何……を……?」
その瞬間、王は白蓮の心臓に手を入れる。しかし、貫いた訳ではなく、魂に触れていた。そうしてゴソゴソと探った後、グイッと白蓮の身体は引っ張られる。片足で踏ん張り、なんとか態勢を整えると、目の前には自分とそっくりな、しかし髪色だけは真っ黒な少年が立っていた。
「誰……ですか…………?」
「お前の………… "怒り" だ…………」
その少年は、白蓮をゆっくり見遣ると、一筋の涙を落とした。




